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4/6 満開の柴犬

桜が満開になって普段よりも遊歩道をゆっくり歩く人々で道はごった返していた。カメラを向ける人、犬と歩く人、子供と並んで歩く人、一人で歩く人、人人人。空は重たい曇空だけれど、桜色よりも少し白っぽいソメイヨシノに埋め尽くされている。動画長いのにティーカッププードルのような顔をした、血統書がついているような犬が闊歩している。お気に入りのパン屋は閉店前だけど店頭は空っぽになっていた。みんなパンを齧りながら、歩道を歩いて物見遊斬したりしていたのだろうか。私は朝からビーツの入ったマフィンを焼いていた。コツはビーツをヴァイタミックスで粉々にすること。卵や砂糖と一緒には混ぜないで、後から一緒になるように混ぜること。型に落とす時に、一度決めたら躊躇わず真上から折り重なるように生地をぽとりと落とすこと。予熱でしっかり温まったオーブンで焼くこと。

買い物をしている最中、ワインでも買おうかと思い棚を眺めた。久々に日本産の赤ワインを手に取って、ワインオープナーがないことを思い出して買うのをやめた。私はもう、ワインオープナーがなくても普通に生きていけている。毎晩ワインを一杯飲まなければ気が済まなくもなくなった。人生から飲酒がなくなっても、外出する時に少しだけ気が抜けたような気がするだけで、狼狽えたり悩んだりすることもない。なんだか拍子抜けした気分だ。
ワインオープナー一本だって、新しいものを買うのはなんだかイニシエーションだ。新しい場所で過ごす時に買う食器や家具、すべすべのフライパン、それら全てに意味を見出して祈りを込めて家に持ち帰る。どうか暮らしが良くなるようにと。良い暮らしとはなんだろう。良い暮らしとは、寝る前に悔やむことの少ない暮らし。毎日湯船にお湯を張って、何時間でも浮かんでいられること。何時に帰っても自分の居場所があること。過ごしやすいカウチがあること。一週間に一度洗ったリネンのシーツがあること。こげつかないフライパンとガステーブルがあること。好きな本を並べられるスペースがあること。窓の外から緑色の木々が見えること。散歩帰りの柴犬が見られる立地であること。好きなアーティストの音楽が自由にかけられること。できれば楽器の練習ができるスペースであること。

夜ご飯はホットケーキにした。ホットケーキだって自分で混ぜて焼けば立派な夜ご飯になる。自由な暮らしには夜ご飯の自由も必要不可欠だ。丸くてふかふかに焼かれたホットケーキは、写真を撮られる前に逃げていった。

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