雪山の生態学 東北の山と森から

 コロナで自宅にこもっていたのですが,図書館も空いていないし,金もないので本が買えなくて勉強どうやってするかな。。と悩んでいた時に,おまつりけばぶさん (@kebabfiesta)が以下のようなことをやっていたので参加させていただくことにしました。ご支援ありがとうございます。

 今回,読む専門技術書は「雪山の生態学ー東北の山と森から」です。


 日本の日本海側の山は雪の量が非常に多いという点で特異な環境です。その「雪」をキーワードに東北の山の植物の生態を氷雪学,気象学,地理学,地形学,植物生理学,植生学,古生態学などの各分野から考察した本です。

目次
第1部 雪山の自然環境と植生分布
第2部 雪山に生きる植物の生態
第3部 雪山の環境変動と植生変遷

 おっと,自己紹介を忘れていました。Ko.K(@nougakuto_tetsu)と申します。専門は土壌学です。なぜ,土壌学の人が植物の生態学の専門書を?と思う方もいるでしょうが,それは本のアウトプットとともにわかると思います。植物生態の専門ではないので,説明がおぼつかないかもしれませんが。それでは行きましょう。第一部は雪山の自然環境と植生分布です。

第一部 雪山の自然環境と植生分布

 まず,東北地方の代表的な山についてです。東北の火山の大部分は50 万年前以降に活動を開始した若い火山です。例えば,十和田カルデラ,岩手山,磐梯山があります。このような火山は噴火を何回も繰り返して,噴出物が積み重なった火山です。
 奥羽山脈の火山は,主に6500万年前以降に形成されたものです。奥羽山脈は山塊の隆起に加えて,火山の噴出物が付け加わって作りだされたものです。つまり,上げ底の山です。
 一方,太平洋側の北上山地はプレートの移動で運ばれてきた付加体からできています。付加体の説明は以下へどうぞ。

つまり,奥羽山脈は火山噴出物,北上山地は海底にあった噴出物からできているのです。

 165万年前から現在を地質学では第四期と呼んでいます。この期間の間には気候変動が起こってきました。このような気候変動を明らかにするには年代指標が必要です。日本では火山灰を年代指標として使われています。広く広がったテフラ (火山灰)は短期間に広い範囲を覆います。そのため,遠く離れた地域の地層を同一の時間軸として扱うことができます。これを火山編年学と呼んでいます。特に,十和田aテフラはよく使われているものです。

 地滑り地形は山地の斜面の特徴的な地形です。東北には奥羽山脈に地滑り地形が多く分布します。一方で,北上山地にはあまりありません。この違いは何によるものでしょうか。一つは先ほど述べた,地質の違いによるものです。奥羽山脈は第四期の火山岩で構成され,北上山地は花崗岩でできています。第四期の火山岩は形成時期が新しいため,軟らかいのです。そのために浸食が起こりやすく,地滑り地形が発達します。もう一つはプレートの隆起に伴った山塊の隆起の程度です。山塊は隆起するほど不安定化します。奥羽山脈は750 mを上回りますが,北上山地は500-770 mほどです。

 東北地方の山地の積雪環境の特徴に移りましょう。東北の多雪の原因は水蒸気を供給する対馬海流,対馬海流から受けた水蒸気を吹き付ける季節風,季節風に当たる山脈,以上が生み出しています。同じ緯度のハバロフスクなど比較するとはるかに積雪量が多いです。これらによる積雪は植生にも影響を与えています。積雪が植生に与える影響は,積雪の存在そのものが与える影響,積雪が動くことによる影響の二つに分けられます。積雪の存在そのものが与える影響は,融雪水の供給,断熱材としての役割,この二つが挙げられます。
 融雪期になると,雪は融雪水を斜面下部に供給し続けます。そのため,傾斜地でも吹き溜まりによって厚い積雪があるところは,傾斜地湿原が形成されます。
 また,意外かもしれませんが雪の熱伝導率は低く,新雪の熱伝導率は綿布と同程度です。このように雪が布団のような役割を果たすことで,凍結に弱いササのような植物が生育することができるのです。
 積雪が動くと,強い圧力が生じます。そのため,積雪が多い所では森林が形成できない所もあります。また,なだれは植生をかく乱する作用をもたらします。

 植生の分布をみていきましょう。東北の森林構成樹種はブナとアオモリトドマツです。ブナ林は大量に伐採されているとはいえ,東北の山の中腹の主要な構成樹種です。代表的な場所として世界遺産の白神山地が挙げられます。このようにブナとアオモリトドマツが主要な構成樹種となっているのは東アジアの同緯度の場所と比較しても特異です。
 また,多雪な日本海側と小雪な太平洋側では植生に違いが見られます。日本海側ではブナが優勢ですが,太平洋側では混合林を形成します。

感想
 この様に整理してみると,日本の特異性がわかりやすいですね。例えば,ロシアなどは日本と同程度に雪が降っているイメージでしたが,日本のほうが積雪が圧倒的に多いという事に驚きました。

学んだ事
 
土壌の論文を読んでいると断面内のスケールで考えがちでしたが,より広い視点,その土壌が地球環境においてどのような位置づけができるのかについてよりイメージができるようになった気がします。例えば,亜高山帯のササ草原下の土壌は多雪である日本に特徴的な土壌といえる,という感じです。

今後何に役立ちそうか
 
前の項目にも書きましたが,自分の調査している土壌 (僕の調査地域である東北の土壌)が地球環境においでどのように位置づけられるかについて役に立ちそうです。

第二部 雪山に生きる植物の生態

  最初に積雪と広葉樹の分布特性の解明を見ていく。マクロなスケールで見ると,小雪の太平洋側ではモミ・アカマツ・イヌシデ・イヌブナが生育し,日本海側ではブナが想定的に目立ちます。一方で,ミクロなスケールでも植生は積雪に支配される。積雪が動かず,積雪が少ない尾根筋ではキタゴ・ヨウマツ,雪が動かず,積雪が多い所ではカツラ・サワグルミ・トチノキ,積雪量は中の下のグライドが起こる風衝斜面ではミズナラ,ブナ,積雪量が中の上の風背斜面ではヒメヤシカブシ,積雪量が多くなだれが起こる雪食地では草本類がみられます。このようにミクロなスケールでも植生は積雪に支配されます。
 ブナは多雪の日本海側に分布します。その背腹性の理由は4つの仮説が提唱されています。① 雪圧仮説:ブナは雪圧によって起こる幹の変形に強いたえという説。一方,ブナの物理データは平凡で,乾燥したブナ材の物性ではそこまでの違いは見られていない。生態的強度があると予想されている。②フェノロジー仮説:ブナは積雪による開葉タイミングの変化が起きない。積雪量が多い時でも年間獲得恒量が多い。しかし,なぜブナの開葉が積雪い影響を受けないのか,この獲得光量の違いがどのような影響を及ぼすのかは明らかになっていない。③植物間相互作用仮説:太平洋側では競合樹種や林床のササの影響によって,ブナの競争が日本海側に比べて厳しい。主要因ではないが,影響は与えている可能性があると考えられている。④初期更新仮説:ブナの更新過程が積雪環境に大きな影響を受け,太平洋側少雪地での初期更新の不成功がブナの背腹性になっているという仮説。データの量は少なく,研究の途中です。
 次に針葉樹林であるコメツガとアオモリトドマツも分布が異なっています。亜高山帯においてコメツガ,シラベ,トウヒは積雪とともに減少する。一方アオモリトドマツは増加します。積雪が多い場所ではコメツガは地表よりも高い倒木状や根元に集中する傾向が顕著です。雪が少ない山では定着できます。一方,アオモリトドマツにはその傾向はありません。
 また,風衝地の低木群落はその積雪環境に支えられています。風衝地の低木群落は高山帯特有の種に加えて,少し標高の低い所に生育する種も混生する。風衝地は安定した積雪環境を持つ。単に積雪が少ないだけでなく,毎年の積もる量も地形に対応した風速で決まり,年変動が少ない。日本の高山には富士山や大雪山を除き,永久凍土は存在しません。しかし,冬の間だけ気温が下がる季節性凍土は存在する。日本の高山では積雪が 1 mの地点で存在する。積雪が少ない風衝地でみられる。仮に融雪が早い年があったとしても,植物が生育するタイミングは季節性凍土の発生にも規定されるため,結局は植物の生育期間は一定に収まります。まとめると,風衝地は雪山の中でも安定した環境といえるのです。
 最後に積雪が作り出す温度勾配と雪田草原のフェノロジーの関係です。雪田は周囲より積雪の消失が遅れて,夏期まで積雪が残雪が残存する所です。雪田では消雪時期に対応した中心から周辺への同心円状の植物分布が知られています。それは融雪による雪田縮小の経過と,それに対応した雪田周辺の微地形や水文環境の変化,融雪後に生育を開始する植物のフェノロジーを反映しています。岩手県に位置する笊森山の調査では,残雪時期の地表付近の環境は積雪の有無や,残雪からの融水の供給程度によって異なり,土壌温度や水分環境に違いがみられます。斜面 2 cmの地温は斜面の情報では15 ℃程度であったが,下部ではより低い値を示しました。7 cmの深さでは上部では温度の変動幅が大きいが,下部では変動は少なかった。これらのことから,雪田では残雪からの相対的な位置の違いで温度や水分環境の空間的な分布が生じてると考えられます。 

感想
 山岳土壌において,土壌の分布を植生ごとに地図化しているものはよく見ますが,その植生の分布が積雪によって影響を受けているのはそこまで理解ができていませんでした。生態系はつながっているものがだなあとなんだか関心してしまいました。

学んだ事
 植物の生態については全くという知識がなかったので,これを機に基礎は学べたと思います。前の章にも述べましたが,なぜ土壌がそこにあるのかを理解するために,そこにそのような植生がある生態学的な背景も考慮にする必要があると思いました。

今後何に役立ちそうか
 
前の項目にも書きましたが,自分の調査している土壌 (僕の調査地域である東北の土壌)が地球環境において,どのように位置づけられるかについて役に立ちそうです。

第三部 雪山の環境変動と植生変遷

 前章でアオモリトドマツは多雪山地で優勢を誇ると書きました。しかし,あまりに多雪の山では雪圧害に苦しみ,樹高も低くなり,密度もまばらになります。斜面のスケールで見ると,白山などでは風上側斜面にはアオモリトドマツが発達しているのに対し,風下斜面では落葉低木群落がみられます。
 一方,アオモリトドマツ林がごく小さな広がりしかなかったり,あるいはほとんど見られず,低木群落や草原に覆われる山も存在します。針葉樹林は亜高山帯植生の最大の特徴なので,これらは非常に変に見えます。例えば,月山ではブナ林の上には高木林は全くみられず,落葉低木樹,チシマササ,雪田草原が見られます。これらは,亜高山帯でありながら高山帯に似た景観を示すため,偽高山帯と呼ばれます。
 偽高山帯は主に東北ー中部にかけての山々でも見られますが,北海道においてもニセコ連邦などで見られます。
 偽高山帯はなぜみられるのでしょうか。その成因の研究を見ていきましょう。偽高山帯の成因の研究は,戦後に始まりました。四手井 (1956)は雪圧説を唱えました。太田は偽高山帯が見られる山が必ずしも多雪ではないことを強調し,冬季季節風のそのものの機械的破壊や乾燥害を主張しました。
 しかし,これらの雪には以下の問題がありました。それは雪圧や風速との関係は必ずしも均一ではないという事です。同様な環境の山でも,偽高山帯が存在したり,存在しなかったりします。これらの問題点を踏まえて出てきたのが,地史を考慮に入れた説です。
 165万前から現在までの時代は第四紀と呼ばれ,現在は間氷期に当たり,最後の氷期は1 万円前です。約2万前の最終氷期最盛期の日本の気候は年平均で8 ℃ほど低いです。約1万年前からは周期的な気候の変動を繰り返しています。
 梶 (1962)は,植物の垂直分布が現在より上昇していたことに着目し,追い出し説を唱えました。追い出し説は温暖期のブナの上昇によって,アオモリトドマツの分布可能な高度の下限が,山頂高度より高く押し上げられた山で針葉樹林が消滅しているという説です。
 梶の唱えた追い出し説は,地史を踏まえたという点で画期的でしたが以下の問題点を含んでいました。一つはアオモリトドマツが多雪環境に比較的強い点を考慮せず,他の樹種と同じように多雪によって衰退したと考えてしまったこと。もう一つは針葉樹林の構成が大きく変わったことを考慮しなかったことです。
 近年の花粉分析,大型植物化石,埋没林調査によって最終氷期の森の様子が明らかになっていました。その結果によると,最終氷期の針葉樹林の構成はバラモミ,カラマツが優先していました。つまり,現在の偽高山帯は後氷期にアオモリトドマツが衰退したわけではなく,最終氷期から後氷期の移行期にバラマツなどが壊滅期に衰退したところに,アオモリトドマツが進出できなかったところなのです。
 アオモリトドマツは後氷期に勢力を拡大する方向に向かいましが,最終氷期にはマイナーであったため,条件が良くなっても分布の拡大が遅れたのです。それでは,分布の拡大できたところと拡大できなった点の違いは何でしょうか?
 一つは最終氷期からの分布の距離でしょう。しかし,鳥海山などではアオモリトドマツの林分は消滅してしまいました。 これだけでは説明できません。もう一つは斜面の傾斜度です。傾斜が緩いと,雪圧害が回避できます。また,火山噴出物がたまりやすいため不透水層を形成し,湿潤な環境を作ります。アオモリトドマツがブナより湿潤な環境に強いため,競争に勝てるのです。
 偽高山帯の成立をめぐる説を見てきました,しかしまだまだ未解明のことがあり,研究の進展が待たれます。

 感想
 僕は偽高山帯の成立要因は雪かなあ,とぼんやりと考えていましたが,地史的な変化を含む壮大な背景があると知り,驚きました。ほんと,生態学は面白いですね。

学んだ事
 自分の調査対象地の成立のバックグラウンドを知ることができました。亜高山帯の火山灰の不透水層の成立過程は土壌学的におもしろいトピックだと思います。

今後何に役立ちそうか
 単純な植生と土壌の関係だけでなく,そこに地史的な観点をいれることで,より自然史としての土壌生成学という考え方はできるのではないかと思いましたね。特に山岳土壌は堆積土壌が多いので,規則正しく堆積した土壌を時代の記録器として機能させることは十分に可能だと考えられました。

謝辞
 おまつりけばぶさん (@kebabfiesta)の支援に感謝します。これをきっかけに生態学だけでなく土壌学にも興味を持ってくださるとうれしいです (あまり,込み入った土壌の話はできませんでしたが。。。

  

 

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