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弁当がおいしくなかったときに思うこと

同じメニューでも弁当にしたら残念だった!というお話。
66日ライティングマラソン。6日目、まだまだ雨。八代亜紀さん出てきそう。

ひさしぶりに昼ごはんの時間がせわしなく経つ予想があったので、食べたことのあったメニューの弁当があったからそれを選択しました。

自席でバタバタ仕事を片付けながら食べる昼ごはんはそっけないし不本意だけど、たまには仕方ないと思ってやったんですね。本当は食事はきちんと向き合って食べたいものです。でもいつもそうはいかないのが世の常。臨機応変にいかないと。

で、どうせなら食べたことのあるメニューだからいつもの昼満足をある程度は味わえると期待しました。

しかし、なんということでしょう(笑)。

皿の上にあるメニューを食べるのと弁当に詰めたものを食べるのとでは、味もメニューも同じなのに弁当の方が満足度がチョー低い!。なぜだ??? よし考えてみよう。

メニューが悪いのか

メニューはグラタンコロッケ、チキンの照り焼き。あとは付け合わせ総菜(インゲン煮物、ナス煮物)。いやはや遜色はなく、定食形態にしたとしても全く問題のでないメニュー。

味も普段食堂で食べているものと同じで、単体でもおいしい。だからメニューは悪くはない。

盛り付けが悪いのか

定食形態と弁当では見た目が異なる。ビジュ的に言えば定食形態の方が見た目はよいけど、弁当だって限られたスペースにきれいに盛り付けられている。省スペースの視点から見れば弁当の方が調和がとれた位置感がある、とでもいえるか。

したがって盛り付けが満足度低に関係しているとは言い難い。

じゃぁ何が悪かったのか

これを考えてるのは弁当を食べた後なんですね。そして今、その答えがわかりました。答えがわかってしまえば、それは当然! となってしまいます。

それは、

定食として作られたモノを弁当にしているから。

大切な人のご飯にと弁当を作るときって、弁当で食べるならではの工夫と弁当であるがゆえの料理的嗜好を考えて作っているはずです。だから弁当の小さな箱に収まった時はいっときの食への想いが形になっていますね。それをいただくわけですから満足度も高い。

けれど、今回の私みたいに「食べる機会」を仕事の都合とはいえおそろかにして「食の形態が便利な弁当」という形に変えただけの定食のメニューでは、到底食の満足度はあげることができなかったようです。

すごいなぁ。毎朝弁当作っている人たち。感服いたします。
自分も最後に食べた手作り弁当なんていつの話だろう、ってくらい久しく食べてませんが(笑)。

弁当は弁当であって定食ではない

これですね。これを忘れていたのです。
食べる行為は同じだから形態は気にしなくてもいいだろうとタカをくくってしまったため、少し残念な昼ご飯になってしまいました。

昼どきくらい仕事やめましょうね~、ほんま。きっちり食事に向きあってリセットし、後から頑張る方がはるかに効率がいいとわかっていても、やっちまう人多いんだろうな(笑)。

そんな人でも、ここで書いていることなんぞわかっているはず。

昼ご飯どき、少しでも多くの人が満足度が高い食事ができていますように。

さぁ、あしたはなに食べよかっかな(食べたのに今からかい!)

#66日ライラン #弁当 #定食 #生活


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