自分より若い人が怖い
逃げ恥スペースに行った。
逃げ恥スペースとは、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の主人公たちが住む家を模したレンタルスペースのことだ。
私は逃げ恥が好きで、この逃げ恥スペースに行きたくてしょうがなかった。
しかし、ご存知の通り私は友達は少ないし、僅かにいる友人も逃げ恥を見ておらず途方に暮れていた。
そんな時、保育園からの友人の妹たちが星野源のファンだったことを思い出した。昔から友人とは家族ぐるみの付き合いであるため、あの姉妹を誘って逃げ恥スペースに行かないかと親に提案した。採用された。
そして今日、早めにレンタルスペースがある最寄り駅に着いた我々家族は彼女たちを駅前で待っていた。
しばらくぶりに姉妹と会う。
めちゃくちゃ緊張する。
もし、私が『僕のヒーローアカデミア』のキャラクターだったら「個性」は「人見知り」になっていたと思うほどに私は人見知りをするので、私は初め、久しぶりに会う姉妹に人見知りをしているんだと思った。
いや、何かが違う。
姉妹が到着し、駅の方から手を振って走ってくる。
「すみません、乗り過ごしちゃって」
と言う姉はあまり変わっていなかったが、横にいる妹は背が伸び、服もオシャレになっている。そりゃ会うのが彼女が小学生ぶりだから当たり前だ。
姉妹と合流すると、父親が地図を取り出し、レンタルスペースへの道を確認し始めた。すると妹の方が小声で、
「わ、紙の地図だ」
と言った。
私も全く同じことを父親に対して思ったが、その時、私が抱いていた緊張の正体が分かった。
「恐怖」だ。
私は中学生のとき、AKBと乃木坂の違いが分からない父親がめちゃくちゃ嫌いだった。
何度言っても覚えないし、それが恥ずかしかった。
そして、そのことを指摘すると父親はいつも「こんなのは分かる奴がおかしいんだ」だとか、「知ってどうなる」だとか言って自分を正当化する。
それも嫌いだった。
別に父親に限ったことじゃない。
テレビの中には若者のオタク文化を「気持ち悪い」と言うおじさんや、学校には自分語りをする癖に、「お前の意見は間違ってる」と生徒の声に耳を貸さないおじさんがいた。
話は現在に戻る。
少し前に友人とカラオケに行った。友人は初めに長渕剛の『巡恋歌』を歌った。一緒に「好きです好きです」と歌った。友人は長渕剛やTHE BLUE HEARTSが好きで、その影響で私も歌えるようになった。その次に友人が歌った曲が分からなかった。しかし、段々聴いていくとCMで聴いたことのある曲だった。そしてサビで「春泥棒」と言った。「あー、そうだそうだ『春泥棒』だ。聞いた事ある名前だわ」と思って、間奏に入った友人に話しかける。
「や、珍しいね、『ずっと真夜中でいいのに』とか聴くんだ?」
「や、『ヨルシカ』」
間奏が終わり、友人は歌いだす。
1月中旬くらいに友人が家に来た。紅白歌合戦が好きな友人と紅白の話で盛り上がり、録画した紅白を見ることにした。韓流の女性アイドルグループが渋谷のスクランブル交差点を前に歌い出す。
「やー、TWICEも人気だよね」
「多分、これNiziU」
NiziUがぐるぐる回りながら歌っている。
この間、ジャニーズ好きな友人とTSUTAYAに行った。店内には大きく「なにわ男子」のポスターが貼られている。
「俺、大橋くんがやってる『黄金の定食』って番組好きなんだよね」
「見てる見てるー、あの道枝くんもドラマこれから始めるし、あの大西くんは…」
友人はポスターの一人一人を指さしながら解説していく。
「〜なんだよねー。これで全員名前言えるようになったよね」
「え?」
「これは?」
「えっ…えー…大…橋くん?」
「違う」
5回くらいチャレンジして、「後醍醐くん」が出てきた辺りで諦めた。
去年、他の大学に行った高校の友人2人とドライブに行った。運転している友人が車内で音楽を流している。一曲も分からない。
「この曲好きなの?」
「めちゃくちゃ流行ってんじゃん」
「え、流行ってんの?」
「めっちゃ流行ってんじゃん、Tiktokで」
Tiktokに私の居場所はないと思っているので、見たことがない。
最近、私は私が嫌悪していた「おじさん」になっていっている。
それがとても怖い。
だから、もし姉妹と話して「紙の地図だ」のようなことを言われたら、選挙のように、自分の名前の上に「おじさん確定」と書かれた花が付けられてしまう。
それが怖くて緊張していたのだ。
しかし、それに怯えている時点でお前はおじさんだろと思った。
「味方に背を向けたら撃たれるんじゃないか」と思ってる奴はもはや敵だ。
お前はもうおじさんだ。お前は歳を取ったんだ。
じゃあ、お前は「お前が嫌悪していたもの」になるのか?
なりたくない。
では何を嫌悪していたのか考えよう。なりたくないものにならないために。
私はAKBと乃木坂を見分けられないおじさんを嫌悪していたのか?
いや、違う。
見分けられないことを正当化して、自分と向き合わないおじさんを嫌悪していたのだ。
自分の価値観を更新しようとせず、今の価値観を否定して、その実、価値観を変える体力が衰えただけで、それを認めたくないおじさんを嫌悪していたのだ。
私はおじさんになる。
だから、歳を取るということは否定してはいけない。それは、未来の私を否定することになるから。
ならば、私はおじさんだという自覚をもったおじさんになりたい。
自分はおじさんだから、価値観を変える体力が衰えている。だったら、少しずつでも頑張って価値観を変えて更新していこう。
「ヨルシカ」と「ずっと真夜中でいいのに」の曲調の違いを知る。
NiziUとTWICE、それぞれの特徴とメンバーを覚える。
「なにわ男子」は西畑大吾くんと、大西流星くん、道枝駿佑くん、高橋恭平くん、長尾謙杜くん、藤原丈一郎くん、大橋和也くん。
変な偏見を持たずに一回TikTokを始めてみる。
多分、その先に価値観の更新があるんだと思う。
そう思えば話すのも怖くなくなる。
彼女たちと話すのが怖いのは自分の価値観が否定されると思うからだ。
そう思って勇気を出して話してみた。
別に昔から変わってなかった。
逃げ恥スペースも楽しかった。
持参した逃げ恥のBlu-rayで最終回を見た。
ドラマの中で百合ちゃんが同じようなことを言っていた。
あの時は分かった気になっていたけど、今日初めて理解出来た。
こんな呪いからは早く逃げちゃおう。
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