徐々に広がりをみせるRSウイルス感染症

2020-2021年シーズンは結局インフルエンザについて大きな流行が起こることがありませんでした. これは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する感染対策がインフルエンザに対する対策と共通する点が多いため, 前者への対策によりインフルエンザの流行抑制に有効だったのでは, など様々な要因が考えられています.

2020年はインフルエンザの流行がみられないことと並行して, RSウイルス感染症に関しても例年のような流行の兆しがみられないことが一部で注目されました(図1: 2020年終了時点でのRSウイルス感染症の流行状況)


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図1: 2018-2020年の全国でのRSウイルス感染症の発生状況
2020年では2018年, 2019年でみられたようなRSウイルス感染症の流行を示すピークがみられていない.
グラフは参考文献1のスクリーンショット

しかしインフルエンザとRSウイルスではやや状況が異なるようで, それが2021年に入ってから徐々にRSウイルス感染症での状況の変化が目立ってきているようです.


2021年になって状況は変わってきた

RSウイルスは特に乳幼児期で肺炎や細気管支炎といった下気道疾患を引き起こす原因でもっとも多いものの1つです(*2, *3).
以前は冬季が流行の中心でしたが, 近年日本では秋季頃に流行が発生していました.
ただ2020年は, 例年であればRSウイルス感染症の流行がみられる時期になってもほとんどの地域で流行はみられませんでした.


例外的に沖縄県と鹿児島県ではRSウイルス感染症の報告数の増加がみられていましたが, 2020年の終わり頃から鹿児島県に隣接する宮崎県でもRSウイルス感染症の報告数が増加し, 2021年に入ってからそれが大分県を除く九州のほぼ全域で報告数の増加傾向がみられるようになりました(図2)

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図2: 九州・沖縄におけるRSウイルス感染症の発生状況
2021年に入り, すでに流行が発生してた鹿児島県や沖縄県を除いて, ほとんどの県で定点あたりの報告数の増加傾向がみられている(大分県を除く)
グラフは各自治体が公表しているデータに基づいて筆者が作成


また大阪府でも2021年に入って大阪市北部を中心に流行が起こり, その後大阪府の他地域や, 隣接する兵庫県でも増加傾向を示すようになっています(図3).

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図3: 近畿地方の主な地域におけるRSウイルス感染症の発生状況
2021年に入り, 大阪府, 次いで兵庫県でRSウイルス感染症の報告数の増加傾向がみられている.
各自治体が公表しているデータに基づいて筆者が作成


また北陸では富山県, ついで石川県でも報告数の増加がみられているほか, 岩手県・青森県など報告数が増加している地域も目立つようになってきました.

はっきりした要因はわかりませんが, 多くの都道府県で報告数の増加傾向がみられていることから今後は他の地域でも流行の発生により注意が必要かもしれません.


RSウイルスは厄介なウイルス

RSウイルス感染症は主に子ども, 特に小さな年齢で子どもたちで問題となりやすいウイルスです.
RSウイルスは一般的なかぜを引き起こす主な原因の1つですが, それだけでなく特に乳幼児期では肺炎の主な原因の1つであることや(*2), 急性細気管支炎と呼ばれる下気道疾患の主な原因であることも知られています(*4).
RSウイルスが検出された感染症では検出されなかった感染症と比べて, 咳や発熱といった症状が強くなりやすいことが示唆されており(*5), 他の従来からあるウイルスによる呼吸器感染症と比べて児や保護者などの負担は強くなりやすいです.

またRSウイルス感染症は小児だけで感染するものではなく, 成人でも感染しかぜ症状を引き起こします(*6).
さらに高齢者では重症化するリスクがあることが知られており, RSウイルスは様々な年齢層に問題を引き起こしうる厄介なウイルスなのです.

新型コロナウイルス感染症の流行が大きな問題となっている現在では, かぜ症状が生じること自体が従来以上に問題となりえます.
従って, かぜを罹ること自体も, 例年以上に避けられた方が好ましいとも考えられます.


RSウイルス感染症の対策は新型コロナウイルスと一緒

RSウイルスに対するワクチンはかなり前から開発されているものの, 現時点では実用化に至ったものはありません.
従って, RSウイルス感染症の予防については新型コロナウイルス感染症に対する対策と同様で
・かぜ症状のある人との接触を避ける
・手洗いを行う

を行っていくことが重要です.
またRSウイルスに対してはアルコール消毒も有効であるため, アルコール製剤の併用も効果が期待できます.
もちろん手洗いやアルコールによる手指衛生は, 低年齢の児自身が行うことは困難です. ただ低年齢の児では家族から感染する例が少なくないことが示唆されているため(*7, *8), きちんと手洗いや手指衛生を行うことができる年齢となった家族がしっかり実施していけば, 低年齢の児への感染を減らせるかもしれません.

さらにRSウイルスはテーブルなどの硬い表面上では数時間生存しうることが示唆されています(*9, *10). そのためウイルスが付着したところから伝播する可能性もあるため, RSウイルスが付着しているリスクが高そうな所に対して接触感染対策を実施するのも有効かもしれません.

また児が重症化するリスクを避けることも重要です.
様々な危険因子が知られていますが, その中で介入が可能なものとして受動喫煙が知られています(*11, *12).
受動喫煙の影響は他にも数多くありますので, 子どもたちの健康のためにリスクを避ける行動を考える, というのもよいと思われます.


新型コロナウイルス感染症の流行によって, かぜをひくことや肺炎・細気管支炎などの下気道疾患に罹患することの負担は様々な意味で大きくなっています.
標準的な予防策を続けている方も多いとは思いますが, 新型コロナウイルス感染症を防ぐにも意義があると思って, 引き続き一緒にがんばって続けていきましょう.

<参考文献>
1) 厚生労働省・国立感染症研究所. 感染症週報 第22巻 第52・53合併号.
2) Jain S, Williams DJ, Arnold SR, et al. Community-acquired pneumonia requiring hospitalization among U.S. children. N Engl J Med 2015; 372(9): 835-845.
3) Shi T, McAllister DA, O'Brien KL, et al. Global, regional, and national disease burden estimates of acute lower respiratory infections due to respiratory syncytial virus in young children in 2015: a systematic review and modelling study. Lancet 2017; 390(10098): 946-958.
4) Miller EK, Gebretsadik T, Carroll KN, et al. Viral etiologies of infant bronchiolitis, croup and upper respiratory illness during 4 consecutive years. Pediatr Infect Dis J 2013; 32(9): 950-955.
5) Toivonen L, Karppinen S, Schuez-Havupalo L, et al. Respiratory syncytial virus infections in children 0–24 months of age in the community. J Infect 2020; 80(1): 69-75.
6) Falsey AR, Walsh EE. Respiratory syncytial virus infection in adults. Clin Microbiol Rev 2000; 13(3): 371-384.
7) Hall CB, Geiman JM, Biggar R, Kotok DI, Hogan PM, Douglas GR Jr. Respiratory syncytial virus infections within families. N Engl J Med 1976; 294(8): 414-419.
8) Munywoki PK, Koech DC, Agoti CN, et al. The source of respiratory syncytial virus infection in infants: a household cohort study in rural Kenya. J Infect Dis. 2014;209(11):1685-1692.
9) Hall CB, Douglas RG Jr, Geiman JM. Possible transmission by fomites of respiratory syncytial virus. J Infect Dis 1980; 141(1): 98-102.
10) Centers for Disease Control and Prevention (CDC). RSV Transmission. (最終閲覧2021年4月24日)
11) Bradley JP, Bacharier LB, Bonfiglio J, et al. Severity of respiratory syncytial virus bronchiolitis is affected by cigarette smoke exposure and atopy. Pediatrics 2005; 115(1): e7-14.
12) Maedel C, Kainz K, Frischer T, Reinweber M, Zacharasiewicz A. Increased severity of respiratory syncytial virus airway infection due to passive smoke exposure. Pediatr Pulmonol 2018; 53(9): 1299-1306.

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