昨日会ったあの男は星の王子様だったかもしれないと、起き抜け午前8時45分の私は思う
こんにちは、と声を掛けられた。
やる気のない男というラベルを自分に貼り付けてファミレスでぼうっとしていただけの私を、話しかけることのできる対象と認知したのだ。それはほとんど酔狂なのだろうが、自称やる気のない男はラベルの通りに動く。
立ち尽くしている彼の、テーブルにだらりともたれかかる私への視線は少々異質だ。
「何か御用ですか」
「ええ、まあ。あなたはこの石を見てどう思います?」
にこにこと差し障りのない笑顔を向けてくる男性は、豚バラ肉をポケットから出して私に見せてくる。周りの視線も固まったのが分かるし、私もエッとなんとか言ってしまっていただろう。
豚バラ肉は硬質な音を立てて机に乗せられた。重力でべたりと広がることもなく、その場で微動だにせずピタリと主張している。どうやら先の「この石」という言葉は間違いではなかったようだ。
梶井基次郎は檸檬を爆弾として美しくアンバランスな起爆装置と共に丸善に仕掛けたが、この男はさながら剥き身のダイナマイトをファミレスで自慢気に見せている。導火線は短いし、自爆をいとわない風貌だ。
やる気のない男風の、この私に何をしろと。
選択肢を間違えたら何をするか分からないな、と怖がりながらも、見たままを話すしかなかった。
「豚バラ肉、に見えますね」
「でしょう?」
相手の満足そうな微笑みに胸をなでおろして椅子に深く腰掛ける。正解したからこれで終わりだ、帰ってくれと顔に書いてよく見えるように相手を見つめてやった。
「でも、もしこれが蟹に貰った異世界への通行手形だって言ったら、どうします?」
そのままにやにやと私の目の前にその石をかざす。
どうします?だァ?どうもしないに決まっているだろう。
そうやって突っぱねたかったが、相手は私の向かいに座り込んで話を続け出した。
「物の見方を変えると、とたんに視界が開ける事ってあるじゃないですか。この場合、豚バラ肉みたいな石を、蟹から貰った異世界への通行手形へと見方を変えるんです」
「ええ、おっしゃってることはなんとなく。でもなぜ蟹なんですか」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに膝を叩いて破顔する相手は、落ち着いてから話して聞かせてくれた。
曰く、彼の友人はヴィーガンで肉の類いは見た目が似ているものすらダメなのだという。しかしこの豚バラ肉のような石の色合いはとても素晴らしく、ヴィーガンの友人にどうしてもプレゼントしたかったそうなのだ。
だからこの石を、配色が似ている蟹から貰った異世界への通行手形だと言って渡そうとしたのだが、どう見ても豚バラ肉だと言って聞かず諦めて持ち帰ったらしい。
「どんなに忌み嫌うものでも見方を変えれば素晴らしいもののはずなのに、彼は見方を変えてくれなかったのです。それを悪だと断罪する立場ではありませんが、単純に寂しかったので」
私はなぜこのどうでもいいようなどうでもよくないような、判別しづらい話を真面目に聞いてしまったのだろうかと眉間に皺を寄せながらウーロン茶を飲んで少し咳払いをする。
「嫌いなものはどうしたって嫌いですから、処理するのは難しいでしょうね」
「そうですね、初めから取り合ってもらえないこともあるんですよ。見方さえ変えればいいのに――ああ、ところであなたはアムウェイって知ってます?」
「すいません、この後友人と約束があるので帰ります」
急いで席を立った私の後ろからちょっと、とかすぐ終わるから、と聞こえる。一度だけ振り向いて捨て台詞だけ置いておいた。
「私はヴィーガンなので、その石を見るだけで怖気がするんですよ」
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