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#1 the monogatary | 未来の君へ

某日。自宅にて。その出来事を語るに、僕の年齢は若すぎた。ゆえにブラックボックスに封じている。それで良いと思った。それが良いと思った。時が来たら、開封しようと思う。

未来の君へ。君が将来、苦しまないために、僕は書くことにした。あの日、起きたことを。

誰しも皆、心の中に怪物を飼っている。それは僕も同じ。怪物は様々なモノを欲する。私たちは食事を始め、様々なことを介して、その怪物に栄養を与えている。もし君が部活動に従事しているのであれば、その怪物は部活動を通したコミュニケーションや争いを通じて成長していく。もし君が恋愛に一喜一憂しているのであれば、その怪物は君の焦燥や喜びを通じて成長していく。どんな人生を歩もうとも、怪物は個性的に成長する。

『フランケンシュタイン』という名作がある。フランケンシュタインという天才博士はその研究の過程で、人造人間を開発することに成長する。しかしその醜い有様を見た博士は自身の発明品に恐怖を覚え、逃げ出してしまう。孤立した人造人間。彼女はなぜ自身が生まれたのか、その答えを得るべく、博士を探す旅に出る。その過程で様々な感情を得た彼女は、そんな博士に復讐することを誓うのであった。『フランケンシュタイン』とはそんな物語なのである。

怪物には心がある。人々は当然のことながら、怪物に対しては恐怖を抱く。それは僕たち人間の本能である。ゆえにその純粋な感情を責めるのは筋違いである。その上で、どのようにその怪物と向き合うのか。それこそが本題であり、重要なのだ。君がこの手紙を通じて、自身の怪物との向き合い方を見直すきっかけになることを願うばかりである。

拝啓 未来の君へ

君がこの手紙を手にした時、僕はもうこの世にはいないと思う。それでも、僕は君が将来を健康的に楽しく過ごせるように、その一部始終を記録することにした。どうか覚悟して読んで欲しい。君にはその能力があるから。

銀世界。そんな言葉が相応しい光景だった。僕たち家族は、有給を取得し、子供を連れてスキー場にやってきた。かつて両親の教育ゆえにスキーを嗜んでいた自分は、今回の旅行でスノーボードに挑戦することを決めていた。日々の接客業の中でたまったストレスを吐き出したい。そんな思いを抱えて、僕たちはこの場に来た。

場所は北海道。関東からは幾分離れた土地ではあるが、休日には最適なスポットである。ジンギスカンを始めとした北海道独特の名産や、初々しい海鮮品の数々。日々の疲れを取り払うために、僕たち家族はこの土地で休息することに決めた。

綺麗な所ね、と妻が言う。妻は綺麗な所が大好きだ。身だしなみを始め、妻には独特の美意識がある。その影響を受けて、うちの長女もファッションにはうるさい。そんな妻と長女の相性はばっちりで、ペアルックを決めることもある。その注目度は桁違いである。共に美的センスに溢れている両者は、注目の的である。関係者である僕としては、あまり目立つ行動は2人にしてほしくないのだが、こればかりは天性のものである。ただ横から眺めるしかない。それが僕の役割であり、また彼女たちの役割でもあるのだ。それで良い、と僕は思っていた。

スノーボードに挑戦する。そんな事実に胸を高鳴らせていた僕は、意気揚々とスキー場に降り立つ。どんな時でも下準備は大切である。僕はこの日の為にダイエットしてきたし、スノーボードを扱う上で重要なバランス感覚についても、自宅のバランスボールを使いながら訓練してきた。出来ることはやった。あとは実践あるのみ。

寧々:「パパ、何か変。不気味。」

拓斗:「どうした寧々、緊張しているのか。まあ寧々にとっては初めてのスキーだもんな。緊張するのは当たり前だ。でもな、寧々。スキーは楽しいぞ。身体を動かす事はいつだって楽しい。寧々にはその喜びを知ってもらいたいし、きっと寧々ならその楽しさを理解することが出来る。小泉信三は...」

寧々:「はぁ~、うるさいうるさい。いつもの弁論はお断りよ。本当、何でこんな人とお母さんは結婚したんだろう。ありえない。」

理紗:「そうね。私もそう思うわ(笑)。でもね、お父さんはこれでも努力家なの。決してめげない。寧々が言う通り、お父さんの言葉はいつも堅苦しくて面白くないけど。やればやる男なのよ、お父さんは。きっと寧々もいつか分かる時が来るわ。」

寧々:「えぇ~、そうかなぁ~。ちっとも理解したくないんだけど。」

理紗:「ふふ、将来が楽しみね。」

何気ない会話。いつも通り、僕は長女から嫌われている。でもそれで良い。かつて心理学を席捲したアドラーは言っていた。「嫌われる勇気を持て」。僕にはその素質があるのだ。そう信じ、今日も僕は寧々の罵倒を受ける。でもそれで良いのだ。それが良いのだ。