宿直草「三人しなじな勇(よう)ある事」

人里離れたある所に、化け物が棲みついた宮がありました。夜になれば人々は恐れて近くを通ることもせず、荒れ果てるままにされておりました。
ある時、宮の近くを三人の馬鹿者が通りかかり

「人々が怖がって近寄らぬ場所には、きっと何か面白い事があるはずだ。後々の話の種になるであろうから、これから見に行こうではないか」

と言いました。
似たもの同士でございましたので、血気盛んに、意気揚々と化け物の棲むという宮へ出掛けてゆきました。
さて宮にたどり着きますと、早速拝殿に上がり込み、車座に座って夜の闇をすかしながら鳴りを潜めておりました。
しばらくして天井で人が寝返りを打つような音がいたします。

「今の音は何であろう?」

と一人が口を開きますと

「先程から、俺の頭の上に何かが滴ってきておる。指につけて嗅いでみると、非常に生臭いのだ。どうやら天井に、何か怪しきモノがあるとみえる」

と別の者が口を開きました。
その時、哀れを誘う女の声で

「下におられます方々よ、どうかお一人こちらにお上がりになられて、私を助けて下さいませ」

と呼ばわるのでございます。

「一体、どこから上がれば良いというのだ」

との問いかけに

「その部屋の隅に梯子(はしご)がございますので、どうぞそれをお使い下さい」

と申します。
一人の男が「自分が行ってこよう」と梯子を探し出し、天井裏へ上がってゆきました。

「さて、お前様は何ものであるか? こんな所で何をなさっておいでか」

と声をかけますと

「大変恥ずかしい事ではございますが、お話せねば信用してはいただけますまい。私はある里に住まいする者でございましたが、人妻でありながら他の男に恋い焦がれ、夫と愛人との関係を続けておりました。
しかし隠し続けてきたこの秘密を、夫に知られてしまったのです。怒り狂った夫は愛人を殺してしまい、その人の頭(こうべ)を私に抱かせ『貴様のような奴は化け物に喰われてしまえ! さもなければ飢え死にすればよい! 一体自分が何をしたのか思い知れ!』と言いおき、ここへ置き去りにしてしまったのでございます」

女はさらに続けます。

「夫は今日の昼間もここにやってまいりました。私は『どうぞ殺してくださいませ』と懇願しましたが、その願いは聞き入れられず、ただ私の腿を小刀にて三度刺し、そのまま帰ってしまいました。
先程、何やら生臭いものが滴ったというのは、私の血なのでございましょう。
全ては私の身から出た事なのでございますから、夫を恨んだりはしておりません。今更、許して欲しいとも思ってはおりません。
ただ心残りは、故郷へ帰り、年老いた母に一目会いたいという事だけでございます。
見知らぬ貴方様方にこのようなお願いをするのは大変に情けない事ではありますれど、どうぞこの縄を解いて助けて頂きたいのです」

浅ましい話ではありますが、この女の話に哀れも感じた男は、下で待っている他の者達に

「どうすれば良いと思うか?」

と尋ねました。
二人の者が

「今夜ここに来ようと思い立ったのは、我々の考えではなく、この人を助けよという神仏のお告げに違いない。縄を解き、連れて下に降りてくるが良い」

と答えましたので、男は女を縛っている縄を切り捨て、一緒に下に降りてまいりました。

「さて、夫の里に帰るわけにもいくまい。お主の故郷はどこであるか?」

と尋ねますと、その宮から五十町もかからぬ地であると申します。

「そこまで送って行こう」

と男達は女を支え、歩き出そうと致しました。
しかし何日も飲まず食わずで、縄に縛られていた上に、足を怪我しているのでございますから、なかなかに歩くことも出来ません。
二町ばかり進んだところで女は

「ああ、助けてもらいたい一心で、あの人の首を忘れてきてしまいました。私の為に命を落としたのですから、一緒に里へ帰り、弔って差し上げねば申し訳がたちませぬ。このまま放っておいては、私の命が尽きた時に黄泉路への旅立ちの障りになるやも知れませぬ。これ以上、罪深いことがありましょうか」

とさめざめと泣き出したのでございます。
それを聞いた一人が

「なんと、そんな事は容易いことだ。今から行って、取ってきてやろう。さあ、お主達は先へ進んでくれ。俺は後から追いかけていくゆえ」

と宮へ戻り、しばらくして男の首を持ち来たりました。
三人の男達はその首を道端に埋葬し、女を母の待つ故郷へと送り届けたのでございました。

まったく、この三人は肝が太く、怖いものがなかったのでございましょう。
天井から生臭い血が滴りかかったというのに、それが三滴になるまで何も言わず、またそれと分かっても慌てることもなく。
何が潜んでいるかも知れないのに天井に上がるなど、愚かな事でございます。
また女が忘れたという男の生首を掴んで、暗い夜道を一人で行く様も血気にはやる者のすることでございましょう。
生まれつきの馬鹿者と言われても、詮無きことかもしれません。