イチョウの木の下で (23.11/19 pixiv公開版)

お知らせ📢
※こちらの作品は23.11/19 pixivにて掲載した作品です。




イチョウの歩道が素敵に黄色く染まる頃。
毎年ここに必ず来て、
ある女の子のことを思い出す。
とっても素敵だった、大学生のひと時のこと・・・

〜10年前〜

当時私は離婚した母親に頼る訳にいかず、
奨学金で大学に通い、
講義、研究、アルバイト3つも掛け持ち、たまに一人暮らしの料理や掃除洗濯。
毎日暇のない忙しい日々を過ごしてた。
それらしか頭になくて、
ただただアパートと大学、バイトを往復していた無機質な日々。
そんな私に、
就活が忙しくなってきた頃、
一つの出会いがあった。

イチョウが色づいてきた頃、
二限の講義がある日、
ある女の子と出会うようになった。

その子は10歳くらいの女の子。
最初は学校に行ってないのが不思議だった。
こんな時間にどうして?って。
私は二限からの授業が週3回あったから、それからはよく会うようになった。
軽い一声だけど、挨拶もするようになって、
仲良くなるまでに時間はかからなかった。
就活が上手くいって、入社8年目になるこの大企業の出世頭エリートになれたのは、その子が私の忙しくてぼろぼろになりそうなメンタルを癒してくれたからだと思う。
少しだけ、何も考えず、素でリラックスできる時間。
女の子はいつも私を癒してくれた。
大学・地獄の様なバイトに加えて、就活も乗り越えられた。
あの子は私の大学時代のたった1人の恩人だった。

大4になってからは一限の講義を入れず、
二限じゃない日もその時間に通うことが増えていた。

女の子と1年間。
毎朝会って、たった数分だけど、お喋りする日々。

だけど突然お別れはやってくる。

その日は、ちょうど1年前と一緒。
イチョウの木々が黄色く染まり始めてた日だった。

私はいつもの感じで歩いてた。
何気もなくただ会えると思ってたいつもの場所に、女の子はお母さんと一緒にいた。
お母さんが挨拶をしてくる。
それからゆっくりと、女の子の話が始まった。
私はここで全ての謎が解けた。
女の子はこの1年間、ずっと話してくれなかったこと。
治療で近くの病院に来ていて、
1年間療養して、これから大学病院へ移るって。
私は一瞬だけ本気で焦ったけど、
大学病院で治療をすれば、元の生活に戻れるみたいだった。
でもそれは、女の子の地元は、遥かに遠い、遠いとこだった。
私が住んでるここよりもずっと。
それで今日でお別れってことだった。
突然すぎて、寂しかった。
女の子は泣いてない。私も泣いちゃいけない。当時はそんな気持ちだったと思う。
もじもじした女の子から、プレゼントをもらった。
そしてぎゅっと強くハグをした。

お母さんの手に引かれて、去る女の子の姿を私はいつまでも見送ってた。

しばらく立ち止まった後、その日は大学に行く気にもならず、
歩いてきた道を静かにUターンして、
4年間で初めて講義を全てサボって、
おうちに帰った。

今まであまり関わってこなかった、
同じ講義だった子達が心配してアパートまで様子を見にきてくれた。
私が避けてたかもしれない同級生が。
幾らか喋って分かち合えた。
こんなのもたった1人の女の子のおかげ。何よりその日はずっと暖かった。

そして日の暮れた頃。
私はプレゼントを手に取った。
女の子が自分で箱まで作った、優しい手作りの箱。
中に入ってたのは、
イチョウの葉っぱに、
イチョウの色のマフラーだった。
編み物なんてしたことなかったけど、
それはすぐ全部女の子が作ったって、私には分かった。
驚くことに、
ちゃんと大人のサイズで、
私には少し長いくらい、だけど使えそうだった。

試しに巻いてみたら、
どこに入ってたのか、
そこからポロリと手紙が落ちた。

手紙には沢山のことが書いてあった。
女の子の病気、学校、今までの生活、たった3年前までは小学校に通えてたこと。
それから、来年からその学校に戻ること。
私についても、
新しい会社で頑張ってね、って。

就活が成功した時、私はすぐさま女の子に報告した。
誰よりも早く。
その時の笑顔がよかった、って。

マフラーに似合うお姉さんになってね。
で手紙は締められていた。

その日の夜はずっと感傷に浸ってた。
ありがとう…って。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

その日以降、私はどこへ行く時も手紙を持ち歩いてた。
マフラーも、
ちょっとほつれてたから、心配で見にきてくれた子に直してもらって。
編み物も少しずつ教えてもらった。
バイトも大学も今まで通り大変だったけど、どこか心に余裕が生まれて友達もできた。

ただまだもう一つ、私には残されてたものがあった。
それを知れたのは、
就職した初めての秋、イチョウがまたきれいな頃。
大学宛に一通の手紙が届いた。

それは大学経由で私にちゃんと届いた。
女の子からの手紙。

でも消印は去年だった。

手紙にはこう書いてあった。

「病院の者です」
「お姉さんにどうしてもお母さんには内緒で手紙を書きたいと言うので、送らせて頂きました。無事に手紙が届く事を祈っております。
 あかりちゃん、無事手術も終わって治療頑張っていますよ。もうすぐ退院です」
・・・
・・・
・・・
「覚えてますか、お姉さん。
 きっとこれを読んでいるお姉さんはりっぱな大人で、あかりはもう元気な小学5年生。
………
………
………
 お姉さんは大変かもしれないけど、忘れないでね。
 いつか、イチョウの下で似顔絵のお姉さんとまた会えたらいいな」

って2通の手紙と、
それから似顔絵が入ってた。

イチョウと、
マフラーをしている、きっと私なんだろうな。って絵。

就職してから半年。
仕事を覚えたり、毎日が忙しかったけど、
あの日のこと、去年までの素敵な1年間の事はずっと覚えてた。
今でも私の支えになっている。
私自身も就職でイチョウのあった所からは遠く離れてしまった。
だけど「ちゃんと覚えているよ・・・」と思いながら、
その手紙をずっと眺めていた。
……
……
眺めながら、ふと気づいた。
この手紙が1年後に送られてきた不思議。
はっ!と見たら、1年前別れた日は、ちょうど明後日だった。
(もしかして・・・)
って思った。
翌朝、上司に頭を下げて有給をもらった。
この半年間ずっと頑張ってきた甲斐はある。本当は1年目で有給なんて大変だけど、事情を説明したら上司は2つ返事でOKをくれた。

その日の帰り道。
この1年ずっと使ってきたマフラーをつけて、
ただ似顔絵を眺めてた。
(明日ここで会えるのかな・・・)なんて期待を込めて

(そうだ、せっかくだから!)
乗ったばかりのバスを突然降りた。

(似顔絵に描いてあるお洋服に似た感じのを買おう!)
って思って、
その足でお洋服店巡り。
仕事終わりの猶予は1,2時間だけだったけれど、それでもそこそこいいのは揃った。
社会人になって、初めて奮発した買い物。
服を買ってから、どこか髪も切りたくなった。
この半年ずっと切ってない。
時刻は20時。
もうやってるお店は少ない。
いつも行ってる1000円カットは閉まってるし、今日はそれよりは…。
急いで検索した。
それで何軒か見つけて、一番高そうなお店にした。

スーツ姿の完全OLだけど、
とってもおしゃれなガラス張りの美容室へ向かっていく。
階段を上がって2階。
受付を済ませて、
すぐに窓際のセットチェアに案内された。、
手元にはマフラーと、似顔絵だけを持って。

「こんばんは。本日担当する中野と申します」
「よろしくお願い致します」

「よろしくお願いします」

「本日はカットだけのご予約でしたが、如何なされましょうか?」

「えっと」
「このマフラーに似合って、、この似顔絵に近い髪型にしてほしくて」

私はマフラーを首に巻いて、
似顔絵の紙を広げて、美容師に見せた。

「結構短く切るんですね」

「?」
「あっ、それは昔結んでたからで」

「そうですか?」
「これはショートに近いように見えますが」

私は似顔絵を見返す。
女の子と会ってた大学時代、
“ひとつ結びにしてた頃のわたしが似顔絵には描かれてる”
って今までずっと思ってた。
でもよく見たら、結んでるよりは下ろしてるように見えた。

「マフラーされるなら、短いスタイルもいいですね。
 首元すっきりしますよ。
 こちらのマフラーも暖色系では色の強い方なので、髪を巻くロングよりはショートの方がお似合いかと思います」
「お顔立ちも悪くありませんし」

どうしよう、と一瞬思った。
美容師は短いヘアスタイルでも似合うって言ってるけど。
一つ結びを思い浮かべて書いたのか、それとも短いヘアスタイルの私を描いたのか。



私には、あの絵は後者に見えた。
せっかくならという気持ちも勝る。

「そしたら短くしたいです」

「この似顔絵の雰囲気に寄せる感じでよろしいですか?」
「はい」

「何か他にこうしてほしい、とかありますかね?」
「いや、特には」

「では細かい所はお客様に似合う形で、イメチェンさせて頂きますね」
「はい」
「お願いします」

たったの数分、
さくっと決めてしまった。
そっか、イメチェンか。
こんな平日ど真ん中に、仕事帰りで、スーツのままで。
私みたいな人、他にいる?
楽しみでもあって、不安でもあった。
とってもドキドキする。
タオルをかけられ、
スーツの上に、白いおめかし。
懐かしいネックシャッターもつけられる。
きっと小学生以来。
シュッ,シュッ、、、
霧吹きで丁寧に梳かされる髪。
徐々に湿ってって、癖っ毛がちょっとだけ伸びたように見えた。
(こんな長かったっけ・・・)
入社前以来、半年ぶりの散髪。
胸に届くくらいまで、髪は伸びきってた。

「じゃあ切りますね」
「よろしいですか?」

「はい」

私が頷くと、美容師のお兄さんは下を向く。

“ サクッ ”
“ チョキ,チョキ,チョキ ”

少し遠くではさみの鈍い音が聞こえる。
“チョキ,シャキ,チョキ…”
水気を含んで重くなった髪の毛。
少しずつ切り落とされてって、その度に首が軽くなっていく。
まるで頭が浮いてくみたいに。

目の前には大きい鏡があるけど、その大きな鏡も後ろ姿は全く映していない。
ただただ、鈍い音が聞こえてくるだけ。
最後のひと束が切られると、
美容師の手から離された髪が、パッと肩をすり抜けてくる。
あごの高さで、ゆらゆら揺れて。

胸まであった髪も、まっさら、首につかない長さになってた。
・・・
・・・
・・・
ブロッキングされて、20年ぶりに下に俯いてカットされてく私。
チョキチョキ……首元で細かく刻まれていく。
ひんやりしたはさみがよく生え際の辺りで、私に冷たさを感じさせてくれる。
きっと大分短いはず。

上を向いたら、サイドの髪も同じように、ぱっつんって切られた。
フェイスラインを覆うくらいの長さ。
小学生の頃はボブだったから、ここまでの長さは人生初めて。
どうしてか、不思議だけど、
卵型の顔にぴったりと髪が吸い付いていく。

1000円カットでは見たことなかった、
レザーカット、
縦にはさみを入れてくカット、
それ以外にも・・・
お高い高級店だからか、私の頭は細かく切り刻まれてく。

ドライヤーで勢いよく乾かされた後も、
ザクザクってセニングで梳かれるだけじゃなくて、はさみをスライスする感じで毛先を切るような技っぽいカットも。
今まで体験してきた事とは違う景色が鏡にはずっと映ってた。

「じゃあ整えますので、下向いて下さいね」

“ビィーーーーー”

“ ツ,ツッッッッ ”

バリカンのような物で、襟足の産毛をカットされている。
これも大分ご無沙汰。
久しぶりだったから、少しくすぐったい。
ずっと手入れしなかった生え際だから、“ ツ,ツッッッッ ”って音がよく鳴る。

目線の先には沢山の毛。
セニングでいっぱい出た、ふわふわな私の毛。
腕にも、
お腹の前にも、
かさねて置いてる手の甲にも、
いっぱい降り積もってる。
襟足を剃られながら、その毛でちょっと毛いじりをしてみた。
自分の切られたまんまの毛は、
普段出る抜け毛とは違って、なんかとっても手触りがよかった。
今まではこんな毛量切られたことなかったし、
そもそも1000円カットだったから、手なんて出してなかった。
だからとってもその髪が新鮮で、ふわふわに感じた。
腕っぷしに引っかかっている積もった毛束も、
まるで毛玉ができそうなくらい。
かき分けてたら、スーツスカートが白いケープから透けていた。
鏡にもスーツのV字になってるところまで。

ずっとカットを見ていて忘れてた。
こんなおしゃれなカットなのに、スーツで来てたわたし。

沢山の毛と、スーツに、ガラッと変わったショートボブの私。
なんかおかしくて、ちょっと笑ってしまった。

・・・
・・・
・・・

シャンプーをしてもらって、
ブローも済んで、
軽く仕上げをして、
ヘアセットとオイルの塗り方を教えてもらって、
すっかり私はとっても軽ろやかなショートになった。

すっかり街からも人が減って、静まった頃に私は美容室を出た。
冷たい夜空の下を、終バスに乗るために歩く。

厚みがあった髪は、
すっきりしちゃって、ちょっと風が吹けばすぐ耳の毛がなびく。
イメチェンした私に、夜の冷たい風が吹きつけていた。

・・・
・・・
・・・

イチョウのマフラーは、首全体を覆ってくれるけど、ちょっとだけ髪とマフラーの間に隙間がある。
外に出たら、その隙間から頬がひんやりした。
軽やかなショートになった私に、このマフラーはとっても馴染んでる。

遠く、離れた、有名でもないイチョウの並木道に向かう10年目。

今年もまた、
似顔絵の通りのお洋服に、髪型に。
もう年は大分取ったけど、それでも変わらず向かう。
今年はちょっとだけ襟足が寒い。
アラサーもあと3年。
今までみたいなショートは似合わなくて、
前髪は伸ばして、後ろ姿は人生初のバリカンで刈り上げてもらった。
マフラーもちょっと毛糸を足して、厚めになった。

今年は会えるのかな・・・。
遠い昔の約束、きっともう忘れてるかもしれない。
それでもいい。

そんな気持ちも持ちながら、今年もイチョウ並木の坂を下った。

「お姉さん、別人になってる・・・!」

Fin

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