noteを始めるきっかけ

初めまして、東京都全域でNYメッツ軟式野球チームを運営していますM.Hと申します。ライズTOKYOさんのキャンペーンを拝見して悔しかったあの試合のことを記事にしてみたいなと思って始めました。

まず私の紹介をさせて頂きます。年齢は37歳で山口県出身です。約20年間軟式草野球を続けております。

次に私のチームの紹介をさせて頂きます。名前はNYメッツで2017年から活動しております。2019年に関東草野球リーグという大会の日曜3部で全体優勝し100チームの頂点に立ちました。チームのスローガンは来た選手全員出場です。

ここでチームのスローガンがありながら達成できなかった試合を悔しかったあの試合として述べさせていただきます。

2020年関東草野球リーグでのある試合のことです。関東草野球リーグの軽い説明をしますと各グループ11チームで構成され1位が決勝トーナメント進出、2位の全体の一番勝率が高いチーム2位がワイルドカードで決勝トーナメント進出となり2敗するとグループ敗退は必須です。

2勝1敗で迎えたその試合、投手は2名参加していました。前回打ち込まれた投手を控えにし、エース格が先発しました。対戦相手は手強く初回3点を先制されそのまま劣勢で試合は進みました。途中同点に追いつき、最終回に勝ち越し5-3となりました。試合に出場していないのはもう一名の投手だけです。この場面ですごく悩みました。ここで負けるとシーズン早々グループでの敗退が決まってしまう、ただこの選手を出さないとチーム方針がぶれてしまうと。ある選手がこう言いました。「このまま行こう、ここでは負けられない。」、試合に出ていない投手がこう言いました。「私は大人だから大丈夫。」、悩んだ挙句、結局その試合はエース格が完投し勝利しました。

勝利はしましたが私の中でもやもやはずっと残りました。試合に出場できなかった選手はその場所に片道1時間半かけて来ていました。試合、試合前の準備を含めると貴重な休みの6時間程度を費やしていると考えられました。あの発言は本音だったのか?いや、恐らく違うでしょう。

ただ、今でもこの試合にそこまでして勝ちに行くべきだったのかを考えることがあります。私も強豪チームで参加しても試合に出場できない日がありました。だから、全員が出場できるチームを作りたい。そう思っていました。自分達のチームスローガンがぶれてしまった。そのため、私の心の中で悔しかったあの試合としてずっと残っています。

負けて悔しいよりも勝って悔しい気持ちが残る。そのほうが嫌な気持ちになります。

私たちのチームはクラブチームです。そのため、参加した選手が平等に出場できるように配慮しようと尚更、チームメイトと共有しました。考えさせられる一戦となりました。

#悔しかったあの試合

#ライズTOKYO

@NYsince2017


 

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