見出し画像

2024/05/22(食事のトラウマ)

最近娘がよく食べる。良いこと〜!
離乳食後期あたりは感心してしまうくらいよく食べていたのだけど、ここ数年やや失速気味で。
とは言っても、給食は食べているようだし、給食で提供されている量を考えたら家でも食事も「極端に少ない」訳ではなかったので静観していた。身長体重も滞る事なく右肩上がりだし。

あと、無理をして食べさせられる苦痛なんてものは味わう必要もないと思っているので。

私は子供の頃、そこまで食べるタイプの子どもではなかったので、毎回の食事が苦痛だった。さしたる好き嫌いもなく、食べる事が嫌いな訳でもなく、単純に母親が提供する量が「私にとって多すぎた」ので。
「私にとっては多い」けど「母親にとっては食べさせたい」量である以上、その段差が埋まることもなく。
出されたものを残すことは絶対に許されず、病気でもない限りは完食するまで解放される事がなかったので本当に苦痛だった。
量を減らして欲しいという訴えも一・二度は起こしたが「色気づくな。鶏ガラみたいでみっともない身体して、家で食べさせてないと思われたら恥ずかしい」と言ってねじ伏せられていた。別に痩せたいとかじゃなくて、多すぎて食べるのが辛いんだよと言っても通じなかった。
(今となっては信じられないが当時はカリッと痩せていた)

出されたものを残さないように、という意識についてはまぁ「せやな」と思うんだけど、多すぎだからちょっと減らしてほしいが受け入れられないのは「なんで?」なんよ。
母親は「親として子供の成長に相応しい適量を提供しているのだから食べて然るべき」の意識なんで一生分かり合えないままだった。
母親の作る料理は美味しいのだけど、食事はとにかく辛いものだった。

中学になったら自分で弁当を作るよう言われ従っていたが、母親を納得させられる量はやっぱり私には多すぎたし、家に帰ったらまた多すぎる夕食が待っているというプレッシャーから、外で弁当をこっそり捨てる中学生が誕生してしまった。
誰も幸せになってない。そんな時代だった(?)

まぁ今はモリモリ食べて食べた分だけ肥える元気な大人ではあるが、子供を産み育てるようになって「幼い頃、辛かったこと」を追体験するみたいな場面に多々遭遇してしんどくなることがたまにある。

子育ての軸だって「私がされて嫌だったから子供には経験させたくない」が根っこにある気がして、それが本当に「娘のため」なのか吟味できてる?っていう己に対する猜疑心がね。ありますよね。

何の話。

とにかく最近は娘がよく食べてくれてハッピーである。おわり。


2024/05/22 1,030文字
写真は昨夜の限界飯。ブッラータチーズ崩しながら食べるトマト美味しいよね。バルサミコ酢と塩とオリーブオイルぶっかけただけだけど。

ここから先は

0字

覗き見

¥500 / 月
このメンバーシップの詳細

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?