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未完の大作を読了して想うこと。

『バチバチ』という大相撲を題材としたシリーズモノの漫画がある。2週間前から少しずつ読み進め、シリーズ最終章となる『鮫島、最後の十五日』を今朝、読了した。例えこの先、どれほど高度なAIが生まれたとしても、この漫画のような芸術作品は生身の人間にしか生み出せないだろうし、その意味を受け止めることも生身の人間にしか出来ないだろうと、いま深く感じている。
その感動の内訳を今日は書き残しておく。

元競技者だからこそ感じたこと

特に相撲に興味のなかった私がなぜこの漫画を読み始めたかというと、漫画アプリで1日12話ずつ無料で読めることをたまたま知ったからだ。最初は何の気なしに読み進めていたが、ストーリー構成や主人公、同じ相撲部屋の兄弟弟子、ライバル力士たちの人物描写が素晴らしくて、すぐに感情移入してしまい、ハマった。全編をとおして描かれているのは相撲という国技を取り巻く厳しさと力士の生き様、そして尊さである。


細かいストーリーについては多くは語らない。実際に、読んでみてほしいからだ。ただ、どのエピソードも、主人公とライバル力士たちの相撲を通じて救いのある終わり方になっていて、胸を熱くさせてくれ、涙を流させてくれ、人間というものを伝えてくれる。ちなみに私は、昔とあるマイナースポーツの競技者だったのだが、この漫画の作中で描かれている力士たちの言葉ひとつひとつには、むかしの私が自分自身や、ライバルたちや、競技そのものに求めた価値観、世界観があった。

だから、私はこの作品を自分の競技の後続の選手に読んでほしい。大会の開催が不安定なコロナ禍でモチベーションの矢印を見失っている、成長の根本に迷っている選手に、ぜひ没頭して読んでもらえたら。

この漫画のなかには、オレたちに必要だったものがあるぞ!と、伝えたくて、今日この文章を書き残している。

なぜ、未完に終わったかのワケを知る

先週の週末にシリーズ2作目『バチバチBURST』を読み終えた後、作者の佐藤タカヒロさんについてもっと詳しく知りたくなり、ネットで検索して衝撃を受けた。なんと、41歳の若さですでに亡くなっていたのだ。しかも、それはシリーズ最終章の『鮫島、最後の十五日』を連載中の急死だったらしい。死因は、急性冠症候群とのこと。

漫画家の急死といえば、今月『遊戯王』の作者、高橋和希さんが沖縄で事故死したニュースを思い出した。と、いうか思えば漫画家って、短命な人が多くないか?と気になり、調べてみたところ手塚治虫や藤子・F・不二雄、石ノ森章太郎のような大作家も病気で亡くなっていた。彼らは60代だったが、これも平均寿命を考えれば早い死だと感じる。漫画家の一生についてあまり深く考えたことはなかったが、健康を害する仕事なのだろうということは想像できる。それでも、この仕事を最後までやり遂げるのだから、一つ一つの作品には魂が込められているのだなと、そんなことを思いながら、シリーズ最終章となる『鮫島、最後の十五日』を先週から読み始めた。

未完である以上、ストーリーのエンディングが読めないことは覚悟しておかなければならない。

また、作者の佐藤タカヒロさんはこの最終章を描き始めた頃には自分の寿命が決して長くないことを分かっていたんじゃないか?と感じてしまう。一幕ごとに力士寿命を削ってゆく主人公・鮫島鯉太郎の姿、ストーリー構成が、そのまま佐藤タカヒロさんの置かれていた状況だったのではないかと想えてしまうからだ。

しかし、実はこの『バチバチ』シリーズの中で、一作目が16巻、二作目が12巻で終わるのに対して、最終章は20巻と、一番、分量が多い。ならば、いったいこの最終章は、ストーリーのどの部分までを描いたものなのだろうか?そして、未完の最終話を読み終えたあと、私をどんな感情にさせるのだろうか?ひょっとすると、それは大きな喪失感なのではないか?そんな怖さも感じながら、読み進めた。

そして、今朝。読み終えたわけだが、、、
まさか、ここで終わるとは!
という驚きでいっぱいである。それは、

まさか、ここまで書き上げてくれていたとは!
という想いと
まさか、このタイミングで急死していたなんて!

という意味だ。奇跡的な終わり方だった。ストーリーは、激しすぎる取組の中で、とうとう慢性外傷性脳症となってしまった主人公が、死も覚悟して相撲を戦う姿を描いているのだが、その十四日目の一戦がどういう相撲になるかは、作者が亡くなってしまった今、我々読者には想像するしかできない。しかし、この十四幕目の対戦相手と主人公・鮫島の神懸かった人物像をふまえると、そうすることこそが、この漫画の正しい読み方のようにも思えてしまう。そして、もし鮫島に十五幕目があったのだとしたら、その対戦相手には誰を描くつもりだったのだろうか?もしくは、この十四幕目が鮫島の相撲人生最後の取り組みになるはずだったのか?も、読者が自分で想像し、頭と心で想い描くしかない。

その作品の奥行きをもってして、この遺作は芸術的な漫画だと感じている。

連載中は存在さえ知らなかったこの傑作相撲漫画に巡りあえた感謝と、佐藤タカヒロさんのご冥福を心からお祈りします。

シリーズ三作品は、9月22日まで漫画アプリピッコマで1日12話ずつ読めるので、ぜひ多くの人にこの作品の素晴らしさを感じて欲しいです。

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