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【甲乙の怪】 真夏の初恋

うだる程暑い昼下がり。

僕は親に言い付けられた、特に急ぎとも感じられない用事を果たすために出かけていた。

ゆらゆらと陽炎が立ち上るアスファルトからの照り返しに炙られ、吹き出した汗はベタベタした塩分を残して蒸発していく。

延々と続くかと思われる帰り道の途中、大きな柳の枝が道路へ張り出し、大海に浮かぶ孤島のように日陰を作り出していた。

その日陰に足を踏み入れた瞬間――。

ふうっと涼しい風が襟元を撫でていった。

「ああ、気持ちいい」

思わず目を閉じて、うっとりと風に身を任せる。

不思議な事に、風は僕の体に纏わりつき、服の隙間から入り込んで全身を冷気で満たしてくれた。

スッと頬に触れられた気がして目を開くと、薄ぼんやりとしたキレイな女の人が微笑んでいた。

そのスラリとした指を唇に当てて、僕に向かってこう言った。

『みんなには内緒よ。あなたにだけ、特別』

僕はすっかり汗の引いた体に、彼女の残した冷たい感触を感じながら家へと急いだ。

まだ幼かった頃の、僕の初恋。