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【長文です】なぜ、麦酒処ぬとりを開くのか。ヌトリノオカミ編

こんにちは!
昨日はビール同志とランチミーティング&おしごとおわりに思いがけず色々な方に出会えて、刺激受けまくったヌトリノオカミです。

そんな中、昨日、麦酒おじさんの投稿にもありましたが、改めて【麦酒処ぬとり】について考えてみました。これは、ヌトリノオカミ目線です。

話は、私の学生時代までさかのぼります。
学生時代の私は、教師を目指して勉強してました。まぁ、アルバイト&好きなミュージシャンのライブ遠征の合間に勉強してた、というのが現実ですが。
なぜ教師を目指していたかというと、"学校があまり好きでなかった"からなのです。すごく逆説的ですね。今考えると。
色々なことを10代のこどもたちに伝えたいという気持ちもありました。(取得したのは高校の免許です)
そして、もうひとつの夢がありました。"自分がおばあちゃんと言われる年齢になったら、寺子屋塾を開きたい"というもの。
"家庭、学校以外の場所を自分で開きたい"と思っていました。それは、自分が子供の頃に欲しかった場所というのもありました。
その前段階として、"教師"になりたかったのかもしれません。

結果として、新卒時に教師になることはかなわず、企業へ就職しました。
当時のわたしは、数年間、色々な仕事をして、その後、改めて教師を目指そうと考えていました。(ちなみに私の新卒時は2000年。就職超氷河期でした…)

そんな中、20代は飲食店社員⇨コンビニ社員と経験。楽しいし有意義な経験でしたが、色々と考えさせられる期間でもありました。
同時に、教育にまつわる報道等で、学校教育について疑問ももちはじめた時期でした。
ただ、"寺子屋塾を開く"という目標はずっと持っていました。学校教育以外の、教育。それを目指し始めました。

そして、模索の30代に突入。
いろんなしごとをしながら、いろんなものに出会った時期です。
その中で出会った大きなものが、"ビール"。
私は、元々ビールが苦手、お酒もあまり好きではありませんでした。
そんな中、ビールの面白すぎる世界にはまり、いろんなお店でビールを飲みまくり、買いまくり。関連本も読み漁り。
元々のオタク気質もあり、ビールに投資しまくりました。
そこで、ビールを通じて色々な方と出会いました。元々、人付き合い苦手すぎるのに!いっぱい仲間が増えた。これは、一生の財産!
そんななか、相方はいつのまにかビールを造るひとになっていました。 いつしか"麦酒おじさん"にも変貌していました。
私は、"寺子屋塾"をビールを通じてやりたいと思うようになりました。それには、食堂とか居酒屋かなぁと思い始めたり。
相方とふたりで、ビール活動用のユニットを作ったのもこの時期。それが、"ぬとり"。

"ぬとり"は、工作系ワークショップ、イベント出店が主でしたが、いつしか"ビール居酒屋"を開きたいという目標ができました。ビール醸造所と、居酒屋。
その"ビール居酒屋"と同時進行で、"寺子屋塾"をやりたい、というのが私の目標です。
"寺子屋塾"はこどもたちの"第三の場所"と考えております。

こどもたち、そして、かつてこどもだったおとなたちの"第三の場所"。
家庭、学校、職場以外に、ほっとできる場所。あったかくて、おなかいっぱいになる場所。また、色々、つながる場所。
そんな場所を作りたい。

それが"麦酒処ぬとり"です。

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