宿直草「建仁寺の餅屋告げを得る事」

寛永十四年の事でありました。
建仁寺の門前に住む餅屋に不思議なお告げがあったというのです。
六十歳くらいの旅の僧侶が餅を食べながら世間話をしているうちに、日が暮れてしまいました。
僧侶は

「自分は東方の者です。初めて京へ上ってきたのですが、知り合いもおりません。方々へ旅に出ているので家もなく、どうか一晩宿を貸してはいただけませんか」

と言います。
これを聞いた餅屋の主は

「禁じられてはいる事ですが、たいそうにお困りでしょう」

と快く応じました。
旅の僧侶も喜んで一夜の宿を借りたのでした。
夜も更け

「どうぞお休み下さいまし」

と僧侶を奥に通し、主は勝手に床をのべて休みました。
この餅屋には娘が一人いたのですが、美しく人柄も大変に良いものの、悪い病を患っており、常に顔色も悪いのでした。
熱にうなされる時には、まるで板に挟まれでもしたかのように「ひいひい」と声をあげます。
しかし娘は自分がそのような事になっているとは知らず、夢の中の出来事かと思っていました。
その夜も一時ばかり熱にうなされ、ようやく静まりました。
客の僧侶はこの娘の様子を知り、翌朝早く、餅屋の主のそばにやってきてこう言いました。

「あなた方は、娘さんが夜中に苦しんでいる声を知らずに眠っているのか?」

餅屋の主は

「珍しくもないことです。このように娘が熱にうなされるようになって、すでに五年になります。今では起き出す事もしなくなってしまいました。
初めは私達も大変に驚き、慌てて娘を起こしましたが目を覚ましませんでした。
病気なのだと思い、薬はもちろん、鍼灸も試しましたが何の効き目もありません。京都中の神仏にも参り、徳の高い僧侶を頼み、ありとあらゆる方法を試しましたが、すべてダメでした。
今では打つ手もなく、ただ捨て置くだけでございます。娘は今年で十六になりますが、この病のせいで縁付く事もできず。
御坊様は諸国を旅しておられるそうですが、何か良い手をご存知ありませんか?」

と涙ながらに話してくれました。
話を聞いた僧侶はこう語りました。

「私がここに一夜の宿を求めたのは、この物語を伝えんがためです。私は東方にて定住もせず、流浪の生活をしておりますが、ある時、道を歩いていますと急に日が暮れてしまいました。これは困ったと思いながら宿を探して彷徨っていますと、森の陰に寺があることに気がつきました。この建仁寺に良く似た寺で、どのような仏様かは知らないが一晩泊めてもらおうと、上がり込んで横になっておりました。
しばらくウトウトとしておりますと、どこからともなく鬼が現れ、持ってきた俎板を庭に置くのです。後から四、五匹の鬼が一人の若い女人をつれてやって来て、その俎板の上に乗せ、同じような板でもって女人を挟み、声を合わせて押しつぶしているのです。女人は苦しそうに『ひいひい』と叫び、その身から流れる血を一匹の鬼が升で受け止め、量を計っています。
しばらくしてその鬼が

『今夜はどのくらいだ?』

と言いますと、別の鬼が

『二合五杓だ』

と答えます。

『ならばもう良いぞ。これで十分だ』

と升を持った鬼が言いますと、女人の上にかぶせた板を取りました。女人は苦しげな様子で起き上がり、鬼たちがどこへともなく姿を消してもそのまま残っていました。そして私の方へ近寄ってきて

『先程はお恥ずかしい姿をお目にかけました。それでもこうやって貴方様の前に出てきましたのは、言伝をお願いしたい事があるからなのです。私は京の都、建仁寺の門前で餅屋を営む某と申す者の娘です。私は死んでこの責め苦を受けているのではないのです。生きながらこの苦しみを味わう事、早五年になります。
私の両親が自分達のしてきた事を知るまでは、この苦しみは続くのです。
と申しますのも、建仁寺のお使いを頼まれた子供が、油を持って餅を買いに我が家に訪れます。両親は欲をかき、二十銭の油には十銭十五銭の餅を売り、三十文の油には二十文二十五文の餅を売るのです。その足りない代金の分だけ、鬼達がやってきて私の血を搾り取るのです。昨日は油二合五杓の不正がございましたので、鬼達は私からその分の血を取っていきました。
生きていてこれだけ責められるのであれば、死んでからはどれだけの責め苦が待っているのでしょう。どうぞお慈悲でございます。京へお上りになって、私の父母にこの事を教えてほしいのです。正しく商いをしてほしいと、お伝え下さい』

私が

『容易き事です。しかし、何を証拠に伝えれば良いでしょう?』

と尋ねますと

『その心配はごもっともでございます。どうぞこれを証にお持ち下さい』

と着ていた小袖の袂を解いて私に手渡しました。
私がそれを受け取ると、若い女人も寺も消え失せ、ただ一人野原の中に立っていた事に気がつきました。夢かもしれないと思いましたが、私の手の中には証として受け取った片袖が残っています。これは尊いお告げなのだと思い、はるばる京の都までやって来たのです。そして女人が告げた通りの場所に店もあり、あなたの名前も違えてはいませんでした。また、あなたの娘さんも、あの夜に私が見た女人と同じ人です。私の話がウソではない証拠に、この片袖をお渡しします」

餅屋の夫婦はこれを見て、今年の正月に娘に着せた着物の片袖であると認めました。
不思議に思い長持を開けてみますと、着物には片袖がありません。

「娘の病気は私が原因だったのか」

と主は悲しみました。

旅の僧侶はこの言伝を届けて、餅屋の夫婦を教化して去っていきました。
どこの誰とも知れず、もしかしたら、この僧侶自身が仏だったのかもしれません。