宿直草「不孝なるもの舌をぬかるる事」

元和二年の事でございます。
京都の大宮通り六条にある後家がいて、一人息子を育てておりました。
しかし貧乏暮らしで米も満足に手に入らず、京の内裏近くに住んでいるというのに侘住居。
綿代わりの葦の穂さえも入れる事の出来ない薄い衣は、愛宕山から吹き下ろしてくる冷たい風に何の役にも立たず、貧しさに耐えておりました。
更には、柱と頼む一人息子が非常な親不孝者でもあったのです。
母の言葉を聞かず、それのみか親に対して罵詈雑言を吐く始末。
誰かれ構わず悪態をつくような有様です。

この者が十七になった夏、いつものように家でゴロゴロと昼寝をしており、母は隣の家へ誘われて茶を飲みに出かけておりました。
未の頭頃(午後一時頃)に

「ああ、何とも悲しい事よ」

と言う声が聞こえ、近所の人々が何事かと集まってまいります。
隣家へ出かけていた母も慌てて帰宅しましたが、一人息子は家の中で舌を一尺(三〇センチほど)ばかり吐き出した状態ですでに冷たくなっておりました。
駆け寄りその体を抱き起こしてみましたが、一人息子の遺体はとてつもなく臭いのです。
集まった人々は何が起こったのかと不思議に思いました。
とても人間の行いとは思えなかったと、目撃した者は口々に語りました。