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読書感想文【シークレット・レース】

多分、この本は万人受けしないと思う。

【シークレット・レース ツール・ド・フランスの知られざる内幕】は、ランス・アームストロングの元チームメイトであり同じくドーピングで自転車界から追い出された、タイラー・ハミルトンという元選手が語る、彼の半生を綴った本である。
語ったと言っても、本を書いたのはタイラー本人ではなく、ダニエル・コイルという作家だ。
ダニエルがタイラーに何十時間にも及ぶインタビューを行い、それをまとめたのがこの【シークレット・レース】という本だった。

◇なぜこの本に興味を持ったのか

サイクルロードレースには、常にある疑惑が付きまとう。
「ドーピングをしているのではないか?」
事実、2023年のツール・ド・フランス覇者ヨナス・ヴィンゲゴーにもその疑惑は当然のように付きまとった。
バカらしい話に感じるかもしれないが、サイクルロードレースという競技がドーピングに対して、どうしてここまで拒否反応を示すのか、知っておく必要がある。
ランス・アームストロングはいかにして、世界を欺いたのか。
欺かざるを得なかったのか。
ずっと知ることを拒否してきた真実を、自転車への熱意が湧いている今こそ知るべきだと思ったのだ。

◇感想:ネタバレ有

タイラー・ハミルトンが語ったのは、決してランス・アームストロングが噓つきの大悪党で、腐り切った魔王などという話ではなかった。
ただ、サイクルロードレースに憧れ、勝利を目指し努力を続けた、一人の選手の半生がそこにあるだけだった。
漫画やアニメのように、常に劇的な展開があるわけではない──
淡々と語られる”ドーピングが当たり前の世界”の話、”シークレット・レース”のすべてだった。
正直なところ、ドーピングをする選手はファンを騙した嘘つき野郎だという認識になってしまう事を、私は誤魔化したりしない。
マリオ・チッポリーニも、エリック・ツァベルも、マルコ・パンターニも、当時のヒーローは皆後世に「ドーピング使用」の疑いをかけられたり、認めたりしている。
往年の名選手がドーピングを認めるたび、「あなたもか…」とガッカリしてしまう事を隠す事はできない。
この【シークレット・レース】を読んで、ドーピングが当たり前だった時代を肯定できるようになったりとか、そういう事も起きなかった。
あんな時代は二度と来なくていいし、今の選手たちがドーピングから離れた、科学的に正しい指導で強くなっていることを望んでいる。

じゃあ、仮に私が当時の選手だったとして、ドーピングを拒んでクリーンな人間で走っていられたかどうか?

この本は、そんな問いを私に投げかけるものだった。

みんな確かにドーパーだった。

でも最低じゃなかった。

そうしなきゃ勝てなかったし、そうでもなきゃプロの世界にいられなかった。
私は、二度と”ツール・ド・ドーピング”が再来して欲しくないと願っている。
同時に、どこかで目を背けていたあの頃のサイクルロードレースを、飲み込めるようになれたと思う。
ドーピングを肯定したりはしない。
でも、一生懸命戦っていた彼らの姿は、肯定していいはずだ。
ドーパーだからと斬り捨て、過去の暗い歴史と蓋をすることは簡単だ。
でも、どうして彼らがドーピングへの道をひた走らなければいけなかったのか、それを知る必要はあると思う。
そういう意味で、ものすごくありきたりな言い方をすると、とても考えさせられる本だった(こなみかん)


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