MPL 2.0日本語訳にあたっての付記

動機と背景

新型コロナウイルス接触確認アプリ「COCOA」がベースとしているOSS「COVID-19 Radar」ではライセンスとしてMPL 2.0が採用されており、にわかにMPL 2.0への注目が集まったが、MPL 2.0が発表されてからの8年間、誰もその日本語訳を公開していなかった。

旧版のMPL 1.1については当時のMozilla Japanが参考和訳FAQを提供していたが、2017年のWebDINO Japanへの改編に伴う「mozilla.org 日本語版」(mozilla-japan.org)の白紙化と共に参考和訳とFAQも消し飛んでおり、オープンソースグループ・ジャパン(OSG-JP)の有志によるMPL 1.0/1.1の日本語訳が残っているのみであった。

WebDINO Japanが引き継いだMozilla関連ドキュメント翻訳グループは今年に入ってから一度も投稿がなく、活動実態が見えないことから、自ら翻訳した方が早いと判断した。

著作権について

Mozilla財団はMPLの翻訳に関するガイドラインを定めていない。このため、主に問題となる可能性がある著作権上の扱いを検討した。

日本の著作権法においては、一般的に、契約書の類は著作物とは見なされない。契約書は「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)とは言えないからである。MPLのようなライセンス、つまり利用許諾契約についても、同様と考えられる。

一方、アメリカの著作権法においては、日本とは定義が異なるため、MPLのようなライセンスも著作物と解する余地が存在するが、その場合でもフェア・ユース条項により、公共に資するため無償で日本語訳を提供することは著作権の侵害にならないと考えられる。

著作権の放棄宣言

もし、MPL日本語訳の全部または一部が二次的著作物と見なされ、私に何らかの権利(著作権等)が発生したとしても、その権利は暗黙的に放棄され、その権利を行使しないことを、ここに宣言する。

ライセンス名称について

ライセンスの名称をどのように翻訳するかに最も頭を悩ませた。例えばGPL日本語訳も訳者によって名称がバラバラで、統一された見解がない。

・モジラ公衆利用許諾書
・Mozilla公衆利用許諾書(八田真行氏風)
・Mozilla公衆ライセンス(gnu.org風)
・Mozillaパブリック・ライセンス(OSG-JP風)
・Mozilla Public License(Mozilla Japan風)

といった候補が考えられたが、最終的には「Mozillaパブリック・ライセンス」の訳を採用した。これに合わせ、ライセンス本文中のGPLについても「GNUジェネラル・パブリック・ ライセンス」という表記にしている。

理由としては、「モジラ」よりも「Mozilla」と表記されることがほとんどであること、「利用許諾書」よりも「ライセンス」と表記されることがほとんどであること、現状公開されている唯一のMPL日本語訳であるOSG-JP翻訳の表記と統一して混乱を避けるため、などが挙げられる。

日本でもカタカナ表記せず英語のまま「Mozilla Public License」と表記されることが多いのは承知しているが、日本語参考訳という目的上、「Mozilla」のように日本でも浸透した英語の固有名詞や略語を除き、英単語はすべて日本語に置き換えることとした。英語のままだと、見出しを読んだときに、それが原文なのか翻訳文なのか、区別が付かないという問題があるからだ。

第二のライセンスと二次ライセンス

MPL 2.0はGPL/LPGL/AGPLと互換性がある(両立する)という特徴があり、これらのライセンスを“Secondary License”と定義している。

巷の解説では“Secondary License”を「二次ライセンス」と日本語訳していることがある(gnu.org, Wikipedia)が、「二次ライセンス」という言葉からはサブライセンス(再許諾、ライセンスを受けた者が第三者に与えるライセンス)を連想するため、意味が変わってしまう。「第二のライセンス」というニュアンスを尊重して「副次的ライセンス」「付随ライセンス」あるいはそのまま「第二のライセンス」と翻訳するべきだということを、この場を借りて呼びかけたい。

参考にした解説

近年飛躍的に精度が向上している機械翻訳だが、Google翻訳では原文と逆の意味になっている部分や、法的な定型文をうまく翻訳できていない箇所があり、全編に渡って見直しを要した。

この際、GPL 3.0の日本語訳が参考になった。

法的な文面に特有の表現については、弁護士による解説が大いに助けとなったので、ここに各節と対応するURLを参考文献として記す。

1.14
http://www.bridgelink.jp/guide/contract/029.html

2.3
https://www.mkikuchi-law.com/article/15928911.html

2.5
https://www.mkikuchi-law.com/article/15892276.html
http://www.bridgelink.jp/guide/contract/021.html

3.2.a
https://www.mkikuchi-law.com/article/15186555.html

7
https://www.mkikuchi-law.com/article/15119539.html
http://www.bridgelink.jp/guide/contract/091.html
https://www.businesslawyers.jp/articles/544

8
http://www.bridgelink.jp/guide/contract/042.html

9
http://www.bridgelink.jp/guide/contract/054.html
https://www.businesslawyers.jp/articles/546
https://www.mkikuchi-law.com/article/14546403.html
https://kaicorp.com/blog/555.html

Exhibit A
https://www.mkikuchi-law.com/article/14615907.html
http://www.bridgelink.jp/guide/contract/012.html