飲むだけではないビールの楽しみ方 ~青島1人ビールかけ企画より~
衝撃的な体験をした南京を後にした僕は人生初の寝台バスに乗り込み青島へ向かった。
青島は旧ドイツの租借地ということから西洋風の建物を多く残す海と山に囲まれた港湾都市である。
その景観の美しさはこれまでも多くの観光客を惹きつけてきた。
だがしかしこれらの他に青島を語るうえで欠かすことのできないものがある。
青島ビールだ。
中国国内ではビール売り場でその顔をみない日がないくらいの圧倒的な人気を誇るこの青島ビール。
近年では日本でも中華料理店を中心に青島ビールを提供する店が増えており、日に日にその知名度は増している。
まさに青島ビールは中国が世界に誇る数少ないブランドビールなのである。
そんな青島ビールを生んだ青島市は飲食店はもちろん普通のコンビニにもビールサーバーが置かれていることもあるほどビール熱が高く、
市民たちは昼から飲食店で空いたビール瓶と共に楽しげな様子で会話に華を咲かせていた。
しかし僕はこれらの幸せそうな光景に若干の疑問を抱いた。
何かビールにまつわる大切なイベントを忘れていないか。
確かに気の会う仲間とビールにぴったりな味の濃い中華料理を囲むビール飲みは最高だ。
だがビールの街を謳う青島がこの世界中にありふれた幸せだけに頼っているのはいかがなものか。
飲むだけではないビールの楽しみ方。
ビールかけだ。
プロ野球の優勝時など最高に幸せな瞬間には欠かせない存在となっているビールかけ。
基本的に座った状態という「静」の動きに頼ったビール飲みに比べて「かける」という「動」の動きをも取り入れたビールかけは味覚だけでなく、全身でビールを楽しむことのできる革新的なアクティビティである。
ビールを愛して止まないビール国家日本では今の時期になると全国各地でこのビールかけが行われている。
しかし中国屈指のビール都市を掲げる青島ではこうしたビールかけを行い全身全霊でビールを楽しもうと試みる者は誰一人いなかった。
ビールアクティビティ界隈で長年キングオブビールアクティビティの称号を欲しいままにするビールかけを一切行わずに何がビール都市だ。
僕は青島市民に失望すると同時に彼らにビールかけとを認知させ、ビール都市としての格をもう一段高める使命があると感じた。
僕は公然ビールかけの開催を決意した。
ビールかけには様々な危険が伴う。
その一つに聴衆への臭害が挙げられる。
皆さんも一度は経験したことがあるかもしれないが、ビールを服にこぼしてしまった時の臭いは凄まじい。
街中で奇声を上げる外国人持つビールがかかった暁には国際問題に発展する可能性も十分にある。
またこの臭害問題は僕自身にも当てはまる。
ビールかけ終了後の体じゅうにビールを纏った体で公共交通機関に乗り合わせれば、どのような結果がもたらされるかは火を見るよりも明らかである。
だかしかし臭害問題を極度に恐れてシャワーなどの閉鎖空間でビールかけを行ってしまえば、市民にビールかけを認知させることはできない。
いかにしてこれらの問題を解決しビールかけを実行するか。
僕は数日頭を悩ませた後、ある完璧な解決法を思いついた。
海岸だ
港湾都市青島には写真のような海水浴場がいくつか存在する。
実際に行ってみると10月後半という決して海水浴季節とは言えない時期でありながら、寒中水泳に取り組む老人たちが何人かおり、なんと彼らのためにシャワーを含む海の家まで営業していた。
ビールかけの後にそのまま海に飛び込み、シャワーまで浴びれば少なくとも自らの臭害問題は解決できる。
また海水浴場はとても広く、人1人が他人にビールをかけることなくビールかけを楽しむことのできるスペースは十分にあった。
最後に聴衆の問題であるが、屈指の観光地である青島桟橋に程近い海水浴場は砂浜を中心に多くの観光客が集まっており宣伝にも全く問題は無いように思えた。
彼らは海に入る訳ではないので水のかかる位置まではあまり近づかない。
これだけ多くの条件が揃った場所は世界でも珍しい。
もはや青島桟橋海岸はビールかけのためにある場所なのではないか。
僕は青島桟橋海岸でのビールかけ開催を決意した。
そして決行日当日 僕は常備している水着をズボンの下に履き、栓抜きが無いため仕方なく購入した缶ビールを持ち再び例の海水浴場に訪れた。
浜辺には泳いでいる者こそいなかったが、海辺の雰囲気を目当てにいくばくかの観光客が詰めかけていた。
僕は海水浴客不足で暇そうにしていた海の家に荷物を預け、服を脱ぎ水着一丁になった。
あとはビールをかけるだけ。
準備万端となったはずの僕であったが、この企画に関する一つの重要な欠点に気づいた。
寒い
青島は10月後半でありながら昼間は半袖で過ごせるくらいに心地よい気候であった。
しかし海沿いでの水着一丁となれば勝手が違う。
海からの強風と「この時期に泳ぐのか」とでも言いたげな観光客の視線が容赦無く僕に突き刺さる。
この寒さの中で躊躇している暇はない。
寒さの中の躊躇は命にかかわる。
僕はビールと証拠動画用の三脚を持ってすぐさま海辺へ向かい、波打ち際に三脚をセットした。
「おい!お前らぁ!」
辺りにいた中国人たちが一斉に振り向いた。
僕にとってはビールかけの挨拶のつもりでも、彼らから見たらパンツ1丁の外国人が急に奇声を上げ出したのだ。
この反応も無理はない。
僕は想像以上の視線の集中に若干たじろぎつつも挨拶を続行した。
「青島といえばなァ!この海とォ!ビールだァ!」
「でもよォ!ビールってのはよォ!飲むだけじゃねぇんだ」
「ビールってのはこうやって楽しむんだよォ!」
僕は一連の挨拶を言い終えた後、頭からビールを被った。
人生で初めて被るビールはこれまで飲んだどのビールよりも冷たかった。
そしてこの冷たさから逃れるために今度は海に飛び込んだ。
久しぶりに飛び込んだ海はこれまで入ったどの海よりも冷たかった。
あまりの冷たさにすぐさま岸に上がった僕に待っていたのは周りの観光客の感情を失った視線であった。
彼らの視線はこれまで浴びたどの視線よりも冷たかった。
僕はあらゆる冷たさから逃れたいという一心でシャワーのある海の家に戻った。
海の家のおじさんは「寒くないか?大丈夫か?」と僕を心配してくれた。
僕は今この世界で温もりをくれる人は彼だけなのではないかと思えた。
僕は彼の温かさを存分に噛みしめながらシャワーへ向かった。
シャワーは冷水だった。
当時の様子
PS ビールはかけるものではなく飲むものです。
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