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誰にも見つけられない星になれたら

 iPhoneを購入すると付いてくるイヤホンはどうにも私の耳の形に合わなくて、音量を少し大きくしようもんならすぐに音漏れしてしまう。だけど私は図々しい女なので、そんなことは気にせず音量ボタンの上の方を連打する。イヤホンからandymoriの「誰にも見つけられない星になれたら」が流れている。多分音漏れしすぎて、スピーカーみたいにすれ違う人々にはっきりと聴かせてあげられてると思う。andymoriはもういないけれど、私がまだ生かせてあげるよ。

 今日は、私の親友の角ちゃんの話をする。スミって読んで、角ちゃん。角ちゃんとは、もう五年も会っていない。なぜなら彼女は超新型惑星を爆破して逃亡したから。心配しなくたって、今は超超新型惑星が発見されたから、一部のマニアジジイ以外角ちゃんのことを責める人なんていないはずなのに、角ちゃんはすごく正義感が強いから逃亡しているのだ。だいすき。
 角ちゃんが超新型惑星を爆破する前日、夜に2人で散歩をした。私たちは、新作のコスメやお洒落なカフェの話なんてしない。誰かが付き合ったとか別れたとか、そんな話はもっとしない。私たちはもっと大きな話をする。もっと哲学的で、美的な話をする。その日はすごく月が綺麗だったから、一緒に月のクレーターの穴の数を数えた。二人とも目が微妙に悪いのにコンタクトをつけないポリシーがあったので、度数もよくわからないままコンタクトレンズを薬局で買ってきて視力を上げた。思ったより強くて、吐き気がしてどんどん頭が痛くなって、でもクレーターは変わらずぼこぼこしていた。それを2人でずっと数えた。たまにカエル形の穴があったりして、そうしたらカエルの話をして、そうしたら今何個目の穴なのかわからなくなって、そうして笑い合って、また一から数えた。だんだん朝が来て、月が薄くなってきて、結局私たちが数えた穴は合計十三個だった。それだけだった。けれど、それでよかった。朝方の帰り道、角ちゃんは「星になりたい」と言った。どうしてと聞くと、「クレーターのぼこぼこよりも分かりやすくて数えやすいから」と言った。確かに、と思いつつ、どうして星になりたいのと聞いたら、「見つけてもらいたい」と言った。可笑しな話である。見つけるも何も、今私と話している時点で角ちゃんのことを少なからず私は見つけているのに、星になって見つけて欲しいと言うのだ、この子は。なんだか面白くなって、でも一瞬角ちゃんの顔を見て何故だか不安になった。角ちゃんの携帯電話が鳴った。角ちゃんの着信音はandymoriの「誰にも見つけられない星になれたら」だ。電話の相手は誰かわからないけれど、折り返しの電話みたいで、初対面そうだった。角ちゃんは、「屋上は借りられますか」と言った。画面の向こうで誰かがゴニョゴニョ言った後に、「月を見たいんです」と角ちゃんは言った。よくわからないけれど、私もまた見たいと思った。さっきまで見てたのに。数分角ちゃんは電話をして、切った後私に、一緒に見ようと誘わなかった。なんだか腹が立って、一人で月を見るの?とすこし面倒くさい質問をした。そうしたら角ちゃんは「ううん、超新型惑星を見つけたの」とニヤッとして言った。一晩中起きていて頭が働かない私は理解できなくて、でも私がそこに行けないことはわかった。ちょっと悲しくて、ふうん、とだけ言った。
 そうしたら駅に着いて、私たちは別れた。角ちゃんはその足で屋上へ向かって、超新型惑星を爆破して逃亡した。
 ニュースでは何故か、【女子高生 飛び降り自殺】と報道された。多分超新型惑星は国家秘密で、角ちゃんはニュースで報道できないくらいのことを知ってしまったのだと、だから逃げたのだと思った。がんばれ!角ちゃん!
 お母さんは私を抱きしめて泣きながら慰めてくれたけれど、意味がわからなかった。お母さん、角ちゃんは超新型惑星を見つけたんだよ、と説明しても、お母さんの涙が増えるだけで何も伝わらなかった。角ちゃんに会いたくて、角ちゃんの何か情報がないかネットで検索してみた。そうしたら、角ちゃんの逃亡に鉢合わせた人たちがアップロードした動画や画像がたくさんでてきた。屋上から、女の子が落ちてきて、バン!という爆発音みたいな音が聞こえた。人々がどよめいて、シャッター音が急に増えた。女の子を近距離で撮ってる人の動画も出てきて、見てみたらその子は角ちゃんにそっくりだった。でも体の中身が飛び出て、足がおかしな方向に曲がっていた。頭の中身も飛び出ていた。まるで、指定時刻を迎えた時限爆弾みたいだった。それくらい内側から綺麗に溢れ出していた。爆発だった。
 角ちゃん、超新型惑星って角ちゃんのことだったの?

かわいい水パイプで吸い上げた
やさしさひとつ身につけられないで
アイビューベイビーなんて歌っているから
窓の外ダイブしたくなるんだよ

 10回目くらいの「誰にも見つけられない星になれたら」が流れている。角ちゃんは今なお逃亡していて、私に連絡ひとつよこしてくれない。私はずっと待っているのに。iPhoneはカメラの性能が上がって、月が本当に綺麗に映せるようになったよ。1500円払って気持ちの悪い思いをしなくたって、すぐにクレーターの穴を数えられるようになった。コンタクトをつけないって約束、今でもちゃんと守ってる。超超新型惑星が登場して、角ちゃんが見つけた超新型惑星はあんまり注目されなくなっちゃった。誰も爆破を責める人なんていないし、角ちゃんが逃亡をやめたって帰る場所はある。だから早く戻ってきて。

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