宿直草「誓願寺にて鬼に責らるる女の事」

昔、宇治の里から京都誓願寺に毎晩祈願のために通う山伏がありました。
またその頃、五十歳くらいの女が同じように毎日七つ下がり(午後四時半頃)に参詣に向かっておりました。
山伏はこの女を見て

「女人の身でありながら、これほど堅固に修行をしている者はないであろう。これは六十万决定往生(一切衆生が極楽往生できる)の者に違いない」

と殊勝である事よと思いを馳せておりました。

さてこの御堂に通いつめ、静かに心澄ましておりますと、夜半過ぎに四、五匹の鬼が一人の女を引き立ててやってきました。

「一体、何事だ」

と恐ろしく思っておりますと、御堂の前庭に急に火焔が燃え盛りました。
五匹の鬼が、女の髪の毛、手足を引っ張って体を持ち上げ、打ち返し打ち返ししながら炎でその体を炙り始めます。
叫ぼうにも声も出ず、全身から血を流している様は、まるで油を搾り取っているようです。

「この女人、今にも命の火が燃え尽きてしまいそうだ。このように責め苦を受けているのを見ているのも忍びない。一体、どのような罪を犯したというのか」

と物陰からそっと覗いていますと、責め苦を受けているのは自身が褒め称えた女であると分かりました。

「あれは毎日お参りに来ている女人ではないか。どんな罪を隠していたと言うのだ」

と様子を伺っていると、夜明けを告げる鐘の音が聞こえるやいなや、鬼の姿も女の姿も消え失せてしまったのです。
これは夢だったのではないかと疑っていましたが、自分は横になっていた訳でもありませんので、きっと見たまま本当にあった事なのでしょう。
空を覆っていた雲も散り、間もなく夜が明けます。
山伏は仏を礼し、自分の住まいへと戻り、次の夜には誓願寺へ赴く事はしませんでした。
翌々日に参詣に行ってみますと、あの女はいつもと同じく、何事もなかったように御堂へ参っています。
どのような罪を負っているにせよ、目の前の女は仏の御前に手を合わせ、真摯に祈りを捧げています。
ところが人目が無くなるや、仏を拝んでいた女が備えられた銭を二包、密かに盗んで隠すのを見てしまいました。

「そうか、この女の罪はこれか」

と思い、山伏は御堂にて夜を明かす事にしました。
やはりその夜も鬼が現れ、一昨日と同じくあの女を責め立てました。

「これは心を改め、仏の御教えに教化せよとの示しに違いない」

と納得し、夜が明けてから宇治の自分の住まいに戻ります。
そして翌日も誓願寺に出かけますと、女も同じように参っているのです。
山伏はやがて女の袖を引き、片隅へ連れて行って話しかけました。

「私がこのお寺に参り始めて以来、あなたが毎日参詣しているのをずっと知っています。その心はとても尊く、素晴らしいものです。
しかしながら、私に心配なのです。私が御堂に籠もっておりますと、五匹の鬼がやってきて一人の女人を責めるのです。その責め苦を受けている女人は、顔形も年頃も、間違いなくあなた自身です。度々このような事がありますので、見間違えるはずもありません。不審に思われるならば、今夜ご覧になればよろしいでしょう。
あなたに心当たりがあるのであれば、どうぞ包み隠さず私に話して下さい。ありのままに語って下されば、きっとあなたの助けになれるでしょう」

これを聞いた女は顔を赤くして涙を流し

「これはなんと恥ずかしい事。そのように心を砕いて告げて下さったのですから、私も包み隠さず申し上げましょう。
私はここより二、三町離れた土地に長らく住まう者ですが、夫も子もなく、ただ一人寂しく過ごしております。貧乏暮しでお金もなく、春は飢え、冬は寒さに凍えます。
お寺にお参りに来た際に、仏前に供えられた二十文を盗み、そのお金で必要な物を手に入れる事が出来ました。それ以来、毎日申の下刻にお寺で詣で、仏様へお参りをしながら十五銭、二十銭とそれ以上多く取る事はせず、これまで命を繋いで参りました。
私の犯した罪を知り、またこうやって仏の道に御教化くださろうとしている事は有り難い仏様のお慈悲、そして貴方様の優しさでもございましょう。
私は犯してしまった罪は、どのようにして償ったら良いのでしょう?」

と袖を後悔の涙で濡らしながら語ります。

「今夜は私も御堂に籠り、果たしてどのような有様なのか自分の目で確かめましょう」

と女が申すのに、山伏も

「それは素晴らしい心掛けです。悪事をなしてしまった昔を悔い、善人になれますように」

などと言っている間に、山の日は暮れ、夜になりました。
夜半を過ぎると鬼がやってきて女を責めます。
見れば見るほど、自分自身に相違ありません。
山伏も

「あれがそうです。御覧なさい」

と指し示しました。
女は自分の罪に悲しみ、それを見ていましたが、鬼達は二時ばかり女を責めると去っていきました。

夜が明けて、女は寺へ行って自分の罪を告白し、許しを乞うて尼となりました。
そして参詣にやってくる人々に、自分の犯した罪、見たこと聞いたことを包み隠さず、すべて語ったのでした。