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どこにも行けない気がしてる

 デケー音しか出すな。間奏で自己陶酔叫んでたくせに曲終わった瞬間前髪直すな。ついてこいって言ったのに宗教作るだけ作って急にいなくなんな。加工で育つな。電車で1個空きに座れないような位置に座んな。巻き髪触んな。風吹くな。マックでスマイル頼むな。女々しい曲書いて浮気すんな。ほしい物リスト載せんな。下品とやんちゃ履き違えんな。分かりにくい愛示すな。バンド垢で女漁んな。女もバンド垢で自撮り載せんな。不健康アピールすんな。ハングル文字でプロフィール書くな。簡単に誠意とか言うな。ダセー事すんな。ヘイト。

 駅のホームのベンチで「私のことを分かってくれる人なんてどこにもいない」と泣き出す汚いプリーツスカートの女子高生と、その背中を撫でながら前髪を抑える女子高生、それを傍目に見ながら電車を待つわたし、残せるだけの風を目一杯残して去って行った快速急行、その風に乗って運ばれてきたジジイの臭い。もう何もかもがわたしの味方をしてくれなくて、たまらなくイライラして線路に飛び込んでしまおうかと思うけど、わたしが命を張って反抗心を体現したとしても、電車を遅延させて運転手にトラウマを残して、数十分後にTwitterで少しだけ批判されて終わる。軽いなー、軽いよ、命!
 イヤホンから流れる音楽がくだらない1日の「力水」に切り替わって、途端に強い気持ちになった。薄っぺらい女子高生の友情をバカにしていたって、17歳のわたしは無知で幼稚だ。同類だ。「私のことをわかってくれる人なんてどこにもいない」といつ泣き出すかわからない。正直それ思ってるし。

 17歳ってもっと、女子高生ってもっと、可愛くて楽しくて透き通っているものだと思っていた。プリクラをイベント毎に撮って、週3でタピオカを飲んで、友達の誕生日にはホテルを取って風船をたくさん膨らませて、インスタは統一された投稿が25個くらいあって、校則をちょっと破って、黒髪マッシュの男が好き。実際はと言うと、プリクラを最後に撮ったのがいつなのか覚えていないし、タピオカは嫌いだし、友達の誕生日は散歩するし、インスタは投稿しないし、校則はない。TikTokも撮らないし、意味のないnoteを書いているし、歌舞伎町の変な酔っぱらいの動画ばかり見ているし、インディーズバンドのライブしか行かないし、銀杏BOYZを聞く何を考えているのかわからない内に秘めた博識さを持つモサい男が好きだし、そんな自分をちょっとかっこいいと思っているし、クソだ、クソ!ダセーことすんなってわたしもあのバンドマンも「池袋ウエストゲートパーク」のキングも言ってたのに、嫌いなのに、ダセーマインドちゃんと所持しちゃってる自分が嫌いだよ。無論お前のことはもっと嫌いだ。
 酒と煙草と麻薬とセックスと、汚いものが生活のすぐそばに、手を伸ばせば届くところにあって、お兄ちゃんが薬の売買人の奴が隣の教室にいて、昼間一緒に英語のグループワークをした女が夜横浜のホテルにいて、文化祭の買い出しの途中いつのまにか2人煙草を吸いに消えて、男女のお泊まりには酒が必ずあって、なんか、なに?これ、これなに?1番ダサい、ダサいことが1番嫌いなのに、ダサい人たちと同じ環境で生きているっていう異次元感がすごい。わたしってここで何してるの?ってよく思う。同じ環境にいる時点で側から見たら同類なのに、わたしってここにいるべきじゃないんですもっと賢いんです!って道行く人に丁寧に教えてあげたくなる。客観視が上手過ぎて、大好きなバンドのライブを下北沢SHELTERの最前で見て右手をブンブン振った後のMCでふと、こいつらどうやって生計立ててんのかなー、とか、ライブが終わった後のホカホカライブハウスを見渡して、この中であいつらとヤッた奴何人いるのかなー、とか、ちょっと離れたところに意識が行って意味わからないこと思っちゃう。その度につまんない人間だなと思うし、満たされたはずなのにどこかで冷め切った自分も共存していて、すごい気持ち悪い。嫌いだよ。

 今すぐに死ねる。死にたいとか薄っぺらく思うんじゃなくて、死ねる、死んでやると思う。思春期によくあるセンチメンタルだと思って欲しくない、そう思われるだろうけど。でもまだセンチメンタルだと思われていられるのは、音楽があるから。これこそ薄っぺらいけど、本当で。バンドがなくなったらとうとう本当に、今すぐに死ねる、となる。東京在住だけど梅田のビルから飛び降りようとか思う。
 優しい歌をいつも届けてくれる時速36kmの曲たちの中でもとびきり優しい「stars」を聞いて擬似的に自分を慰めて、でもやっぱりCody・Lee(李)の「愛してますっ!」とかハルカミライの「世界を終わらせて」とかを聞いて、あーこんなに愛されてー!あ、そうだったんだね愛されたいんだねわたし、となったり、銀杏BOYZの「援助交際」を聞いて"あの子"に自分を投影して、わたしって淫乱なのかも!と思いかけたり、東京少年倶楽部の「転がる石になる」を聞いてあの夜を思い出して君の街まで歌を届けに行ったり、yeti let you noticeの「summer ends」を聞いてなんとか夏の終わりを迎えたり、tetoの「拝啓」を聞いて浅く息をし続けたり、2(THE 2)の「DEAD HEAT」を聞いて這いつくばった過去を振り返ったり、こうやって並べて行ったら、それこそnote1つ書けるくらいになるわけだけれども。
 結局、わたしが無知で幼稚な17歳として生きていられるのはバンドがあるからなんです。酒よりも煙草よりも美味しくて、麻薬よりもセックスよりも気持ち良いものが音楽なんです。バンドなんです。変な言い回しをするけど、バンドマンが命をかけて、人生をかけてギターを弾くように、わたしは命をかけて音楽を聴いている。だから命をかけて音楽をかき鳴らさない音楽を聴くと、腹が立ってダセーことすんなと思う。趣味嗜好の数だけ、それよりもっと多くても良いけど、その数だけ音楽は、バンドは個性があって良い。でもわたしのテリトリーの中では、爆音であればあるほど良い、ギターの弦が切れても指から血が出ても届け続ける魂の叫びしかわたしを救えないから。お前が作る曲の一言一言が洗脳なんだから、お前が作ってる音楽は宗教なんだから、ちゃんと責任持って成せよ。髪とか汗とかシャツの裾の溜まりとか、そんなくだらないものに気を取られていないで、30cm先の観客に届けろよ、魂。ダセー人間もダセー音楽も溢れかえっているけど、今日もわたしの愛する救いたちは魂で叫んでいるから、ちゃんとカーテンを開けて朝日を浴びることができる。いつか近い未来に、朝日を浴びることができなくなって、自分がちゃんとダサくなって、梅田までの新幹線のチケットを買ってしまったとしても、オギノさんの言葉を思い出して、時速が立っている限り、愛するバンドたちが立っている限り、わたしも立っていることにします。

「 貴方がもし名誉ある孤独に耐えかねて嫌になって
俺の曲を聴かない日々が訪れてもここに立ってるよ 」

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