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大衆に愛されるメタバースの作り方講座(4)~『あつまれ どうぶつの森』に学ぼう編(1)~

 大衆に愛される「メタバース」の作り方は、きっとテレビゲーム産業から学ぶことができるのでは? と提言するコラムの第4弾です。

 今回の題材は『あつまれ どうぶつの森』です。

 全世界3864万本を売り上げたモンスター・ソフトです。「無人島で日々を過ごす」というシンプルなソフトであるにもかかわらず、どうしてここまで愛されたのでしょう? その秘密に迫りたいと思います。(販売本数は任天堂公式HP内の「主要タイトル販売実績」より。2022年5月末時点のデータです)



〇注目すべきは「ひとつの動作しか要求しない」こと


 「仮想世界で過ごすことを楽しむゲーム」

 というアイディアは、古くから存在しました。ネット上の空間で過ごすのって楽しそうだよね! と多くの人たちが考えたのです。こうして作られた古典的なサービスが『セカンドライフ』(2003年)などですね。これはメタバースの原型みたいなサービスでした。

 しかし『セカンドライフ』を始めとして、多くの類似サービスは、どれもビジネス的には失敗しました。

 ほぼ唯一の例外は、2001年にシリーズ第一作を発売した『どうぶつの森』シリーズくらいでしょう。この仮想世界でのんびり過ごすだけのゲームは、発売以来20年以上にわたって愛され続け、いまでは全世界的な人気ソフトになりました。

 なぜ『どうぶつの森』だけが、成功したのか?

 その秘密を解き明かすカギは「入力システム」にあります。このゲーム、徹底的に「シングル・アクション」にこだわっている。そこが凄いんですよ。

『あつまれ どうぶつの森』では、あらゆる「楽しいこと」が、ひとつのボタンで実行できる



 『あつまれ どうぶつの森』は、あらゆるアクションが「ひとつの操作」だけで実行できるよう設計されています。

 虫採りを例に、説明しましょう。

 虫を捕まえるとき、ぼくたちはゆっくりと接近する必要があります。そして虫採りアミが届きそうなところまで到達したら、いったん立ち止まり、えいやっ、とアミを振り下ろすことで虫をゲットできます。

 ここで大事なのは「立ち止まる」という過程が入っていること。

 凡百のゲームなら、動きの速いレアな虫をゲーム内に登場させて、「走りながら、タイミングよくアミを振ることでゲットできる」ようにデザインするでしょう。ゲームに上手い人ほど、レアな虫が取れるという「ご褒美」があるように設計するわけです。

 でも『どうぶつの森』は違う。絶対に「走りながらアミを振る」というアクションができないようになっています。

 「虫採り」だけでなありません。「釣り」も「潜水」も「穴を掘る」ことも「木を切る」ことも、村の住人と「おしゃべり」することも、すべて「いったん立ち止まってから、ボタンを押す」というアクションによって実行されるようになっています。

・移動する(左スティックを操作)
・何かをする(右手でボタンを押す)

 のふたつの操作は、けして同時に要求されません。このルールが、ゲームの隅々まで徹底して守られています。



 なぜ、こんなゲームデザインになっているのか。

 それは、人間は、ふたつの動作を同時に要求されるとパニックに陥ってしまう生き物だからです。

 TV番組『アメトーーク』の人気企画「運動神経悪い芸人」を見るとわかります。集められた芸人たちは、みんな「走る」ことはできるし、「その場でジャンプする」こともできる。なのに「走り幅跳び(走る+ジャンプ)」のような、ふたつを同時に行うような動き要求されると、とたんに動きがぎこちなくなるわけです。

 楽器の習得が難しいのも、同じ理由からです。ピアノを習いはじめたばかりの頃、みんな左右の手を別々に動かせなくて苦労します。両手でスムーズにピアノを弾けるようになるためには、それなりの訓練とか慣れが必要になるのですね。

 これ、ゲームも同じです。

 わたしたちはゲームを楽しむとき、ごく自然に「走りながらジャンプする」「移動しながら銃を撃つ」といったアクションをこなせるわけですが、これは「すでに慣れているからこそ可能な行為」です。すでにピアノが上達しているから、両手を別々に動かすための楽譜を与えられても、楽しくピアノが弾けちゃっているようなものなんですね。

 でも、ゲームに慣れていない人は、ふたつのことを同時に行えないんですよ。「歩きながら、〇〇する」というシンプルな行為ですら、いざ実行しようとすると、最初はみんな混乱しちゃうんです。



 だから『あつまれ どうぶつの森』は、ふたつの動作を同時に要求しないよう設計されています。

 これまでゲームに触れたことのない人でも、ストレスなく楽しめるようにするためです。だから小学校に上がる前の未就学児でも楽しくプレイできるんですね。

 コロナ禍のステイ・ホームを強いられる中、『あつまれ どうぶつの森』が社会現象と呼べるほどの人気になったのも、同じ理由からですね。ふだんゲームに親しんでいない人でも、これは楽しめるゲームだった。だから、こんなにもヒットしたんですよ。

 「仮想世界で過ごすことを楽しむゲーム」

 というアイディアに沿って作られた多くのサービスが、ことごとくビジネス的に失敗した中、『どうぶつの森』シリーズだけが大衆に愛され続けた最大の理由は、ここにあるのです。



 いま、世の中にはいろいろな「メタバース」が作られています。これからもどんどん作られるでしょう。

 だからこそ、ビジネス的に失敗したくなかったら、できるかぎり「ふたつの動作を同時に要求しない」ようにするのが大事ですよ、と声を大にして言いたいところです。

 そうすることで、小さな子どもたちも楽しめるようになる。高齢者も楽しめるようになる。ふだんゲームに接していない人たちも楽しめるようになるのです。

 日本のゲーム人口は、全体の50~60%くらいと言われています。「ふたつの動作を同時に要求する」ようなメタバースを作ってしまうと、それはゲームに慣れている人しか楽しめないものになってしまい、

・顧客の4~5割を、バッサリと切り捨てる

 ってこととイコールです。それは、あまりにもったいないですよ! と、わたしは思います。 

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