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はざまの本屋

 夏休みの終わりに、ぼくはお母さんといっしょに電車に乗って大きい図書館に行った。ぼくが借りたい歴史の本が近所の小さい図書館にはなかったからだ。ネットで検さくしたらその本はとなりの市の大きい図書館にあることが分かったので、お母さんに頼んで仕事がお休みの日につれて行ってもらった。大きい図書館までは、家から駅まで暑い道を歩いて、すごく涼しい電車に乗って、また暑い道を歩いて行く。電車以外の道も暑くなければよかったけど夏なので仕方がない。それにぼくは図書館が涼しいのを知っていたので、もう少しのしんぼうだと思ってがまんして歩いた。
 大きい図書館に着くと、ぼくはすぐに本を検さくするキカイで借りたい本がどこにあるのか調べた。お母さんは暑いからちょっと休もうよと言ったけど、ぼくは他の人に先に借りられないように早く本をみつけたかったのだ。検さくのキカイでぼくの借りたい本の[本の場所]を見ると、児童書コーナーの歴史の本だなにあることが分かったので、急いでそこに向かった。(図書館では走ってはいけないので、ちゃんと早歩きで行った。)
 夏休みなのに、児童書コーナーには全然人がいなかった。みんな宿題をしに来たりしないのかな?と思ったけど、たくさん人がいたら落ち着いて本が探せないのでちょうどよかったかもしれない。でも、ぼくたちが歴史の本だなに着いた時に事件は起こった。歴史の本だなを探してもぼくが借りたかった本がどこにもなかったのだ。さっき検さくした時はちゃんと貸出可能になってたのに!ぼくがふんがいしていると、お母さんが小さい声で「誰かが別の本だなに置いちゃったのかな」と言った。たしかに学校の図書室でも、てきとうなやつがきちんと元の場所に戻さず、全然ちがう所に入れていることがある。大きい図書館でもそういうことがあるのかもしれない。大めいわくだ。お母さんは仕方ないねと言ったけどぼくはあきらめきれなくて、お母さんが借りたい本をえらんでくるまでもう少しだけ一人で探してみることにした。

 歴史の本だなにある本を一冊ずつ順番に見たけど、やっぱりぼくが借りたい本は見当たらなかった。お母さんの言った通りほかの場所に置いてあるのかもしれない。近くのたなも見てみようと思って、歴史の本だなのうらがわに回ったところでなんだか変なことに気がついた。本だなの様子がおかしい。図書館の本は下の方にラベルがはってあって数字とかカタカナとかが書いてあるはずだけど、それがなくなっている。お父さんと前に行った古本屋みたいなにおいもする。ぼくは不安になって、あたりを見まわした。床はグレーのカーペットだったはずなのに、いつのまにか木になっている。天井まである本だなにはぎっしり本がつまっていて、出版社の名前のプレートが差してあった。聞いたことがない名前ばかりだ。那由多書房、ぬばたま図書、ネクロ出版……。やっぱりぜんぜん図書館じゃない!なんで?
 ぼくはパニックになりかけたけど、「困った時はまず深呼吸して、落ち着いて、周りにいる自分より大きい人をたよりなさい」というお父さんの言葉を思い出した。まずは深呼吸だ。何度か深呼吸をくりかえすと、ちょっと心が落ち着いた。とりあえず自分より大きい人を探そうと思ってうろうろと歩いてみる。どこもかしこも大きい本だながビッシリ並んでいて、まるで迷路みたいだ。本だなにはところどころシールが貼ってあって、どのシールもタバコ禁止のマークが書いてある。

「いらっしゃい」

 急に後ろから声をかけられて飛び上がってしまった。ふり返ると、すぐそばにキツネのお面をかぶったお姉さんが立っていた。なぜお面をかぶっているんだろう。黒くて長い髪に、真っ赤なシャツを着て紺色のエプロンをしている。お面と服が全然合っていない。でも自分より大きい人が見つかってよかった。ぼくがほっとしていると、お姉さんはぼくにどこから来たのかと聞いてきた。(お姉さんはぼくが迷子だと見ぬいたんだと思う。)ぼくがもより駅の名前を答えたら、お姉さんは首をふって「どこから入って来たのか」と言い直した。質問の意味が分からずにぼくが固まっていると、お姉さんは「少年は“はざま”は初めてか」と言って笑いながら、ぼくに分かるようにゆっくり説明してくれた。

 お姉さんの説明によると、ここは「はざまの本屋」らしい。何階建てもある大きい本屋さんとか、古書店街のろじうらとか、本がたくさんある場所からとつぜんつながってしまうふしぎな本屋なのだという。そんなことがあるんだろうか?でも実際ぼくは図書館とは全然違う場所に来てしまっている……。ぼくがさっきまでいた図書館の名前を伝えると、お姉さんはナットクした様子で、「そこなら3番と4番のたなのあいだから帰れるから案内するよ」と言ってくれた。続けて、お姉さんが「その図書館は入口と出口が違う通路だからややこしい」と教えてくれたけど、ぼくは意味がよくわからなかった。(図書館の出入り口はひとつだったと思う。)とつぜん別の場所にワープして、またワープして帰るなんてなんだか信じられない話だけど、お姉さんが子どもをからかってウソを言っているようには見えなかったし、何よりぼくは困りはてていたので大人しくついていくことにした。
 お姉さんといっしょに通路を歩いて何度か角を曲がっていくと、すぐに「参」と書かれた本だなに着いた。となりの本だなの字は読めなかったけど、たぶん「よん」と読むんだと思う。たなとたなのあいだをのぞくと、通路の向こうにさっきまでいた大きな図書館の児童書コーナーが見えた。お姉さんの話は本当だったみたいだ。僕がお姉さんにお礼を言うと、お姉さんは「今度はお金待って来てね」と言って、エプロンのポケットから小さなカードを渡してくれた。カードのおもてにはすごく画数の多くて読めない漢字が一文字、ウラには「本買取」と文字化けの記号みたいな字が書いてあった。漢字はお店の名前だろうか。お姉さんにもう一度お礼を言って、カードを短パンのおしりのポケットに入れた。
 図書館の方に歩いていくと、ホコリっぽい空気がだんだんひんやりした空気になっていく。大きな図書館のにおいだ。気付くと、床は木じゃなくてグレーのカーペットになっていた。本だなの本を見ると全部きちんとラベルが貼ってある。ぼくはとたんに力が抜けて座り込んでしまった。そんなつもりはなかったけど、キンチョウしていたんだと思う。

 周りを見回すと変な本屋さんはもうどこにもなくて、図書館の向こうのたなが見えるだけだった。夢でも見ていたのだろうか。ぼくがぼんやりして座っていると頭の上から聞き慣れた声がした。
「やだちょっと何してんの宗ちゃん!床に座らないで」
 見上げるとお母さんが何さつか本を抱えて立っていた。
「探してた本あったよ。司書さんに聞いたら持ってきてくれた。返きゃくワゴンにのってたんだって」
 お母さんはそう言って、ぼくが借りたかった本を差し出した。貸出可なのに本だなになかったのはそういうことだったんだ。ぼくはお母さんから本を受け取って、立ち上がった。まだちょっとぼんやりしていたし、正直さっきの変な本屋さんのことで頭がいっぱいだったけど、お母さんがスタスタと貸し出しカウンターの方に歩いて行くので急いで後を追いかけた。

 大きい図書館からの帰り道、ぼくはお母さんにはざまの本屋さんの話をした。お母さんは「大きい図書館には何度も行っているけどそんな話聞いたことない」と言って、ぼくの作り話だとうたがっているみたいだった。ぼくは、キツネのお姉さんからもらったカードをしょうこに見せたかったけど、短パンのポケットをどれだけ探してもカードは見つからなかった。図書館に落としてきてしまったのかもしれない。すごくざんねんだ。
 またあの本屋さんに行けることがあるだろうか?キツネのお姉さんは本がたくさんあるところからつながると言っていたから、大きい図書館だけじゃなくて別の場所からも行けるのかもしれない。もしまたあの本屋さんに行けたら、今度はカードをなくさないようにしっかりポケットに入れようと思う。

おわり