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微顕闡幽の辭 むすびらきシンクタンク開設のことば

微顕闡幽の辭 むすびらきシンクタンク開設のことば

今、世界は激変の嵐の中にある。
令和二年初頭より地球規模で猖獗を極めたコロナ禍、そして昨年の二月より始まったロシアのウクライナ侵攻が、ヒト・モノ・カネで縒り合わされたひと繋がりの糸で全世界を結び尽くさんとしたグローバリズムを完全に断ち切ったかに見える。各国は再び、霖雨の降り頻る河川の水位の如く高まり続ける危機に対し、堰を閉じつつある。その巨大な歴史的動向は、二度の世界大戦の引鉄となった力の鬩ぎ合いが正にそうであった様に、グローバリズムの見境無き伸長の巨大な反動であり、将又、世界の一般化と一元化に抗する特殊的で多元的な諸世界の顕在化である。一つの滑らかな球体となった世界の大分裂を、我々は現に、経験しているのだ。

しかしながら、本来であれば僅かな兆しから読み取る他ない筈の目下の歴史的世界の大分裂を、私達は小さな画面を通して瞬時に目の当たりにすることが出来てしまう。黒海の北、ユーラシア大陸の遠い西の大平原に日夜鳴り響く砲声と銃声と鬨の声は、その音と共に崩れ去る幾千幾万とも知れぬ建物や遣り場のない悲しみを浮かべた人々の眼差しは、その怒り泣き叫ぶ声は、戦い続ける将兵の緊張し切った眉間や口許は、今や直に私達の耳目に突き刺さる様に日々届けられる。

World Wide Webという世界を覆う情報の網は、私達の神経回路の処理速度に比して余りに速くなってしまったのだ。それは、世界を殆ど完全に、同期させてしまった。

情報が、機械が、人間の意識を追い抜かんとしている。曾てSF作家アイザック・アシモフが唱えたロボット工学の三原則は、当該分野の著しい進化の末に自律型ドローンが戦場へと進出せんとする今、既にして現実の危機と結び付きつつある。そして又、人工知能の底知れぬ進展はいつしかその速度すら凌駕してしまうかも知れない。人類は、それら全てを自らの手で産み出したにも拘らず、速度に於いては追い付かれ、いずれ近い内に追い抜かれてしまうだろう。

とは言え、私達は現に、滑らかな球体の上に生きていない。

地球には陸と海がある。そこには五大陸があり、島があり、山があり、丘があり、火山があり、谷があり、川があり、池があり、湖があり、沼地があり、湿地があり、照葉樹林があり、夏緑樹林があり、多雨林があり、熱帯雨林があり、硬葉樹林があり、ステップがあり、サヴァナがあり、砂漠があり、オアシスがあり、高原があり、盆地があり、台地があり、低地があり、草原があり、ツンドラがあり、氷河や氷原がある。私達の天体は凸凹を成していて、その表面を覆うものは余りにも多様だ。そして私達日本人が住んでいるのは、ユーラシア大陸の極東の海の彼方、その大部分が幾種類もの豊かな森に覆われた山がちの島々である。

そのような地理的環境の元で、記録の定かならぬ太古の昔より一つの血統の王家が君臨し続ける我が国、日本。中国、朝鮮、南蛮、阿蘭陀、そして米英仏独露等の列強諸国といった諸外国との交渉の影響を受けて変容しつつも、一つの連続的な命脈の下に永らえている我が国、日本。我が国は、この国が大八洲国と呼ばれていた上古以来の神道を保持しつつ、古代以来、仏教、儒教、道教など中国の宗教と精神文化を大いに取り入れ、その後には西洋文明とキリスト教をも複雑な経緯を経つつ吸収してきた。そして、豪族相角逐する古代も、権門合並び立ち戦乱打ち続く中世も、公儀の治める天下泰平の近世も、近代国家として世界の列強に伍した近代も、かの大戦に敗れた後も、天皇は祈りと祀りを続けた。

時は単に流れ去ってきたのではない。それは現在としては消え去りつつも、歴史として積み重なってきた。

今、一つの滑らかな球面となりかけていた世界は、疫病と戦火によって、今やその凹凸と境界を顕にしている。全てを繋ぐ網状の糸は、分断されていく世界を同期させるものとなって、今までにない程までに縺れ初めている。何が明らかなことで、何が秘密に満ちたものなのか、分からなくなっている。全てがシミュラークルになった、のではない。全てが情報の網の中で虚実の皮膜になったのだ。しかしながら私達の考える所によれば、この虚実の皮膜にこそ、真理はある。

そもそも真理とは、隠されていないことであり、顕であることであろう。しかし真理は、それを観ずる私達という存在の本質である有限性故に、その全貌を顕にすることは決してなく、常に隠れることを宿命とする。しかし隠れたものも又、その隠れに於いて、言うなれば幽けきものとして、私達の元に現れている。それ故に、物事の現れと隠れの襞の中に、真理はある。

私達の課題は、見通しの利かぬ凹凸を成す世界の嵐の今此処で、顕なるものと幽けきものを一つ一つ結び直し、そして真理の襞を開くことだ。その営みは、神道の言葉を用いるのであれば、森羅万象を生成し、成長させ、完成させる霊妙な働きの消息を−神道の奥義に従えば「むすひ」(産霊)を−見ることに他ならない。

普遍と特殊は、曲処に於いて、常に混じり合う。
普遍の道は特殊へと、特殊の道は普遍へと通じている。地球という球体はひと繋がりであるが、ひと繋がりであるが故にこそ、私達の生きるこの曲処こそが問題となるのだ。私達の特殊的世界たる日本は、日本列島という曲処の世界に於いて、その個性を以て現今の歴史的現実に面し、世界の歴史的世界形成の原理に資さねばならない。全知全能の神でもない限り、この世界を真上から俯瞰する者などいない。そして、蜘蛛の糸の如く広がる恢々たる情報の天網を俯瞰する者も又、誰一人としていないのである。人智を追い抜かんとする人工知能と雖も、世界の綾なす命運の行方は見通せぬであろう。

瞬間と永遠は、顕なものと幽けきものは、内在と超越は、この曲処に於いて互いに入り込み、重なり合いながらも絶対の懸隔を以って接している。
私達が悠久の時の流れを感じるのは、冬の終わりに梅の花の開くその瞬間、春の盛りに桜の花びらの舞い散るその瞬間である筈だ。日常のふとした一瞬の思念の中にも、数多の形を取る世界の総てが具せられている。韃靼海峡を渡る一匹の蝶のひと羽ばたきは遥か遠くへと響いて、南太平洋で暴れ狂う巨大なサイクロンを引き起こすのかも知れない。全ての物事は互いに無数の関係を持ち、互いに反映し合い、そして一体化しているのだ。仏教の古義に言う如く、一念の心は三千世間の諸法を具し、一即一切、一切即一の法界縁起は重々無尽であり、六大は無碍にして常に瑜伽である。それは、今此処に於いて箇々に摑み取られるrealityのrealizationそのものである。

「微顕闡幽」−あらわなるをほのかにし、かそけきをひらく−『易経』繋辞伝・下にあるこの言葉こそ、今世紀の趨勢を明らかにし、未来を切り開く指針に他ならないと私達は確信しています。

私達NPO法人Civil Collegeむすびらきは此処に、インターネットシンクタンク「闡幽 send you the (un)concealedness」を開設致します。

私達は、此処日本は京都から、世界をむすび、世界をひらき、その顕幽の実相をあなたに贈ります。

令和五年四月六日 大安・母倉日に
NPO法人Civil Collegeむすびらき
闡幽 send you the (un)concealedness主幹 山内雁琳 筆

(この文章はこれで終わりですが、NPO法人Civil Collegeむすびらきを応援してくださる方はご厚志賜りますと幸甚でございます。)

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