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「アーチャー」の語源ではない――英雄「アーラシュ」の真実(1)

しばしばフィクションで結ばれた像やWikiに書かれた記述が歴史上の事実としてまことしやかに語られることがある。これは、そんな虚実の境界を見定めようという試みである。

今回取り上げるのは『Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ』(以下蒼銀)並びに『Fate/Grand Order』(以下FGO)での登場により、日本でも一躍有名になったイラン神話の英雄「アーラシュ」だ。

最もよく知られた誤解は「アーラシュはアーチャーの語源」あるいは「アーラシュはカマンガーの語源」「アーラシュはカマンの語源」という流説だろう。ネット上での言及記録を遡ったところ、これらの説は英語版Wikipediaを起点として伝言ゲームのように歪んで拡散されたデマであることがわかった。

「カマンの語源」説が広まった経緯

日本における「アーラシュはカマンの語源」という話の出所は、『ファイナルファンタジーXI』(以下FF11)のユーザーWikiサイト「FF11用語辞典」のようだ。

FF11用語辞典の「カマン」の記事において、少なくとも2011年6月9日の時点で次のような記述が確認できる。(FF11用語辞典は編集履歴が確認できないため、Wayback Machineを引用元とする)

カマンはペルシア語で「弓」の意味。
元は弓の名手であったペルシア神話の英雄アーラシュ(Arash Kamangir)に由来する*1。
*1
→Operation Kaman 99(Wikipedia英語版)

注釈にあるOperation Kaman 99 (カマン99作戦)とは、イラン・イラク戦争の開戦翌日となる1980年9月23日に行われたイラン空軍の大規模報復作戦である。英語版Wikipediaの2011年6月9日当時の版では次のように記載されていた。(日本語訳は筆者による)

The word 'Kaman' means bow as in a bow and arrow but was inspired by Persian mythology. It was named after Iranian mythological hero Arash Kamangir, an archer.
(「カマン」という言葉は弓矢の弓を意味し、ペルシャ神話に着想を得ている。それはイランの神話の英雄、弓兵アーラシュ・カマーンギールにちなんで名付けられた。)

これを読むと確かに「カマン」(弓)という言葉がアーラシュに由来すると解釈できなくもないが、ここで言っているのは「カマン99」という作戦名の由来のことだろう。

イラン・イスラム共和国軍の公式Webサイトにおけるカマン99作戦の解説(ペルシャ語)をGoogle翻訳で斜め読みしたが、やはりイラクとトゥランの国境線を隔てたアーラシュの神話にちなむ作戦名ということを言っているに過ぎない。

このFF11用語辞典の「カマン」の項は泡沫記事のひとつに過ぎなかったが、2015年7月30日に配信開始されたFGOで真名が明かされたアーラシュの情報を求めるユーザーらにとって数少ない日本語情報源であったことで、にわかに注目を集める。

このような経緯で2015年8月頃から「アーラシュはカマンガーの語源」「アーラシュはカマンの語源」という説が広がり始める。

「アーチャーの語源」説が広まった経緯

なお「アーラシュはアーチャーの語源」という説は、調べ得る限りでは、2015年10月1日に当時の2ちゃんねる(2ch.net/現在の5ちゃんねる)ニュース速報(VIP)板のFate/GOスレでの会話が初出であった。

63 :以下、転載禁止でVIPがお送りします:2015/10/01(木) 21:35:59.797 ID:P5kZ3vSKd
>>18
最初名前聞いたとき、アーチャー(Archer)の語源になった人物かとおもた
68 :以下、転載禁止でVIPがお送りします:2015/10/01(木) 21:38:02.154 ID:ovwIN9oFa
>>63
そのとおりですが
70 :以下、転載禁止でVIPがお送りします:2015/10/01(木) 21:38:43.250 ID:P5kZ3vSKd
>>68
あぁ、やっぱそうなん
72 :以下、転載禁止でVIPがお送りします:2015/10/01(木) 21:39:12.702 ID:vrm5LgVY0
>>63
アーラシュさんのフルネーム
アーラシュ・ザ・アーチャーとかだった気がする
77 :以下、転載禁止でVIPがお送りします:2015/10/01(木) 21:41:43.552 ID:v6SSm5HC0
>>72
まじかよ
普通にハンパない人じゃん

実際にはアーチャーの語源は英語のArcher(弓兵)→英語のArch(弓状)→ラテン語のArcus(弓状)と遡ることができ、その成立にアーラシュが関与していたとする説は見つけることができない。

一連の書き込みは2ちゃんねる(2ch.net)の書き込みを自動でコピーしているもうひとつの2ちゃんねる(2ch.sc)に転載されることになる。

翌日の10月2日には一連の書き込みが2ch.scから所謂「2chまとめサイト」に転載され、ゲームにおける格の低さと神話における格の高さのギャップが話題となる。

10月3日からTwitterでも同様の誤解が見られるようになる。

10月4日の二次元裏@ふたば(通称虹裏)でも2ちゃんねると同様の流れが発生する。(ふたば☆ちゃんねるのログは短期間保存のため、虹裏のログを数日分だけ閲覧できるサイトから引用する)

No.314817889 15/10/04(日)00:18:32 68
ハサンみたいにアーチャーの語源となったとか言われても信じるレベル
No.314818135 15/10/04(日)00:19:46 69
少なくともイランにおいてポピュラーな名前になった位には偉大なんだよな…
アーチャーの語源と言われてもたしかにありそうだ
No.314818145 15/10/04(日)00:19:49 70
>ハサンみたいにアーチャーの語源となったとか言われても信じるレベル
というか砂漠の国ではアーラシュって言葉が弓兵を指してるんだってさ
No.314818177 15/10/04(日)00:19:56 71
>ハサンみたいにアーチャーの語源となったとか言われても信じるレベル
向こうじゃ語源なんじゃなかったっけ
No.314818310 15/10/04(日)00:20:38 72
>ハサンみたいにアーチャーの語源となったとか言われても信じるレベル
中東での語源だよ!
No.314818330 15/10/04(日)00:20:45 73
>というか砂漠の国ではアーラシュって言葉が弓兵を指してるんだってさ
>向こうじゃ語源なんじゃなかったっけ
マジか、本当にすげぇな

10月16日にはアニヲタWiki(仮)に「アーチャー(蒼銀のフラグメンツ)」の記事が作成され、彼を「カマン」(弓)の語源とするFF11用語辞典に基づいたと思しき記述が10月18日の時点で確認できる。(@Wikiは一定以上の履歴を遡れないため、Wayback Machineを引用元とする)

またの名をアーラシュ・カマンガー。ペルシャ語において「弓」を意味する「Kaman」の語源になったとも言われる、西アジアにおける弓兵の代名詞である。

こうなってしまうとソースロンダリングは止まらない。これ以降、アーラシュを「アーチャー」「カマン」「弓」「弓兵」の語源とする言及は枚挙に暇がない。

特に2017年以降はFGOユーザーの間で「アサシンの語源となったハサンがグランドアサシンなのだから、アーチャーの語源となったアーラシュはグランドアーチャーの可能性がある」という文脈でアーラシュ語源説がよく見られるようになる。

いつ頃記載されたのか分からない(2017年7月19日時点のアーカイブにはなく、 2018年2月28日時点では確認できる)が、ピクシブ百科事典の「グランドクラス」の記事でも、「アーチャーの語源」説を理由に、アーラシュがグランドアーチャー候補として記載されていたことがある。

グランドアーチャー候補
アーラシュ:中東における『アーチャー』の語源にして、己が命と引き換えに数十年に渡る二国の戦争をたった一人で終わらせた、今も中東の人々に愛され続け、唯我独尊を体現する太陽王にすら尊敬される大いなる男。

アーラシュ語源説の拡大が収まった経緯

さすがにこれだけ誤解が広まると、歴史研究を専門とする人々から疑問の声が出始めるが、決定打には至らない。

この誤解の連鎖が打ち止めとなる直接のきっかけは、先述したピクシブ百科事典の「グランドクラス」の記事にある。詳しい経緯は同記事のコメントページを参照してほしいが、掻い摘んで説明すると、2018年1月24日にpixivユーザー・平和願う初夏氏によって先の引用部分を含むグランドクラス候補の記述が丸ごと除去される。そこに除去内容の復帰を繰り返すpixivユーザー・オルタセンチネル氏が現れ、編集合戦に発展するが、最終的にオルタセンチネル氏のアカウントは凍結され、グランドクラス候補の記述は除去という形で落ち着く。

編集合戦の最中の2018年2月23日、平和願う初夏氏によってピクシブ百科事典の「アーチャー(フラグメンツ)」の記事に、上記@shuntkyj氏のツイートを基にしたと思しき記述が追加される。

ちなみに、勘違いされがちであるが、アーラシュはあくまで中東における弓兵の代名詞であって「語源」ではない。ペルシャ語における弓兵(Kaman-gir)は弓を意味する「Kaman」と掴むを意味する「Gir」が組み合わさってできた単語と言われている。
ペルシア語ではこのように「名詞or形容詞」+「動詞の現在分詞形」で「~をする者」や「~をするような(人、もの)」という意味の複合名詞を作ることがよくあるんだとか。

このピクシブ百科事典の編集と同時刻、IPユーザー「123.255.128.176」によって、アニヲタWiki(仮)の「アーチャー(蒼銀のフラグメンツ)」の記事から語源に関する記述が除去される。編集差分は以下の通りで、追加内容はピクシブ百科事典と同じである。

-またの名をアーラシュ・カマンガー。ペルシャ語において「弓」を意味する「Kaman」の語源になったとも言われる、西アジアにおける弓兵の代名詞である。
-つまり彼こそは「&b(){アーラシュ・ザ・アーチャー}」。史上最大の射手が一人である。
+またの名をアーラシュ・カマンガー。英語表記すればアーラシュ・ザ・アーチャー。西アジアにおける弓兵の代名詞とも呼べる存在である。
+なお勘違いされがちであるが、あくまで弓兵の代名詞であって「語源」ではない。ペルシャ語における弓兵(Kaman-gir)は弓を意味する「Kaman」と掴むを意味する「Gir」が組み合わさってできた単語である。
+ペルシア語ではこのように「名詞or形容詞」+「動詞の現在分詞形」で「~をする者」や「~をするような(人、もの)」という意味の複合名詞や複合形容詞を作ることがよくあるんだとか。

これらの編集によってアーラシュ語源説の拡大に歯止めが掛かり、勘違いであったことが徐々に知られるようになる。

しかし、それから1年経った今でも人々の意識下にある思い込みは消えない。Twitterで「アーラシュ+アーチャー+語源」と検索すると、現在も月に数度は肯定的な言及がされている。一度広まってしまった誤解を払拭することは容易ではなさそうだ。

Fateシリーズでの言及

Fateシリーズにおいてアーラシュの設定を担当した桜井光氏や考証面で協力した森瀬繚氏の名誉のために言っておくと、作中でアーラシュがアーチャーやカマンの語源であると明言されたことはない。ネット上で盛り上がったファンが勝手にそう思い込んだというだけの話である。

2015年7月30日に配信されたFGO内で確認できるアーラシュのプロフィールには次のように書かれている。

異名は、アーラシュ・カマンガー。
英語表記すればアーラシュ・ザ・アーチャー、
西アジア世界に於いて弓兵とはすなわち
平穏をもたらせしアーラシュをこそ指し示す。
現代でも彼は西アジアの人々に愛されている。

アーラシュが西アジアにおいて弓兵の代名詞的存在である旨は書かれているが、弓兵という言葉の語源であるとまでは書かれていない。何人かに話を聞いたところ、不思議なことに、当時はこれが弓兵の語源であると述べているかのように見えたのだという。ベオウルフのように配信後にプロフィールが修正されるケースもあるが、アーラシュについては少なくとも2015年8月18日以降変更されていないことはFGO攻略まとめWikiのバックアップ履歴から確認できている。どうやらアーラシュ語源説を目にした後にこのプロフィールを読むと、そのような認知バイアスが働いてしまうようだ。

ところで、このプロフィールに書かれている内容については疑問の余地があり、事実かどうかは次回のnoteで検証する。