ラストスマイル〜前編〜

恵介の胸の高まりは頂点に達していた。
寒空の下、研究所の正門でひたすら待ち続ける恵介は若干職員の人目を引いたが、スーツをピシッと着ているため門番も少し目くばせするくらいで気にも止めていない。

手にはタブレットを持ち、しきりに誰かと電話をするそぶりは何かの営業マンと勘違いされるだろう、恵介は自分に言い聞かせていた。これから行う悪の所業への緊張と高揚感をコントロールするために。

5分から10分が恵介には2時間にも3時間にも思えた。その時、ついに彼のお目当ての人物がやってきた。どうやら研究を終えて1人帰路についたようだ。

『工藤保乃さんですね?少しお話があるのですが』

緊張のあまり声が震える。
これは不味いな、恵介は自分のあがり症を恨んだ。見ず知らずの他人が自分のことを知っている、まずこの違和感で逃げられるかも。
そんな杞憂は数秒で払拭された。

『はい、なんでしょうか』

天使のような笑顔で保乃は答えた。
恵介はこれまで何度も画面越しに観ていたその笑顔で完全に恋に堕ちた。

そして、同時に悪魔へと堕ちた瞬間であった。

『私、探偵業を営んでいる馬場恵介と申します。あなたの元勤務先の○○カフェにて盗撮事件があり同僚の浜川ユキコさんから依頼を受けて事件を調べています。すぐそこのカフェでお話しできないでしょうか?』

天使の笑顔は一瞬にして消え去り、驚きと苦悶の表情に変化するには10秒とかからなかった。

安心してください、さっきの笑顔バッチリ録画してますよ。
恵介のネクタイ、腕時計、胸ポケットのペン、三種の神器が怪しく光っていた。

ーーーーーー

恵介は生粋の窃視症であった。
保乃との初めての出会いは半年前。
盗撮ビデオでの逢瀬を重ねた。

アングラな裏サイトでコアな盗撮マニアの集まる販売直売所に恵介は頻繁に出入りしていた。
常に商品が入れ替わり、駅や学校、商業施設、海のトイレなどありとあらゆる場所でありとあらゆるジャンルの女を餌食にするサイトだった。

カフェのトイレを映したものはひときわ洗練された女性たちが餌食になっており恵介の好物であった。次々と淫猥な下半身を無自覚に変態達に捧げる年頃の娘達に罪悪感を持ちながらも日ごろの鬱憤や劣等感が拍車をかけ彼を興奮の極致に送った。

保乃は合計13回も撮影されていた。正面上方から、そして、後方正面から。彼女のチャームポイントはなんといっても尻だ。他の被写体がほぼ同じ条件で撮影されているためより一層際立つ。

彼女の笑顔も一朝一夕ではなく、人目のないところでの練習(主にトイレ)の賜物であると恵介は誰よりも知っていた。

ーーーーーーーーーーー
2人の沈黙はカフェまでの5分まで続いた。
カフェの自動ドアの無機質な音がどれだけ安堵の音だったかは計り知れない。

『私が注文するので保乃さんは席を取っておいてくれませんか?』

それまでの沈黙を忘れたい恵介はなるべく明るく取り繕った。

『‥』無言で保乃は二階席へと上っていった。

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