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マイティフロッグ  35年の恋


1984年。子供たちの間で電動オフロードラジコンカーが空前のブームとなっていた。日本の人口の最大ボリュームゾーンである団塊ジュニアがハマったものはたいていブームになっているのだ。ファミコンとか。

私はタミヤの「ホーネット」というマシンを買ってもらったんだけど、本当は当時の人気機種「マイティフロッグ」が欲しかった。高くておねだりできなかったんだな、これが。

そしてブームから20年余。当時子供だった連中が自分で稼ぐようになった2005年、マイティフロッグが再販された。憧れだったマシンが今なら自分で買える。金ならあるんだ買っちまえ。

そんな強い思いで買ったラジコンカーなのに、私ってば無体にも押し入れに突っ込んだままにして15年の月日が経ってしまいましたとさ。
このたび、COVID-19の外出自粛をきっかけにマイティフロッグを完成させることができたんです。実に35年かけて実らせた幼い恋。

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ラジコンカーは作っても遊んでも楽しい。
タミヤのマイティフロッグをこさえた話を書くのは、みなさんの焼け木杭に火を点けたり、生木に火を点けたりするためです。仲間になれ。


ラジコンは車が動くのでおもしろい

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ラジコンという遊びはレースで勝つだけが目的ではない。
ヘタなりに自分で作った車が、意外とちゃんと動く。これは実におもしろい事象なのである。
バラバラの部品を自分で組み立て、やっとのことで完成させた、そんな信頼できないものが実際に動いてしまう。操縦したとおりに動いてくれる。これはうれしい経験ですよ。もちろん子供でも組み立てられるようにキットとして作られてるわけで、そこはタミヤのホスピタリティがすげえって話なんですが、完成品を買ってきたんではこの達成感は味わえないんすよ。


教育的な効能がある

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自分で組み立てたからこそ「なぜそういう構造なのか」がわかるし、修理もできるわけ。
たとえば車には「デフギア(ディファレンシャルギア)」という左右の車輪の回転数をズラす機構があるんですが、オレこれ小学生のときに自分で組み立てててよかったなと、今でも思いますもん。「ムズカシイ仕組みを理解しようと考えること」が面倒じゃなくなるんですよ」なにしろ、すでに一度やったことがあるから。
子供のときにラジコンカー作るの、いいすよ。


難所その1:タイヤ

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マイティフロッグも、その後継車であるホーネットもそうなんだけど、後輪の組み立ての難しさは有名で、たくさんのキッズと大人を悩ませてきたのである。
ゴムのタイヤの中にプラのホイールを突っ込まないといけないんだけど、ゴムが固くて入り口が小さいのでぜんぜん突っ込めないのである。力任せに何度も挑戦して、その日の握力が終わってしまったり、果てはプラのとんがったところで指先を切ったりしちゃう。
しかし35年という年月は、この難所を切り抜ける方法が編み出されるのに十分な長さであった。
タミヤRCカーのデザインもされるやまざきたかゆきさんが、この難所の攻略法を発見し、公開してくれていたのである。検索して良かった。

テコの原理である。ホイールが支点、タイラップ(結束バンド)が力点、タイヤの穴のフチんとこ(ビード)が作用点となるテコの原理である。
力点となる結束バンドを締めることで、ホイールの直径よりもタイヤの口が広がっていく仕組みだ。
オレんちには頑丈なカトラリーがなかったので、100均の自転車用のタイヤレバーを使った。

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この方法は「締まるけど緩まない」という結束バンドの特性が効いてる。35年前だとタイラップ(結束バンド)はプロの道具なので、身近に無かったんすよ。いまは結束バンドもタイヤレバーも100均で買えるんだよね。
80年代のRCブームの時はネットなんか無かったから、こんな経路でアイデアを知ることもできなかった。100均も無かったので道具も高価だし、縁遠かった。趣味の面ではとてもいい時代になったんだよね。


難所その2:締めにくいナット

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キット付属の十字レンチが長くてフレームに当たってちゃんと入らないので、このネジの裏側をおさえるナットをつかめないんじゃ。ドライバーで締めてても裏のナットも一緒になってくるくる回ってラチが明かないんじゃ。そもそもグリス塗る場所なんでヌルヌルしてるしな。
なので、横からつかむスパナを用意しないとたぶんダメ。オレが買ったスパナは5.5ミリだけど、自分で判断してくれよな。


サスペンションを組むのは楽しい

車に乗ってるあなたがでこぼこ道で派手に揺さぶられないのは、タイヤとボデーの間にバネがついてるから。このバネをサスペンションという。
ラジコンカーにもサスペンションがついている。小さいけど、構造はホンモノと同じものだ。

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サスペンションはふたつのパーツで構成されている。スプリングとダンパーだ。
スプリングは縮むときにショックを吸収し、伸びるときは地面にタイヤを押し付ける。
ダンパーはオイルの詰まった注射器みたいなもの。スプリングだけだと動きがビョンビョンって楽しげになっちゃうんだけど、そこをオイルの抵抗でニュルッとさせてくれる。
ビョンビョンのスプリングとニュルッとするダンパーのふたつが合わさって、車の安定走行を成り立たせるサスペンションになるのだ。
この、実際の車と同じ構造のサスペンションを自分で作ることができる。ここがラジコンカーを組み立てる最もエモい部分だと思う。
ダンパーの筒にオイルを流して、シュコシュコ動かして気泡を抜いて、空気が入らないようにフタをして、あふれたオイルをティッシュで吸って、スプリングを組み付ける。

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ボデーを沈ませるとサスペンションがなめらかに縮み、手を離すとスイッと戻る。自分で組んだパーツがちゃんと働くと、得も言われぬ喜びが胸に泡立つ。
サスペンションを作るのはめんどくさいし、子供だと失敗するかも知れないから、ここだけ完成済みにして売るほうが「親切」なのかもしれないのに、タミヤは作れる程度の難度になるよう設計して、キットとして売る仕様を選んだ。選んでくれた。ほら、理念を感じるでしょ。

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前輪のほうはダブルウィッシュボーンという構造で、実際の車でも使われているものなんだけど、マイティフロッグはバネの入り方が特殊なのだ。どこに前輪のバネがあるかわからないでしょ。後輪みたいなちゃんとしたサスペンションにするとコスト高になったのかもしれないし、デザイン的に組み込めなかったからかもしれない。自分で組んでみないと、このオカシサがわからないのだ。オレも35年ぶりに謎が解けた。最高にスッキリしたよ。
ちなみにウィッシュボーンは意訳すれば「願掛け骨」。どうしてこんな名前なのか調べると、ちょっとおもしろいですよ。


組み上がるとフレームが固まる

フレームはグレーのプラパーツなんですが、これ左右割りをネジで締めるんですね。いろんな部品をつけるごとにネジ締めるじゃないですか。でも、なかなかフレームが固まらないんですよ。大丈夫かなと不安になるんですよ。で、最終的には、最後のネジ締めで、ゆるゆるだったフレームがギュッと一気に剛性を高めるんですよ。
「完成した」という手応えが、ここしか無いってタイミングで得られる設計なんすよ。

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基本設計が古いので腰高なデザインなのですけども。いまは低重心がマストなのでこんな変な味わいのものはもう作られることがない。そう考えるとまた味わい深いでしょ。厳しいレースをするわけでもないので、性能的にもこれで十分ですしね。


サーボとスピードコントローラー

ラジコンカーのキットに入ってるのは本体だけなので、走らせて遊ぶには「プロポセット」というものを別で買う必要がある。
遠隔操縦装置である「プロポ」と、本体につける「サーボ」や「スピードコントローラー(スピコン)」などのセットである。
サーボはハンドルを切るための装置。モーターの一種だ。
スピコンはオーディオのボリュームみたいに、モーターに流れる電流を無段階に調整する。

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これさあ、80年代はスピコンがまだ高級品だったので、サーボが2つ入ったセットが一般的だったんですよ。ハンドルを切るサーボと、三段階の速度スイッチを物理的に切り替えるサーボ。
無段階で速度調節できるあこがれのスピコンが標準って、いい時代になったよね。


モーターで動く

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ラジコンカーはモータで動くオモチャなので、わかりやすいカスタマイズとしてモーターの交換とかがある。
速いモーターとか力強いモーターとか、オプションで付け替えることができるものがたくさん選べるのだ。性能の差はわからないが、かっこいい見た目になっている。色とかロゴとか。
そしてマイティフロッグはモーターが外から見えやすいので、モーターの交換はカッコつけるのにも最適なのだ。
まあオレはキット付属の標準で満足しているが。


ボールベアリングは買おう

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悪いことは言わない。キットを買うときにはボールベアリングを一緒に買うことを強くオススメする。
コストダウンのためなのか、軸受けの多くはプラスチック製で、そこにグリスをたっぷり塗ることで摩擦を軽減する仕様になっている。これは作るときに手がヌルヌルしてめんどくさいし、効果もそれほどでもない。組み立ててから交換するとなるとひどく手間なので、最初からオプションパーツを組み込んだほうが断然いい。ボールベアリングへの交換は単純にプラベアリングと入れ替えて組み立てるだけ。それでいて、こうかはばつぐんだ。前タイヤを弾くとずっとシャーって回っている。摩擦ナシだ(摩擦ナシにはならない)。


自分で用意しといたほうがいい工具

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[強めのニッパー][ラチェットドライバー][ネジ袋を仕分けるケース][スパナ][セラミックグリス][ハサミ]となります。


[強めのニッパー]
パーツの切り出しに使います。
RCカーも組み立てオモチャなので、ランナー(プラスチックの枠)についてるパーツを切り取るところから組み立てが始まるのはプラモデルとおんなじ。だけど、なにしろ実際に走ったり跳んだりする車なので、パーツが丈夫にできている。プラも硬いし、切り離す部分も太めだったりする。切るときに「バチィィ~~~ン!」と鳴るくらい硬いのだ。プラモデル用の繊細なニッパーだと刃こぼれ必至という状況がけっこう出てくる。
なので、まずはじめに使い古しのデカめのニッパーでパーツをざっくり切り出してからカッターなどで整えました。

[ラチェットドライバー]
楽に回せるドライバーです。
けっこうな数のネジ締めをすることになるんすよ。しかもネジはタッピングビスといって、自分でネジ穴を切りながらねじ込まれるドリルみたいなネジ。回すのに力がいる。
プラスドライバーは自分で用意するように書かれているけど、ラチェットドライバー、あのカチカチ鳴って一方向にしか回らない仕組みのやつだとすんげー楽できます。

[ネジ袋を仕分けるケース]
これ、マジおすすめ。
ネジの種類が多いうえに形が似てたりするんすよ。太さが同じで長さが違うとか、まぎらわしいのである。そのためにネジ袋がABCD~と別れている。説明書に「袋Aのこれ」「袋Cのこのネジ」と書かれているので、そのネジ袋から探して使うわけだ。説明書に原寸のネジ図があるのでネジを図に重ねて確認するシステム。これでまず間違えない。ここまではユーザーフレンドリーじゃろ。
作業を始めてみると、小さいネジひとつを袋からいちいち出すのはけっこうつらい。指がつったり、タグがもげてABCDがわからなくなったりするかもしれない。袋も裂けやすい。
そんなときのソリューションが小分けケース。袋ではなくケースに入れ替えてしまえ、というアイデアだ。これによってストレスが減って、ミスをしにくくなるんですよ。
仕切りのついた入れ物ならなんでもいいかもしれませんが、フタができて別々になっているケースだとこぼれたり混ざったりしないので、作業を中断してまた明日みたいな場合でも安心なんすよね。100均で買えます。

[スパナ]
ナットを締める道具です。
キット付属の十字レンチでナットの締付けはほとんどまかなえるんだけど、一か所だけ使いにくいところがある。前述した「難所その2」、前輪のサスペンションアームの組み立てな。十字レンチの長さが邪魔してナットをつかめないところ。ここだけのためだけど、5.5ミリのスパナを用意しよう。

[セラミックグリス]
可動部分につける潤滑油です。
とにかくグリスをいっぱい使うので、キット付属の小さいチューブじゃ足りんくなります。グリス、それは潤滑油。
ギアボックスの中にはたっぷり使ったほうがいい。密封式なので組み立てたら二度と開けたくないじゃん。また、いろんな部分の回転軸やサスペンションがキコキコ動く部分など、可動部という可動部にどんどん使うわけ。さらにいえば、ちょっとだけなんて意味がないので多めに使ったほうがいいわけ。
なので、キットと一緒に「セラグリスHG」っていうのも買っておいたほうがいい。使いやすい先端ノズルがついてて、作業も楽になるぞ。
ていうかキット付属のセラグリスで間に合わせようと作るとちょっとずつしか使わない心理が働いて、マシンの動きが悪くなって後悔することになるので、絶対にデカいのを買ったほうがいいのだ。

[ハサミ]
ボデーの切り出しに使います。
ラジコンカーのボデーの素材はいろいろありますが、マイティフロッグの場合はポリカーボネイトという透明な樹脂でできています。
四角い板に押し出されたボデーの輪郭線を切り出して、色を塗って完成です。
ポリカーボネイトはペットボトルのPET(ポリエチレンテレフタレート)に似た感じの、透明で薄い樹脂なんすけど、PETとは比べものにならないくらい硬いんですわ。まあガンガン走って転んでぶつかっても壊れないボデーのためなんで、丈夫であってほしいです。
世の中にはポリカーボネートボデーを切る専用のハサミもあるので余裕があればそちらを使うほうが楽で、仕上がりもきれいです。


コケてもアンテナで立ち上がる

金属製の2本のアンテナがありますね。これ、マイティフロッグのデザイン的な特徴であり、80年代ラジコンキッドの心を鷲掴みにしたギミックなんですよ。

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取り付け部分がネジでがっちり固定されている金属アンテナは、車体を持ち上げることさえできるんですな。
「ジャンプの着地に失敗して逆さまにひっくり返っても、アンテナの力でビョンと起き上がることができる」というのがマイティフロッグの売り文句のひとつでした。まあ、条件が整わないとうまく起き上がれないんだけども。
でも、普通は完全にひっくり返ったりしないし、なんかかっこいいので、これでいいのです。


1/10スケールだけど実車はない

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パッケージには1/10というスケール表記がある。ということは実車があるはずじゃん。無いんです。
このマシンの前に実車ベースのスバルやランチアのRCカーがあって、その同じフレームを利用して作られたのがマイティフロッグ。サイズ的には1/10だけど元になったバギーカーは実在しない。まさにガンプラのようなプロダクトなんですよ、かっこいい。

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横置きになった後輪のサスや前輪のバネの置き方など、実車だったら無理があるパーツレイアウトもこれで納得だし、起き上がり可能な金属アンテナも実車サイズじゃ不可能だよね。
小さいサイズのRCカーを満足に走らせるために工夫された、実際の車では不可能な機構が、いいじゃないですか。
実車の形を再現することが優先される模型や、単純に実車をサイズダウンって考え方じゃ絶対出てこない形なんすよ。走るオモチャでなきゃ設計されなかった、ちゃんと動く仕組みなんすよ。おもしろいよね。
いまのRCバギーは実車同様のサスペンションをちゃんと組み込むことができるようになったので、こんなヘンな形のものはまさに技術と文化の過渡期の賜物なのです。

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工具は安くなり、手に入れやすくなって、選択肢も増えています。昔よりも楽しくラクに完成させられる環境が整っているんすよね。ラジコンをやるなら今ですよ。

タミヤ マイティフロッグ


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