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継続的取引契約の解消

継続的な取引に関する契約(継続的取引契約)においては、契約期間と併せて中途解約条項が定められることが一般的です。そして、中途解約条項で定められた要件を満たしていれば、中途解約権を留保された当事者はその中途解約権を行使して契約を終了させることができるのが原則です。
あるいは、契約で定められた期間の満了時に、一方の当事者が契約の更新を希望したとしても、他方の当事者が更新を拒絶したときは、契約は期間満了により終了するのが原則です。
ところが、裁判例では、形式的には(契約上は)要件を満たしているにもかかわらず、中途解約権の行使や期間満了による終了が当然には認められなかった事例が存在します。
どういった場合に中途解約権の行使や期間満了による契約関係の解消が制限されているのでしょうか。
また、それはどういった理由によるものなのでしょうか。

継続的取引契約とは

定義

法令上の定義はありませんが、ここでは、ある程度の長期間に亘って当事者間で同種同類の取引が反復継続して行われている取引に関する契約をいいます。

具体例

継続的取引契約としては、次のような類型が挙げられます。

  • 商品売買基本契約

  • 商品供給契約

  • 販売代理店契約

  • 特約店契約

  • フランチャイズ契約

  • 製造委託基本契約

  • 業務委託契約

  • コンセ契約

裁判例

資生堂事件(東京高判平成 6 年 9 月 14 日)

化粧品の特約店契約(Ⅹ:資生堂が製造した化粧品を専門に取り扱う販売会社 Y:特約店・小売店 特約店契約の期間は1年でしたが、自動更新条項に基づいて約28年間にわたり契約関係が継続していました。)において、Yが、特約店契約で定められた対面販売を行う義務に違反しカタログ販売を始めたため、Ⅹが約定の中途解約権を行使したところ(訴訟では予備的に契約違反を理由とする解除や期間満了による終了も主張しています。)、Yが契約の終了を争い、特約店契約に基づく地位確認及び注文済みの化粧品の引渡しを請求した事案です。
裁判所は、中途解約権の留保も有効であるとしつつ、「解除権の行使には、取引関係を継続しがたいような不信行為の存在等やむを得ない事由が必要である」としました。その理由として、以下のようなことを挙げています。

  • 期限の定めがある契約であるが、通常は、相当の期間にわたって存続することが予定されているし、現実にも契約期間がある程度長期間に及ぶのが通例で、本件でも現実に28年間という長期間に達している。

  • 小売店もそのような長期間の継続的取引を前提に事業計画を立てている。

  • 特約店契約では専用の販売コーナーの設置、顧客管理台帳の作成・備え付けが義務付けられるなど、小売店の側で資本投下と取引体制の整備が必要とされている。

  • 短期間での取引打ち切りや、恣意的な契約の解消は、小売店の側に予期せぬ多大な損害を及ぼすおそれがある。

  • 中途解約条項に基づく解約が行われるのは極めて例外的である(筆者注:中途解約条項一般についてではありません。)

結論として、やむを得ない事由があるとして解除を認めました。

花王事件(東京高判平成 9 年 7 月 31 日・民集 50 巻 2 号 260 頁)

資生堂事件とほぼ同様の構図の事案です。特約店契約(Ⅹ:花王化粧品の卸売販売を業とする会社 Y:特約店・小売店)においてYに義務付けられたカウンセリング販売をYが行わず、かつⅩから仕入れた化粧品を卸売販売していたため、Ⅹが約定の中途解約権に基づき解約を通知したところ、Yがこれを争ったという事案です。結論として、裁判所はⅩによる解約が権利濫用にも信義則違反にも当たらないとして、Yの主張を退けました。

札幌高決昭和62年9月30日

(田植機の販売代理店契約)
資生堂事件及び花王事件では結論として解約が認められましたが、こちらは契約の解消が一定の制限を受けた事例です。
田植え機などの北海道における独占的販売代理店契約において(Ⅹ:販売代理店 Y:メーカー)、期間は1年とされ自動更新条項に基づき毎年更新が繰り返されていましたが、契約開始から5年経過時にYが約定に従って期間満了による終了を通知したところ、Yがこれを争いました。
裁判所は、契約期間と自動更新条項に関する当事者意思の解釈として、自動延長に主眼があって契約条項見直し期間の意味程度しかないとしました。そのうえで、Yは長期間に亘る継続的営業活動を前提に約1億2000万円にのぼる買取農機具等の在庫を保有し、契約の終了により莫大な損害を被るといった事実関係の下では、契約を存続させることが当事者にとって酷であり、契約を終了させてもやむを得ない事情がある場合に終了を告知し得る旨を定めたものと解すべきであるとし、結論としてYが主張した契約終了時から1年経過した時点までの契約の存続を認めました。
この裁判例は、代理店契約を継続的商品供給契約と評価したうえで、エンドユーザーから見た田植機という商品の性質や、その取引の実情なども考慮して結論を導いています。

東京地裁平成22年7月30日

(ワインの日本における独占的な輸入・販売代理店契約)
外国のワイン会社(Y)が、損失補償をすることなく予告期間を4か月と定めて販売代理店(Ⅹ)との18年間に亘って継続した独占的な輸入・販売代理店契約を解約したのは、債務不履行に当たるとされた事例です。裁判所は、1年間の予告期間を設ける又はそれに相当する損失補償をするべき義務を認定したうえで、損失を補償しないまま4か月の予告期間で解約をしたのは債務不履行にあたるとし、8か月分の営業利益の喪失分について賠償を命じました。
ちなみに、この事例では販売代理店契約の成立自体が争われました(契約書が存在しませんでした。)。

裁判例の分析

概論

統一的な基準はないものの、以下のような事情がある場合には、信義則、権利濫用あるいは当事者間の公平を根拠として、「やむを得ない事由」や「やむを得ない事情」がなければ解約できない、あるいは6か月から1年程度の解約予告期間または損失補償を求められています。

  • 長期間に亘って契約関係が存続している

  • 今後も契約関係が継続することへの合理的な期待・信頼が生じている(契約書で期間と自動更新の定めがあったとしても、実態・実質も考慮される。)

  • その合理的な期待・信頼を前提として事業計画の策定や投資その他の出捐がされている

  • これらの期待に反して契約関係が解消された場合には、解消された側の不利益が大きい(経済的利益だけでなく顧客からの信頼喪失等も考慮されうる。)。

  • その他、当事者間の公平や信義則に反するような事情がある

「やむを得ない事由」とは

いかなる場合が「やむを得ない事由」といえるのか、については確立した判断基準があるわけではありませんが、裁判例では以下のような事情を総合的に評価していると思われます。

  • 解消される側の契約違反(債務不履行)の有無及び内容

  • 扱われる商品・役務の内容・性質

  • 取引が継続した期間

  • 取引の規模やその推移

  • 取引の解消に至る経過(事前の交渉の有無及び内容、継続に向けた努力、等々)

  • 取引の解消によって解消される側が被る不利益の内容・程度(不測の損害を被る、など)

まとめ

冒頭で述べた通り、契約で定められた要件を満たしていれば、契約関係を解消することができるの原則です。
しかしながら、一定の場合には契約の解消が制限されたり、損害賠償義務が認められることがあり得ます。
したがって、契約上の要件を満たす場合であっても、上記のような事情があるときは、信義則や当事者間の公平に反することがないよう、相手方の不利益をも考慮しながら対処していく必要があります。


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