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ピーター・ゼルキンを想う

サー・アンドラーシュ・シフのミューザ川崎のレクチャー・リサイタルに行った。
シフさんがゴルトベルク変奏曲のアリアを弾き始めた瞬間に、ピーター・ゼルキンのことを思い出した。そしたら、ピーターの愛弟子のTomoki Parkさんがシフさんの通訳として舞台上にあらわれたので驚いた。

以来、ずっとピーターのことを考えている。

なぜピーターのことが心に浮かんだのか、、前々日には八ヶ岳にいて、ピーター・ゼルキンと2017年に八ヶ岳を訪れた時のことを思い出していたから?その時すでに彼に健康上の問題があることを知っていたから、一緒に林を歩きながら、命の尊さについて考えた。

ピーター・ゼルキンは生涯で5回ゴルトベルク変奏曲を録音した。
① 1965年 RCAにいれた彼が17歳の時の録音
② 1982年 ドイツ・フライブルクでのライブ録音 
この録音だけは持っていないが、リピートをたくさんしているはず。なぜならピーターはインタビューでこう語っているから。

「ドイツのフライブルクで《ゴルトベルク変奏曲》を弾くことになったのですが、なんと演奏前に、良き友人でもあった当時のマネージャーから「すべてのリピートを省いてくれ」と頼まれました。コンサートを早く切り上げて、ゆっくりと食事をし、お酒を(沢山!)飲もうという誘いでした。そこで私は、まずアリアの前半・後半をいずれも繰り返して、その後すべての変奏曲ですべてのリピートを行いました。これは舞台上でふと思いついて実行した「いじわる」です。マネージャーにとっては、45分で終わるはずの演奏会が、90分かかってしまったのですから。ところが私はその時、全リピートの順守が、じつに感動的で説得力があることに気づかされたのです。以来、しばしば冒頭にウェーベルンの《ピアノのための変奏曲》を置き、すべての繰り返しを行う《ゴルトベルク変奏曲》を後半に配するプログラムで演奏するようになりました。」

KAJIMOTO のウェブサイトより

③1986年    Pro Arteレーベル
④1994年 RCAに再録音。これはリピートなしのバージョン。
⑤2017年11月 のSt.Paulでの録音が最後となった。VivaceレーベルからCDが出ている。あまりにも美しいバッハのリュート組曲 BWV997とバッハのパルティータ第6番が一緒に収録されている。私の最も愛するアルバムのひとつ。

ピーターのゴルトベルク変奏曲ではアリアの最後でAの音を少し長く伸ばすのがピーター流。最初のアリアのAの音よりも、最後のアリアのAの音を少しだけ長く伸ばす。これは最初の頃の録音にはなくて、より最近の演奏に顕著にあらわれる。いつもその長く引き伸ばされたAの音を聴きながら、ずっと永遠に聴き続けていたいなと思っていた。そうするうちにピーターは逝ってしまった。

以下の演奏は2017年10月のものだから、最後の録音にいちばん近い。

いつも穏やかだけど、怒ると人一倍怖かった。いつもピアノが気に入らなくて怒っていたが、信頼できる調律師と出会えてからは怒ることが少なくなった。師のホルショフスキが選んだカザルスホールのピアノが好きだった。そしていつもなんで日本にはNYスタインウェイがないのかと怒っていた。ほかに怒っていたのは誰かがほかの人に対して失礼なことをしたり、人間の尊厳にかかわることだったと思う。

祖父のアドルフ・ブッシュのことを尊敬する音楽家としていつも熱く語っていた。以下はピーターによるアドルフ・ブッシュ作品の演奏。

解説にあるピーター・ゼルキン自身の言葉が印象深い。冒頭の変ロ長調の変奏曲はピーターの祖父のブッシュが祖母にクリスマスの贈り物として書いた作品だそう。
後半にあるブラームスのコラール前奏曲(作品122!)はブゾーニ編曲ではなくピーター・ゼルキン自身による編曲。よりシンプルで渋みのある編曲のように思う。

そしてレーガーのバッハの主題による変奏曲とフーガも私の愛聴盤。ピーターの音楽を聴くと、「祈り」を感じるが、この演奏も深く深く心に響く。

シフさんがアンコールで弾いた、まるで天上で聴くようなモーツァルトのK545のソナタを聴きながら、ピーターが天国で安らかに暮らしていることを祈った。もし神様がなにか願いをかなえてくれるとしたら、ピーターの生の音をもう一度聴いてみたいと思う。





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