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サッカーがくれたもの


どうも、社会学科2年樹神伊吹です。

拙い文章ではありますが最後までお付き合い頂けると幸いです

 私は物心ついた時からサッカー続けています。気がつけば17〜18年間は、サッカーと共に人生を歩んできました。もちろんサッカーは大好きです。
しかしそんな私にはサッカーが大嫌いになった時期があります。(笑)
今回のブログでは、私のサッカー人生を振り返りながらサッカーが与えてくれた大切なモノについて書いていきます。

 私は5つ年上の兄の影響を受け、3歳から兄とボールを蹴って遊んでいました。その頃はただただ兄とサッカーをするのが楽しくて、外でも家の中でもずっとボールを蹴っていました。
私が小学生になると、兄の背中を追うようにして、地元少年団に入り、同じ小学校の友達とサッカーをenjoyしていました。
 
しかしそんな楽しいサッカー生活は一時的に中断致します。

 それは小学1年生の冬、友達と小学校でトランプをして遊んでいると、突然
「伊吹、帰るぞ!」と私を呼ぶ声が。
そこには平日は仕事で夕方に帰ってくる事はなかったはずの父が立っていました。
とりあえず「おっけい!」と言って車に乗り、
家に帰ると玄関には練習着が!!
「着替えて」と父が言います。

この時私は察しました。私が今から向かう場所は兄も通っていた厳しい指導が評判のサッカースクールである事を。

「絶対に行かない、行きたくない!」と必死に抵抗しました。しかし私の力は及ばず結局車に乗せられ、予想通りそのサッカースクールに連れて行かれました。

ここから私のサッカー人生で一番辛く、厳しい日々が始まります。

 そこには、元プロサッカー選手(東京ヴェルディ)であるコーチがおり、子供達に混り、本気でプレーする事でプロの世界の厳しさを叩き込むという指導法でした。その為試合中にドリブルをしていると本気のショルダータックルが飛んできたり、服を引っ張られて止められたりと小学生低学年に対するプレー強度ではなく今の時代「体罰」と言われてもおかしくない程激しいもので私は何度も何度も、転ばされていました。
他にも元プロの縦パスはとんでもなく早く、「ミサイルパス」と言われていた程で、小学生がトラップするのは至難の技でした。それをミスすると舌打ちをされ、「使えねーなー」と心にグサッと刺さる一言を。(笑)

 そして、厳しい現実はさらに襲いかかります。小学2年生に進級する頃バディーSCというチームに加入する事になりハイレベルな選手達との練習は厳しいものであったのはもちろん、そこでもコーチがとても厳しくて、怒るととんでもなく怖いんです。(笑)
 

その為、小学1年の冬〜小学2年生の間はサッカーが大嫌いで「辞めたい」と本気で思っていました。ですが「サッカーを辞めるなら、勉強して博士になるしか道はないぞ」という父からの究極の選択を当時はまにうけていた為私はサッカーを続ける事に。今思えば、サッカー以外の選択肢はいくらでもありますけど(笑)


こうして現在に至る訳ですが、あの時逃げずにサッカーを続けて良かったと心から思っています。
厳しい試練は人を成長させてくれます。元プロのコーチ、バディーのコーチ、そして親も私に対し厳しく接してくれたおかげで人として、サッカー選手として大きく成長できました。厳しさの中には愛がある事を知り、感謝の想いでいっぱいです。

そして、サッカーを続けた事で大切なモノを手に入れました。

それは "仲間" です。


小・中・高・大でサッカーを通し、苦楽を共にした仲間は私にとっての財産です。出会った仲間達にはお互いに高め合うライバル、バカな事をして爆笑し合える人、心底優しくて私の心を癒してくれる人、いつも前向きで元気をくれる人、夢を語り合える人。みんな大事な宝です

サッカーを続けていなければ確実に出会えていませんでした。サッカーが与えてくれたモノは、どんな高価な車や腕時計よりも、どんなに大きなタイトルよりも、貴重で大切な"仲間"でした。

そんなサッカーに伝えたい

さんきゅーーーーーーー!!!

(パンサー尾形風に力強く)

チームメイト、スタッフの皆さん
ご迷惑おかけする事もありますがどうかこれからもよろしくお願いします

保護者・OBの方々、今季リーグ戦を行う事ができれば、一つでも多くの"勝利"と"笑顔"を届けられるよう戦いますので応援よろしくお願いします!

最後まで読んで頂きありがとうございました。

次回は静かなる闘志と冷静な目でチームを俯瞰する静岡出身のレフティー、テジさん(3年手嶋祥太)がお送りします!お楽しみに!!


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