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バチェロレッテジャパンを観て感じたこと

バチェロレッテジャパンを見てから、少し世界が変わった。

素敵な人が存在することを知った。


福田萌子さんと、杉田陽平さん。
この二人の存在に気が付いたことは、私の生活をちょっぴり明るくしてくれた。


福田萌子さんは、まるで「太陽」のような人。
人を愛し、その瞬間を生き、よく動きよく食べる。

杉田陽平さんは・・・なんだろう・・・「木漏れ日」かな・・
彼の纏う空気は、いつだって優しい。その目に映る世界を一目でいいから見てみたい。


バチェロレッテの中で、萌子さんが参加者の男性とお話するとき、まるでそれが面接の様だと揶揄される。鋭い質問と、まっすぐな目つきは言い訳やごまかしを決して見逃さず、許さない。

でも、きっと彼女は厳しくしているつもりはないんだろうな。

その人の本質を知りたい。シンプルにそれだけだと思う。

ただ、多くの人は本質に触れながら生活することは難しいんじゃないかな。

生活の為に仕事をして、限られた給料の中で密かな楽しみを見出し続ける。
人を羨んだり、自暴自棄になったりしながら、それでも生活をしなくちゃいけないから。

「あなたの理想像はなに?」

こう聞かれて、仕事での目標をぺらぺらと話し始めた参加者に彼女は、「それは仕事のこと。私はあなたが一人の人として、どうなりたいか聞いたの。」とまっすぐな目ではっきりと話した。

結局その参加者の男性は応えることができず、黙ってしまう。


もし、自分が萌子さんを目の前にして、「あなたのことを教えて欲しい」と言われたら何を話すだろうか。

私は特別やりたい仕事ではなく、生活の為に出来る仕事をしているし、これといった秀でた趣味もない。何をアピールしたらいいんだろう。


杉田陽平さん、通称杉ちゃんの話をしよう。

杉ちゃんは画家で、バチェロレッテ始めのパーティーでは場の雰囲気に圧倒されて萌子さんに話に行けずにいた。他の男性に背中を押されると、それに感動して涙を流す。その繊細で柔らかい空気感に、惹きつけられた視聴者も多かったんじゃないかな。私もその一人です。

彼は自分語りをあまりしないように思えた。

言葉の節々に、しぐさに、表情に、彼という人間が現れ、溢れている。

有名なルターの言葉を引用した
「明日世界が終わるとしても、僕は絵を描き続けると思います。」という言葉。

お金を「表現の羽」と表したこと。

愛を「花びら」と表したこと。


彼の言葉は私の心にじんわりと広がる。
それはきっと、彼自身の言葉だから。

格好つけようとせず、取り繕うとしない。

だから、発言に一貫性がある。

一貫性があると、言葉はその人の個性となり、
特別自分を見せようとしなくても、他者に伝わる。

杉ちゃんの言葉には、いつだって背景があった。

その場を凌ぐためのことを言わない。

宝物のように相手にそっと渡していた。

そんな彼の姿は、私の心をじんわりと温めてくれた。

こんな人に私もなりたい。


私が送っている生活とは、まるでかけ離れているように思える二人だった。


やることが多い気がしてならない毎日に翻弄され、
本質は現実的ではないと目を背けながら生きているときもある。

目先のことにとらわれて、大切な瞬間を逃すときもある。

それでも私は、自分の中に萌子さんや杉ちゃんがいることを諦めきれない。

本質を問い、求める私も。美しい世界に気が付く目も。


バチェロレッテジャパン及び出演者の皆様に敬意を込めて。

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