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緑地

「あなたの隣に居させて欲しいんだけど」。
そよこは、緑一面に広がる丘の上の草原で、一人座って、緑地に反射する太陽の光や、風になびく草花の様子を眺めていた。風が吹くと、そよこの髪の毛は、風の向きに沿ってなびいていく。
 そよこは、人と一緒に行動することが、面倒くさいと思っている。友達が居ないわけではない。自分の小さな悩みや、恋の相談をし合う友だちもいる。けれども、彼女達と、空を流れる雲の様子や、月の満ち欠け、風に乗って流れてくる草花の香り。自分が心底感動したり、心から愉しんでいることを話すことは、気恥ずかしいし、分かち合いたいとは思わない。
 緑地で、そよこは思いを馳せる。月光に照らされた海に浮かぶ小舟を。きらきらと水面の動きに沿って、光のダンスホールのような様子が浮かんでくる。そよこはそれを眺めて、幸せな気持ちになる。
 次に、夕刻の海。鉛色とオレンジが混じり合った空。雲の隙間から、天使の梯子が降りてきて、一部分の水面だけきらきらと揺れている。そよこは見惚れる。
 見惚れているそよこは、もう一人の自分だ。そよこの中にはもう一人の自分が居るのだ。もう一人の自分が、友だちや現実世界からの関わりを嫌がっているのだ。そよこは、友だちと談笑したり、学校生活をしている間、もう一人のそよこは、ひっそりとそよこの心のなかに隠れている。
 そして、決まって現れる場所がある。それが、この緑地にそよこが一人で来たときに現れるのだ。この緑地で、ぼーっと景色を眺めていると、「あなたの隣に居させて欲しいんだけど」と言い、そよこのすぐ隣にちょこんと座り、自然ともう一人のそよこの脳内と繋がって、想像の世界に導かれていくのである。
 ある時はサバンナへ。ある時は、緑生い茂る庭園へ。そよこは、もう一人のそよこと共に、想像の世界へ導かれ、幸せな空間を体験することができる。
 さあ、この緑地で、今日はいったいどんな素敵な世界へ導かれていくのだろうか。

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