ロボティクスがバイオテクノロジーの創造性を解放する:Arctoris CEOとの対談

こんにちは、Nucleate Japan広報担当です!

Nucleateは、ボストンに本部を置くグローバルNPO法人で、バイオテクノロジー分野でイノベーションを起こしたいと考える人々のためのコミュニティです。私たちは、アメリカやヨーロッパをはじめとしたバイオテック先進国の最新動向を、Nucleate本部のリソースを活用して日本語でわかりやすくお伝えしています。

第二回の今回は、Arctoris(アークトリス)の共同設立者兼CEO、Martin Immanuel-Bittner(マーティン・イマニュエル=ビットナー)氏との対談(https://signal.nucleate.xyz/robotics-liberate-biotech-arctoris/)から、ロボティクスがもたらすバイオテクノロジーの可能性についてご紹介します。


Martin Immanuel-Bittner, PhD
co-founder and CEO of Arctoris

インタビュー概要

Arctorisは、独自の自動化プラットフォーム「ユリシーズ」と高度な計算アプローチを活用し、腫瘍学と神経学における創薬を加速させる技術対応型創薬企業です。ユリシーズは、実験プロセスを自動化し、データの質と再現性を向上させる革新的なシステムです。

今回の対談では、NucleateメンバーのSam Kessel氏とJingyi Liu氏が聞き手となり、Martin氏の医学的・科学的トレーニングから起業へのキャリア転換、Arctoris設立におけるチーム編成と戦略へのアプローチについて掘り下げていきます。さらに、Martin氏の経験に基づいた、起業家としてのキャリアに興味を持つ研究者、医学生・医療関係者へのアドバイスもご紹介します。

医療トレーニングへの道とラボでの経験

Kessel: Martinさんは多様な学歴をお持ちですが、なぜ医療トレーニングの道に進まれたのでしょうか?医学に携わるようになったきっかけを教えていただけますか?

Bittner: ご質問ありがとうございます。私の医学キャリアの始まりは、ヨーロッパではごく一般的なものです。高校卒業後、6年制の医学部に入学しました。

私にとって、医学は自然科学だけでなく、人々を助け、より健康で長生きできるようにしたいという明確な目的をもつ学問であることが素晴らしいといつも感じていました。医学部で学ぶうちに、特に腫瘍学のような分野では、既存の治療法を使うだけでなく、現在の治療法をどのように改善できるかを考える必要があることに気づきました。

これが私が研究に興味を持つようになったきっかけです。臨床研究だけでなく、より深い研究経験を得たいと考え、オックスフォード大学で腫瘍学の博士号を取得することにしました。

Liu: ラボでの経験が、自動化が創薬のための素晴らしいアプローチだと考えるきっかけになったのでしょうか?

Bittner: その通りです。研究室での実際の研究プロセスが、私の想像とは大きく異なっていたことが出発点でした。当初、研究科学者は主に文献を読み、仮説を立てることに時間を費やすと想像していました。しかし現実には、科学者たちは少量の液体を手作業でピペッティング(微量の液体を正確に計り取ること)することに膨大な時間を費やしており、創造的で仮説に基づいた研究を行う時間が十分にないことに気づいたのです。

私たちは文献調査を行い、大手製薬会社が再現性のある研究の割合を調査していることを知りました。驚いたことに、査読を受けて発表された研究結果の80%から90%が第三者によって再現できないことがわかりました。この発見は、単なる個人的な不都合ではなく、世界中の人々の健康にとって絶対的に重要な、研究の質に重大な影響を与えるものだと認識しました。これが、私たちがArctorisを設立した原動力となりました。

医学生や博士課程の学生へのアドバイス

Kessel: 典型的なキャリアパスを歩まなかった方として、医学生や博士課程の学生に対して、キャリアの機会についてどのようなアドバイスがありますか?

Bittner: まず重要なのは、決められた道から外れることに自信を持つことです。医学部は非常にチャレンジングな環境ですが、同時に視野が狭くなりがちです。私は医学生たちに、選択科目の研究、インターンシップ、学会参加などを通じて視野を広げ、医療現場以外の世界への理解を深めることを常に勧めています。

自分が興味を持っていることについてもっと学ぶための基礎として、目の前の医療現場を超えて目を向けることが大切です。また、医学生は自分が習得したスキル、例えばコミュニケーション能力などが、他の多くの分野でも活用できることを認識すべきです。

Liu: 医学生や博士課程の学生の時に、視野を広げ、医療への有意義な貢献という定義を拡大することのできた経験は何かありますか?

Bittner: 私の場合、公衆衛生に強い関心があったため、WHOで数週間働く機会を得ました。これにより、大規模な組織がどのようにグローバルな健康問題に取り組んでいるかを学ぶことができました。また、学生主導のコンサルティング会社の共同設立にも携わりました。これらの経験を通じて、医学の知識がいかに幅広い分野で応用できるかを実感しました。

キャリア決断の重要なアドバイス

Kessel: キャリアを決定する際に役立ったアドバイスは何かありましたか?

Bittner: キャリアを変更する際には、メンターやサポートチームの意見を求めることが非常に重要です。様々な角度からの考えを聞いた上で、自分自身の野心や進むべき道について決めていくことが大切です。同時に、最終的には自分が納得できる決断を下さなければならないということも、常に心に留めておく必要があります。

起業家としての経験から、もう一つ重要なアドバイスがあります。それは、「なんでも「はい」と言うよりも、「いいえ」と言う方が重要です」ということです。特に若い会社では、焦点を絞り、本当に重要なことに集中することが成功の鍵となります。

Arctorisの現在と未来

Liu: Arctorisの現在の状況と、設立からの進展について教えていただけますか?

Bittner: もちろんです。4年前に私と共同創業者で始めた時は、ウェットラボ(実験を行う研究室)の科学者とエンジニアを数人雇っただけでした。それから4年後の現在、私たちは40人規模のチームに成長しました。

組織が大きくなるにつれて、ある時点で自然とチームが形成され、チームリーダーが次の人物に報告するという構造がうまれます。階層構造を作ること自体が目的ではなく、情報が確実に流れ、全員に行き届くような構造を作ることが重要です。

例えば、創薬プログラムでは、すべてのプロジェクトがほぼ同じ基準で評価され、一貫したプロセスで実行されるようにしています。これは、この会社を設立するに至った根本的な認識の一つであり、もともと非常に複雑で混沌としたプロセスに対して、より高い透明性、監査可能性、そして明確な構造を取り入れたいと考えたからです。

Liu: Arctorisの機能的な観点から見て、誰がチームに加わるかをどのように決めたのですか?

Bittner: 会社の初期段階では、より柔軟な考え方を持つ人材を採用することが重要です。特定の分野の専門家というよりも、幅広い知識と理解力を持ち、様々な問題に対応できる人材が必要です。会社の成長に伴い、より専門的なスキルを持つ人材も必要になってきます。

常に課題となるのは、やるべきことに十分な時間を割けないことです。そのため、優先順位をつけ、最も重要なタスクに集中することが不可欠です。

起業時のスタート地点

Liu: 腫瘍学と神経変性疾患を最初の主要な焦点として選んだ理由を教えていただけますか?

Bittner: 創薬プロセスの核となる部分に焦点を当てることから始めました。腫瘍学は、研究の量と関わる企業の数の両面で、生物医学研究の中で最大の分野の一つです。同時に、リスク分散の観点から、神経科学、特に神経変性疾患を第二の重点領域として選びました。これらの分野で、私たちのプラットフォームが大きな価値を提供できると考えています。

Arctorisでの経験と挑戦

Kessel:少し話題は変わりますが、これまでのArctorisでの経験で最もエキサイティングだったことはありますか?

Bittner:毎日が新鮮で、非常にユニークなんですが、特許弁護士や投資家との交流の仕方、セールスやビジネス開発活動の方法について学んできました。会社に合うと感じた人たちを採用し、残念ながら会社に合わないと判明した人たちを解雇することもありました。過去数年間で、他のキャリアでは得られなかった幅広い経験を得られたと思います。常に学び、進化し、自己を押し上げ、物事を上手くこなすことを学べる、好奇心旺盛な人に向いていいると思います。私に与えられた機会、共同創業者、チーム、投資家、メンターからのサポートに非常に感謝しています。

Kessel:異なる役割を担いながら会社を運営する中での課題は何でしょうか?また、Arctorisを始める際にどんな壁がありましたか?

Bittner:課題は、やるべきこと全てに十分な時間を割けないことですね。何に集中するべきか考え、非常に良い計画を立てる必要があります。特に若い会社にとって、軌道から逸れないことが非常に重要だと、メンターの方々はいつも念押ししてくれます。

オックスフォードのバイオテクエコシステム

Liu: オックスフォードのバイオテクエコシステムについて、もう少し詳しく教えていただけますか?

Bittner: オックスフォードは、世界最高峰の大学の一つとして、長年にわたり世界中から優秀な人材を集めてきました。これは、アカデミックキャリアだけでなく、起業にも非常に適した環境です。オックスフォードは、ケンブリッジ、ロンドンとともに「ゴールデントライアングル」と呼ばれる地域を形成しており、この地域には英国のバイオテク、ライフサイエンス、製薬会社の多くが集中しています。

Arctorisの今後


Liu: Arctorisの次のマイルストーンは何でしょうか?

Bittner: 現在、私たちは従業員約40名の会社で、腫瘍学における初期段階の創薬プログラムを展開しています。次の2年半での目標は以下の通りです:

1. チームの成長
2. 技術基盤の開発
3. 創薬パイプラインの加速

具体的には、次の12〜24ヶ月で会社の規模を倍以上に成長させることを見込んでいます。また、ロボティクスと機械学習のさらなる統合によって、研究開発の進捗を加速させる方法を検討しています。

最も大きなマイルストーンは、私たちのプログラムを臨床段階に持ち込むことです。次の2年半でArctorisとして臨床段階の化合物を持つことを目指しています。

結びに


Martin Immanuel-Bittner氏とArctorisの挑戦は、バイオテクノロジー分野における自動化と革新の重要性を示しています。医学から起業へのキャリア転換を経験した Martin氏の洞察は、次世代の科学者や起業家にとって貴重な指針となるでしょう。Arctorisの今後の発展に注目していきたいと思います。

バイオテクノロジーの未来に興味をお持ちの方は、ぜひ以下のリンクからArctorisやMartin氏に関する詳しい情報をご覧ください。

- [Arctorisのウェブサイト](https://www.arctoris.com/)
- [Martin Immanuel-Bittner氏のLinkedIn](https://www.linkedin.com/in/martinimmanuelbittner/)
- [Oxford University Biotech Society](https://oxfordbiotech.uk/)

次回も、NucleateのAI in Biotechプロジェクトより、「AI for Drug Discovery Resource」を紹介予定です。お楽しみに!


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