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セミノンフィクション小説「悪行の履歴書」(23)

第1章 忌まわしい泡の思い出 第23回 ここから、変わる、始まる


「はー、ここが銀座かあ」

上京し、始めて会社に行った日のことは覚えている。
2回目の東京・・・1回目は高2の修学旅行、その時点から10年も前だ。
でも自由行動では渋谷と原宿しか行っていない、だからその時あたしは初めて銀座に訪れたのだ。

当時のパソルート本社は銀座と新橋の間のギリギリ銀座寄りにあった。業務拡大でオフィスが近隣の複数ビルに点在、という感じだった。
そのパソルートの第二別館ビルに、支配人の従兄弟だという田辺さんという人が出向している関連の派遣会社があった。関連会社とはいっても元は人材派遣は主力事業で、意思決定を早くするために分社化した経緯があったという。

「よし、パソルート・スタッフィング 営業本部第三営業部長の田辺さんがいるのはこのビルの4階ね」。

支配人によれば、「厳しい人なので言葉遣いには注意しろ」、か。ああめんどくさ。ソープの客にもヤル前は散々甘えておきながら、出すと説教をしたり会社でいかに自分が偉いかを説くクソ親父がよくいたもんだ・・・。

田辺さんは今のように好好爺でクビに怯える人間じゃなく、当時は血気盛ん過ぎて部下たちに熱血指導の域を超えたパワハラを繰り返し、半ば島流しのようにその会社に出向させられたという。本当にパワハラだったのか、それとも誰かに足を引っ張られたのか。
あたしがいたソープの世界でも、足の引っ張り合いは日常茶飯事だった。自分で購入しなければいけない部屋の備品が無くなったり、常連を取られたり取り返したりと、そういう意味でも大変な世界だったと今でも思う。

4階に着くと、あたしはドアにある内線電話を押した。
出てきた男は眼光鋭く、あたしを睨みつけるように尋ねた。

「あなたが篠原梨花さん?従兄弟の一郎から話は聞いています。私が田辺悦郎です」

「はい、篠原梨花です。宜しくご指導願います」

(やれやれ、やっぱり上から目線の偉そうなオジサンだわ・・・)

田辺さんと対面してからあたしは個室に通されて面談した。そして高校卒業から現在に至るまで馬鹿正直に書いた履歴書を渡した。
すると、

「これは要らない」

と言って突然履歴書をビリビリと破って、シュレッダーにかけに行った。

「俺が言う通りにこの履歴書に書いてくれ」

(な、何するの・・・)

あたしは履歴書を破られた腹立たしさ、そしてこれから何を書くのか分からず、混乱した。

「もう一郎から全部聞いてるから、俺はおまえのことを信用している。覚醒剤をスッパリと断ち切れるぐらい絶対に逃げない、強い意志。そんなやつは普通はいないだろうな。でもな、クソ真面目に大学行って就職して定年まで働き続けるこの会社の連中には、お前はまず受け入れられない。だってよ、賞罰に覚醒剤取締法違反 懲役1年6ヶ月執行猶予3年なんて馬鹿正直に書くやつなんかいるかよ」

と言って大きく笑った。
そして、急に真面目な顔になり、

「この履歴書のフォームを見ろよ。賞罰なんてどこにも書いてないだろ?そんなの書く必要は無いんだよ。いいか、お前はここから変わるんだ。人間は何歳からでも、気持ち次第で生き方は変えられるんだ。ここから、お前は始まるんだ。」

あたしは、東京でも信頼できる人が現れたことが嬉しくて、その時ずっと涙が止まらなかったことを覚えている。

(第1章了)

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