病気の話 -be fine but ill-


思えば昔からだった。

 戸棚が開けにくい、ロッカーが開けにくい、ライターが付けにくい、スプレーが使えない。など指先を引っ掛けて使うものが、うまく使えなかった。
 筋トレしてもなかなか筋肉がつかなかった。同じ量をトレーニングしても、明らかに成長速度に違いがあった。先生から聞いた話「筋肉には、成長する年齢に個人差がある。自分は大学の時に特に成長した」という事を聞いていたので、それを信じていた。
 言葉が出づらいことがあった。舌が縺れるというか動かなくなる。話始めに言葉が出てこないことがある。思いついていないのではない。思いついている言葉が発声できないのだ。特に第一声が母音の時に顕著に出た。緊張する場面では特に酷かった。自分で調べた結果、吃音の中でも難発なのではないかと思っていた。「いらっしゃいませ」などの言葉も発声しにくかったので「さいらっしゃいませ」などと言って「さ」を息を吐く土台にして発声することで、対応していた。そして早口であった。
 睡眠時無呼吸症候群の兆候があった。友人が運転している特に助手席で寝ていたら「呼吸止まっていたよ」と言われたことがあった。
 表情が少ないと言われたこともあった。表情筋があまり鍛えられてないのだと思っていた。感情が読みにくいと言われたこともある。

 これらのことがだだ一つの病の特徴であったことが最近わかった。

最初は筋肉の衰えを実感し初めたこと、
 昔はできていたことがいつの間にかできなくなっていた。大学の時まではできていたボーリングも、職場の打ち上げで行った時には、片手でボールが持てなくなっていた。指が入る一番軽いボールでも、ストローク時に後ろで落としてしまう。両手で投げることしかできなくなっていた。
 仕事柄、話をすることが多かった。10分以上話すと、一度舌が硬直するようなことがあった。おそらく3秒から5秒くらい硬直し、その後また動くようになる。硬直時に無理矢理動かすこともできるが、とても滑舌が悪くなる。元々滑舌は悪かったが、特に酷かった。
 ペンを長く持つとペンが離せないことがあった。手が固ってしまい動かなくなる。もう片方の手でこじ開けるようにして、ペンを離していた。今思えば異常だが、度々あったため気にはしてはいなかった。
 鞄を長く持てなかった。営業職で鞄は必須だったが、手で持つ鞄も50mおきに左右の手を入れ替えていた。握力が持たなかった。

 特にショックだったことが3つある。
 1つはホチキスが止められなかったこと。ホチキスをもはや閉じることができなかった。
 2つ目は、6歳の子供に指相撲で勝てないこと。押さえ込んでも簡単に抜けられてしまう。押さえ込まれると抜けられない。
 3つ目はギターが弾けなくなったこと。弦が抑えられない。フレットまでは届くのだが、弱すぎて音が上手く鳴らない。最近触っていなかったこともあるが、全然運指がうまく出来なくなっていた。パワーコードすらもダメになっていた。
 さすがに異常を感じて、通っていたパーソナルトレーニングのジムで握力計を使って測定した。デジタル、アナログ両方で、右が7kg、左が9kgしかなかった。高校の時には50kg近くあった握力のほとんどが失われていた。
 数字で見てしまったため危機感を感じた。不安になった。今までそういうものだと思っていたことが心配になってきた。
 自分で調べた結果さまざまな病気が疑われたので病院に行くことにした。

 初め疑ったのは、胸郭出口症候群だった。手の痺れや、握力低下の原因になる病気だった。接骨院でも治療できるようだが、診断をつけるために整形外科に行ってみることにした。しかしこれは否定された。レントゲンやCTの結果、血管や神経の圧迫は見られなかった。その時の医師の勧めで神経科に行ってみることにした。
 その病院には神経内科が予約制だったため、とりあえず脳神経外科に行くことにした。MRIと血液検査をしてもらった結果、CK値が高いことがわかった。しかしその時はジムに通っていることから、そのためだろうと思っていた。しかし握力だけが低下した原因にはならない。他にはどこも異常はなかった。しかし医師の見立てではある病が浮かんだようで、今度は神経内科を予約してもらった。
 2週間後に神経内科の診察を受けた。再度握力検査、その時は右が6kg、左が7kgだった。6歳児の平均を下回っていた。そこでは手の親指の付け根の内側を殴打する検査、寝た状態での首の筋肉の検査、呼吸機能の検査を行ったが、どうやら大学病院で詳しく調べた方がいいと勧められた。
 そして大学病院に行くことになった。

岐大病院に入院した。
 初めの診察では1週間の入院と聞いていたが、後日入院日の連絡では2週間の入院が必要だと言われた。
 入院してから色々なことに気がついた。この入院はなんの病気かを判断する入院ではないこと、おそらくもう病気はわかっている。今回はその程度を調べるものだ。だが初めは全く気づいていなかった。医師から全身の筋肉を調べると聞いていたために、不安だった。全身の筋肉の衰えと聞いて思い浮かぶのは、ALSだったので、もしかしたらと思う気持ちがあった。しかし急速な筋肉量低下ではなく緩やかだったことで、おそらくALSではないだろうと、自分に言い聞かせた。

 初めに行ったのは筋電図検査、筋肉に針を刺す検査で、痛いと聞いていたが、それほどというか痛くはなかった。注射の方が全然痛いと思った。その後、認知検査、眼底検査、嚥下検査、呼吸器検査、心電図検査、睡眠時呼吸量検査、血中酸素量測定、筋肉量測定、MRI、CT、レントゲンそして遺伝子検査。1日数種類の検査を行った。10日間くらいで検査は終わった。

 検査を得て、今までの自分の体の特徴についての原因がわかってきた。
 戸棚などを開けにくい。これは指先の筋肉がほぼなくピンチ力が弱いために指先が引っかからないから。
 ペンがなかなか離せない。手の強直(ミオトミア)があるから
 言葉が出づらい、滑舌が悪い、発声に戸惑う。これは舌先の筋肉が弱いから滑舌が悪い、声帯の筋肉が弱いために、発声に伴う息が漏れてしまうこと、そのために声が掠れる。舌根の強直により話始めに詰まることがあるから。
 表情筋が弱いために、表情が乏しく見える。
 首の筋肉(胸鎖乳突筋)が弱くなっているから、寝ている状態で首を起こすことができない。
 握力が弱く、長時間重いものを持てない。
 今まで苦労してきたことの原因と、努力しても改善できなかった理由がわかってきた。
 そして肺機能の測定結果で肺年齢が88歳+だった。実年齢より50歳も高い。そういえば、若い頃から風船が膨らませることができなかった。
 握力の低下
 首の筋肉の低下
 親指の付け根を殴打したときに自然に親指が起き上がってくる
 握った状態から素早く手を開けない
 この時点で病名の予測がつくらしい。


診断結果は
 筋強直性ジストロフィー1型
 筋ジストロフィーの一種であるらしい。
 原因は19番染色体にあるCTG反復配列が通常よりも伸長していること。通常35回以内なのだが、私には300回以上の反復があることが遺伝子判定結果から分かった。
 難病だった。
 https://www.nanbyou.or.jp/entry/718
 病名が確定してから、私は調べるられるだけ調べた。webで閲覧できる医学論文、治療の状況、患者団体、予後について。不安になる文章しか出てこなかった。病状がよくなることはほぼ無い。なるべく進行を遅らせることしかできない。対処療法が全てである。突然死のリスクが高まる。悪化すると呼吸不全に陥る可能性があること。ここ20年で治療の進歩がないことなど、GENEReviewsに公開されていた報告書(和訳は2011年のものだが原文では2020年度のものもあり、かなり加筆してあった)が特に衝撃的だった。
 そしてこの病気は筋力の低下だけではなく様々な合併症がある。
 白内障、不整脈、無呼吸、嚥下障害、肝機能障害、結石、腫瘍など様々な内臓疾患に陥る可能性が高くなる。
 そう考えると、5月に手術した胆石も、この病気が原因だった可能性が高い。医師もおそらくそうだろうと言っていた。
 遺伝子病であるために、両親から受け継いだ可能性もあるが、両親には握力低下などは全くなく、自分の場合はどうやら突然変異らしい。

 そして最も心配なのは50%の確率で子供に遺伝する可能性があることだ。
 息子に遺伝している可能性がある。この病気は遺伝子反復の回数で発症時期が異なること、多くが20代から30代での発症が多いらしい。重度になると10代以前での発症もある。反復回数が100から1000くらいの場合では20歳くらいまでは人並み程度に筋肉があるが、私のように幼い頃から指先を使う作業がしにくいことがある。特に生活に支障はない。この病気は筋力低下が兆候なので、多くの人は年齢による低下だと誤認してしまう。しかし異常なまでの握力の低下がある場合には疑ってほしい。ペットボトルの蓋が開けにくいという話をよく聞く。
 そして、もしも息子に遺伝していた場合、将来的に握力の低下から指の筋肉が失われる可能性がある。それが心配である。
 今の段階で息子の遺伝子検査を行うことも考えた。しかし医師に諭された。それは息子が自分で判断できる年齢になってから、息子自身が考えることだ。との理由だった。今のこの病のガイドラインでは、子供の遺伝子調査を勧めることはしない。しかし私は、もし将来発症しない、つまり遺伝子していないなら、スポーツを志してもいいし、音楽や、力仕事など指や筋肉を多用する仕事についてもいい。しかし発症がわかってるなら、それに合わせた選択をさせてあげたい。もし息子が今まで努力していたことが、病気の発症で、無駄になってしまったらどうしよう。などと心配になる。

 そしてまた手私の体に腫瘍ができてきた。
 腫瘍つまりこの病気に関連したものである可能性が高い。
 
これからも、たびたび入院することになるだろう。
 「どう、元気してる」
 「うん元気だけど体調は良くないよ」
 今は電話でそう答えている。

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