クリエイティブリーダーシップ特論I 第13回(10.4.2021)

【講義内容】
武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科
クリエイティブリーダーシップコース

クリエイティブリーダーシップ特論I 第13回
2021年10月4日(月)

【登壇者情報】
株式会社博報堂 ミライの事業室 室長  吉澤 到さん

プロフィール:
東京大学文学部社会学専修課程卒業。ロンドン・ビジネス・スクール修士(MSc)。1996年博報堂入社。コピーライター、クリエイティブディレクターとして20年以上に渡り国内外の大手企業のマーケティング戦略、ブランディング、ビジョン策定などに従事。
その後海外留学、ブランド・イノベーションデザイン局 局長代理を経て、2019年4月、博報堂初の新規事業開発組織「ミライの事業室」室長に就任。クリエイティブグローススタジオ「TEKO」メンバー。著書に「イノベーションデザイン~博報堂流、未来の事業のつくり方」(日経BP社)他
*参照: ミライの事業室

●ロンドン・ビジネス・スクールでの経験

吉澤さんは、博報堂でコピーライターとして活躍された後、ロンドン・ビジネス・スクールに留学し、ビジネスを学びます。いわばクリエイティブからビジネスへとキャリアを転身され、現在はクリエイティブとビジネスの双方を行き来するような活動を多数実践されていらっしゃいます。

さて、吉澤さんがロンドン・ビジネス・スクール時代に学ばれた授業の中に、「Honda(A) vs Honda(B)」という面白い事例があります。

これは、自動車メーカーの本田技研工業の成長シナリオを予測した2つの資料を比較した言葉で、「ケーススタディに惑わされるな」というメッセージが込められています。

まずHonda(A)は、Boston Consulting Group(BCG)が分析した成長シナリオです。BCGは、バイク事業などの戦略の巧みさを好材料と受け取り、順調な成長シナリオを描きました。

次にHonda(B)は、オックスフォード大学が分析した成長シナリオです。こちらは創業者の素行や組織に着目し、創業者は遊興的でオフィスは旧態依然としており、今日の成功には偶然的要素があると分析しました。

つまり同じ企業を分析しているのに、見方によって成長予測のシナリオは全く異なっているのです。

図1

ここから得られる示唆は、「自分の頭で考えろ」ということかと解釈しました。

日常生活においても、さまざまなメディアを通してニュースや情報が目に入ってきます。それらの情報をよく咀嚼せず、自身にとって心地の良い(都合の良い)言説を切り取り、それを真実だと思い込んでしまうようなことがあります。

特にSNSではこのような脊髄反射的な情報拡散が散見されます。複数の情報を取得し、それらを自分の頭で比較・思考した上で、自分なりの意見を紡ぎ出すプロセスが疎かになっているように感じます。

それは企業経営においても同じだということを、この事例は言っています。企業は人の集合体であるため、生き物のような有機性を持っています。従って、ビジネスモデルや財務情報からは顕出できない人的要因が、成長において非常に大きなファクターを占めていると思います。

例えば、スタートアップ企業の場合、創業者同士が仲違いして一気に経営が傾くケースが稀にあります。他にも、組織環境が悪いために退職者が相次ぎ、採用コストと職員の業務量が比例的に増幅し、事業が好転しないというケースもあります。

だからこそ私自身は、企業経営において「人」に向き合うことがとても大切だと強く思っています。もちろん強力なビジネスモデルや優れたプロダクトは前提条件にありつつ、一方で組織も事業も経営も、そこに従事する人が健康的でバイタリティ溢れた状態でなければ、本質的な成長はないと思っています。

●ミライの事業室

かなり本題から逸れた話を長々と書いてしまいましたが、吉澤さんは留学を終えて帰国した後、博報堂社内にブランド・イノベーションデザイン局という組織を立ち上げ、共創型ビジネスを推進されます。

そして現在は「ミライの事業室」を立ち上げ、室長としてご活躍されていらっしゃいます。

ミライの事業室は、「チーム企業型事業創造」を標榜しており、大企業やスタートアップ、行政、大学など産業や分野の枠を超えた大きなチームで、持続可能な産業モデルの構築を目指しています。

ここで気づくこととして、博報堂は既に広告会社の枠を大きく超え、あらゆる社会課題・産業課題に向き合う総合事業創造カンパニーになりつつあると感じました。広告会社の変革は今に始まったことではありませんが、こうした話を伺うことで、よりリアリティを持ってその変革を感じ取ることができました。

僭越ですが、博報堂の本質的強みを一つだけ挙げるとしたら、それはクリエイティビティだと思っています。
クリエイティビティを基礎に置きつつ、そこにコンサルティングや事業開発のケイパビリティを加えていくプロセスは、とても良いなと感じます。

昨今、コンサルティングファームがデザイン会社を買収し、シナジーを創り出そうと試みる事例が多くありましたが、残念ながらその大半がうまくいっているようには見えません。
その失敗の背景として、クリエイティブへの潜在的軽視であったり、エモーショナルがロジックに勝てず、会議や決裁のプロセスで負けてしまうという構造的な問題があるように思います。

博報堂の場合、それらとは順番が逆で、まずここまでに築いたクリエイティブの権威と実績が軸にあり、そこにコンサルティングなどのケイパビリティが加わっていく。この順序であれば、クリエイティブの力を損なわずシナジーが生まれやすいと思うのです。

そういう観点で見ると、博報堂をはじめとした大手広告会社のこれからの動きはとても興味深く、吉澤さんが所属するミライの事業室の活動にも、非常に関心を持ってお話を伺わせていただきました。


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