カツ丼について
※ この記事は「かつ丼とカレンダー2021 Advent Calendar 2021」12月11日分へ寄稿したものです。
序文
ドンブリと呼ばれる料理はアタマパーツとボディパーツに分かれる。ボディパーツは主に白米であるが、アタマパーツとの相性を鑑みて炊き方を工夫する。しかしそのアタマパーツは無限にあると言っても過言ではない。
アタマパーツを交換することで様々なドンブリになることができるとあり、過去100年間の歴史を見てもドンブリ物はブームの中心であり、かつ最先端であったことがわかる。
鶏肉を一口大に切り、玉ねぎなどと一緒に割下で煮込み、さらに卵で綴じ、最後に三つ葉を添えたアタマパーツはボディパーツと組み合わせることで親子丼となる。
さらに、鶏肉を別の肉で代用することで他人丼への派生も確認されている。
また、サーモンの刺身を乗せ、イクラを載せることで、海鮮親子丼へと派生する場合も報告が上がっている。
このように、ひとつのドンブリから別のドンブリに変化を見せる現象も決して親子丼だけのものではなく、先述の通り、アタマパーツの種類は他の料理とは一線を画すほどだ。
先の一例、親子丼ではそのボディパーツについては触れていないが、ここ日本という国では白米の種類は他に類を見ない。また、ひとつのお米をとっても、アタマパーツの水分量が過多の場合は水を少なめにして炊いたり、反対に水分量が少ない場合はその逆も然りである。
一言にドンブリと言っても、その数は数多であるというのは先刻からの文を読めば自明であるとわかっていただけるであろう。
その中でも今日はカツ丼について調べてきたので、ここに記そうと思う。あー、お腹すいた。
概要
カツ丼については以下の通りである。
しかし、現在日本で一般的に認知されているカツ丼はこの限りではなく、カツを卵で綴じたものがそれだ。
Wikipediaの概要では、一般的なカツ丼なのか、ソースカツ丼なのか、タレカツ丼なのか、チキンカツ丼なのか不明瞭だが、今回は一般的なカツ丼についてお話ししようと思う。
今日の日本で一般的に認知されているカツ丼のスタイルは、ポークカツレツを玉ねぎなどと一緒に割下で煮込み、さらに卵で綴じ、最後に三つ葉を添えたものである。いわば親子丼の鶏肉をトンカツに置き換えたもの。ここで重要なことは、トン、つまり豚肉であるということだ。これはカツ丼のルーツにも関係していると、日本カツ丼学会でも頻繁に議論が交わされている。
また、このカツ丼が和食なのか洋食なのかという問題があるが、これは現代科学では解明できないとされ、日本調理師会ではタブー視されていることは言うまでもない。先日、日本調理師会の理事が退任した理由もこのカツ丼和食か洋食か問題であったとされる。この問題は大正初頭より料理会で波紋を呼び続け、先の大戦にも影響を及ぼしたと、界隈ではまことしやかに囁かれてさえいる。このブラックボックスを埋める解は未だ存在しない。
カツ丼の概要だけでも、改めてドンブリという料理そのものの幅が広いことをわかっていただけたはず。ドンブリ料理その一つ一つが奥深く、歴史を持っている。カスタムは無限大。そう、言うなれば料理界のドンブリはバイクでいうところのYAMAHA SR400のようなものなのだ。誰かぼくにファイナルエディションを買ってください。新車で。
歴史
カツ丼の歴史、特に発祥については諸説ある。が、その前にカツレツについて学ぶ必要がある。
カツレツは明治時代にフランスから伝わったコートレット(côtelette)という料理が原型となっている。仔牛肉を薄く叩き伸ばし、小麦粉をまぶし溶き卵にくぐらせ、パン粉をつけ、多めのバターで炒め焼きにしたものだ。日本ではこの最後の工程を天ぷらと同様、大量の油で揚げ、カツレツとした。また、当時の日本では牛肉は高価であり、安価な豚肉で代用したことから、豚肉のカツレツ、つまりトンカツになったと考えられる。
ちなみに、コートレット・ド・ヴォー(côtelette de veau)とも言い、ヴォー(veau)は仔牛肉のこと。フォン・ド・ヴォーのヴォーと同じ。英語ではカットレットと呼び、日本では転じてカツレツとなった。1860年に出版された福沢諭吉の華英通語では「吉列」という漢字が当てられている。今となっては単純に「カツレツ」と聞いても仔牛肉はおろか牛肉すら連想されず、トンカツの方を思い出す人が多いだろう。牛肉のカツレツを牛カツとか言うし。
その後、1872年に出版された仮名垣魯文の西洋料理通(下巻)には、「ホールクコツトレツ」という料理が記されている。ポークカツレツのことだ。しかし内容はポークカツレツというよりもポークソテーと呼ぶに近く、現在のカツレツ、トンカツとは似て非なるものであった。
現在のカツレツ、とんかつのスタイルにしたのは銀座にある洋食屋「煉瓦亭」の創業者・木田元次郎だ。かの人が現在のポークカツレツを売り出したのが、1899年、明治32年のこと。
先述のようなカツレツは手間のかかる料理であった。肉一枚一枚をソテーし、オーブンに入れて加熱。手がかかる割に日本人にはウケが悪かった。脂っこかったのだ。
木田元次郎は天啓を得る。天ぷらだ。小麦粉、溶き卵、パン粉をつけ、大量の油で揚げることを思いつく。今までのような手間も解消され、同時に複数の調理が可能となる。付け合わせによく利用されていた温野菜などもキャベツに替えることで、あっさりとした料理になるのではないか。そう考えた。
こうして、現在のようなカツレツへと華麗な変貌を遂げたトンカツとキャベツのコンビは「煉瓦亭」の名物になり、やがて2000万パワーズに負けるとも劣らない強力なタッグとした全国の揚げ物業界のリングを席巻してゆく。
この後、トンカツは更なる試練を乗り越えてゆくが、それはまた別の話。
兎にも角にも豚にもカツにも、現在のトンカツはこのようにして誕生した。
ではカツ丼はどのようにして産声をあげたのか。これには先述の通りであるが、諸説存在する。どれが正しいというのはいずれの古文書を解いても明確に断言することはできない。朝比奈みくるの力でも借りない限りそれは不可能だ。現代の考古学において、カツ丼の誕生そのものがパンドラの箱のようなもの。開けてしまえば災厄が待っている。しかしそれでも深淵を覗いてしまうのが人の性と言うものか。
一つ目は甲府説。評判となった先述のカツレツを東京で食べた「奥村本店」の由井新兵衛が自分の店にも持ち帰ろうとした。その際、ご飯物は出前が多く、親子丼や天丼など他の丼料理に合わせて、カツレツも丼料理として提供したもの。
ちなみに、奥村本店には、「カツ丼」と「煮カツ丼」が存在し、カツ丼は先の一般的なカツ丼ではない。どちらかと言うとソースカツ丼のスタイルに近い。が、カツレツを丼料理として提供し始めたのがこの奥村本店が初めという説は最も有力とされている。
二つ〜四つ目はいずれもキーワードが存在する、「早稲田説」だ。
大正2年、主にドイツで6年間修行し、その後早稲田鶴巻町で「ヨーロッパ軒」を構える前の料理発表会で初代店主である高畠増太郎がソースカツを披露したという「ヨーロッパ軒説」。
大正7年。仕出しの注文を受け、余ったトンカツを、学生から親子丼のように卵で綴じたらどうだというアイデアを受けて提供した早稲田の「三朝庵説」。現在は閉店されたようだ。
大正10年、早稲田高等学院の中西敬二郎が、学生がよく出入りしていた「カフェーハウス」という店の厨房に入り、ポークカツレツを小さく切り、丼飯に乗せ、煮詰めたソースを上からかけ、カツ丼と名付けた「カフェーハウス説」。カフェーハウスというお店は現在閉店したのか、いくら検索してもヒットしなかった。
大きく分けると「甲府説」か「早稲田説」。これ以上詮索するとぼくの命に関わるので、深く潜ることはないが、有力とされているのは煉瓦亭説。初手で一般的なカツ丼を提供しているのは三朝庵説だ。
ダメだ、これ以上はいけない。
実際に作ってみよう
歴史も学んだことなので、実際に作って食べてみよう。
ドンブリ料理の良いところは、アタマパーツにもよるが、その多くが材料が少ないところにある。あとご飯の上に盛り付けるため、洗い物も減る。お母さんも泣いて喜ぶことだろう。
何となく今回は2種類の豚肉を用意してみた。単なる気の迷いだが、一般的にはロース肉が主流。また、玉ねぎも欠かせない。そして長ネギだが、これは三つ葉がない&三つ葉なんか買っても使い所ないわという理由で"緑"要員として足したまでである。そもそもネギがキャラ被りしている。腹立たしい。
作り方については至って簡単。これもドンブリ料理の良いところ。
トンカツを一口大に切り、玉ねぎを細切りにする。割下にトンカツと玉ねぎを入れ、良い感じに温まってきたら、溶き卵を入れる。良い感じになったらご飯の上に盛る。
以上だ。ちなみに割下はめんどくさいのでめんつゆで良い。
作り方自体は簡単なのだが、よく考えて欲しい。トンカツが各家庭に1台ずつ導入されている前提で話が進められている。「お惣菜コーナーでテキトーに買って乗せりゃあいいんじゃあねぇの?」って心の中の音速丸が囁いたが、ぼくは善良な市民なので一から作ることにした。
ニニンがシノブ伝を知らない?じゃあいいです。
トンカツを作るにあたって、肉を良い感じにする。筋を切ったりするわけだけれど、説明がめんどくさいの。他のレシピサイトでも見てどうぞ。
ここはよぉ!!!!!!お料理ブログじゃあ!!!!!ねぇんだよ!!!!!!!!!!!!!
赤身と脂身の間は硬くなっていて、このまま火を通すと肉が反り返ってしまうため、なんかテキトーにシュッてやればOK。ヒレに関しては厚めに切ってしまうと中に火が通るのに時間がかかりにかかるところ。自分の良心と折り合いをつけてギリギリのラインまで攻めろ。そんなことしてると大概失敗するぞ。
これに衣をつけて揚げるだけ。めんどくせぇのはガッテン承知の上ではあるんだが、それくらいはやった方がいい。夏休みの宿題を乗り越えた君らにはできると思うよ、ぼくは。31日にやるタイプの奴には無理だと思うけどさ。
ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて→ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルてZ→卵→パン粉→ナースウィッチ小麦ちゃんRの順番に衣をつける。順番を間違えると時系列があるアニメは全くわからんので気をつけた方がいい。家にない場合はお惣菜コーナーでトンカツ買ってください。
170℃とか180℃とか200°Cとかレシピによって違うため、油の温度に関しては、菜箸突っ込んで細かい泡がじんわり出てくるくらいとかでいい。測れるなら測った方がいい。何分揚げるとかも正直知らん。キツネ色って書いてるけど、あいつらさ、モノホンのキツネ見たことねぇだろ。ぼくはあるよ。田舎育ちだからね。
揚げた後の話も先にしておくと、油を切るためにカツを少し休ませる。網とかキッチンペーパーとかに置くわけだが、この時、立たせるといい。なんか上手いことやって立たせると、油が落ちてサクサクになる。
ってすイエんサーで言ってました。
やっとトンカツの完成。
あとは玉ねぎを細切りにして、めんつゆで煮て、卵溶いて終わり。浅めの鍋か、フライパンを使うとよろし。
案外アタマの調理は大したことがない。注意するとしたら、玉ねぎに火を通すことと、卵の半熟加減。テキトーにするとテキトーなものができる。
長らくお待たせいたしました。完成です。
こちらが完成形の…………
デススティンガーです。
デススティンガーです!!!!
お付き合いいただいて本当に申し訳ございませんでした。なんか、ほんと、申し訳ございませんでした。
かつ丼さんへ
どう考えてもかつ丼さんのアドカレでは擦られまくったであろうネタしか思いつきませんでした。すみません。無能にはオチがゾイドにしかなりません。
ごめんなさい!!!!!!!!!!!!!!
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あとがき
お気付きですね。長ネギ使ってねぇ〜〜〜〜。
テキトーに作るとテキトーなもんができるって言ったよね!!!!!?
あとこんなのも作りました。
これは爆裂に美味しかったです。あとすげぇどうでもいいけど、ヒレ肉の方が柔らかくて美味しいです。というのも、スーパーで売ってるロースだと厚みがなくて、揚げると薄くなっちまいます。ヒレのブロックとか買って気持ち厚めに切った方が美味しくできるかも。特にこのソースカツ丼の方はソースが濃いのもあって、厚い方が味がちょうどよくなります。作り方としては揚げた後のカツをソースに浸してるだけなんで、こっちの方がちょっと楽かも。試してみてちょ。