MSSPの表題曲から見る「君」の存在


14周年おめでとうございます!今年もお世話になりました。来年度もどうか健やかに元気で居てください。
 
 
 今年も何かを書こうと思い、考えていたのですが今回はタイトル通り MSSPの表題曲における「君」の存在について私なりの受け取り方をここに記しておこうかと思います。
 ※なお今回の表題曲はFBさん作曲のものから抜粋しております。ご了承くださいませ。きっくんさん作の曲も全部好きです。
 
 
 
 
 
 FBさんが手掛けた表題曲といえば
 「M.S.S Planet」「M.S.S Phantom」「M.S.S PiruPiruTUNE」「M.S.S Phantasia」「M.S.S Phaoenix」「M.S.S Panzer」「M.S.S Period」「COSMOS」「蒼翠炎雷」の8曲だと思います。
 
 今回触れていく「君」の存在が明確化され始めたのはおそらく「M.S.S Phantasia」でしょう。
 
 
 
 
 
 1stアルバムの表題曲である「M.S.S Planet」と「M.S.S Phantom」は大まかに 曲の持つメッセージや伝えたいこと 込められた意味は似た位置にあると思います。
 子供の頃はなんでもできた 何も気にせずに生きてられた だけど大人になり現実の厳しさを知り 色を失う。それでも確かにあの頃抱いた「子供心」を「厨二心」を忘れずに 大切に 「前を向いて」生きていきましょう。頑張りましょう。そんなMSSPの由来に準えつつも多くの人が感じている、もしくは思ったことがあるような「大人になる」現実の苦しさを優しく肯定して受け入れてくれる曲だと思います。 そう、この時の時点で表題曲は〝誰か〟に寄り添う 仄かな光や 優しさを携えたものであったのです。
 ここで言う「誰か」はおそらくまだ 世界中の「誰か」を指している そんな印象を受けました。
 
 
 
 
  次に、初のチップチューンアルバムとしてリリースされたCDの表題曲「M.S.S PiruPiruTUNE」では このnoteで触れる「君」の前段階が記されている……と、個人的には思っています。
 
 M.S.S PiruPiruTUNEでは曲自体のストーリーとしてはチップチューンアルバムの表題曲という背景も相まって「君」が「昔遊んだゲームソフト」に出てくる「僕」こと色褪せた勇者が時間の経過と共に役割を失い、忘れ去られつつも「君」を想う曲に仕上がっていますが、この曲から少しずつ君と僕の立場や関係性について描かれることが増えたと思います。
 
 

 
 

 そしてやってきた「M.S.S Phantasia」



 この曲がFBさんにとってはとても難産で悩みに悩み 本人の主義や信念を曲げて作られた話はあまりにも有名ですが、この曲で語られる「君」は明らかに私達「ファン」を指しているのは言うまでもない事実でしょう。
 
 
 



 世界が暗闇に包まれたなら
 君を連れていくよ 輝きの中へ
 十億百億千億の闇を
 飛び越えていくその光となれ
 
 迷わず進むよ 最果てのPhantary
 君が望むのなら全てを超えて
 十億百億千億の闇を
 照らす光となれ 君の為に

M.S.S Phantasia



 
 
 まさに 武道館というステージまで私達を連れて行ってくれた「M.S.S Phantasia」どこまでも優しくて あたたかくて キラキラしていて FBさんの好きなテイストとは程遠い それでも この曲を世に出してくれたことが最高のファンサービスだったのだと強く実感しました。
 
 である「MSSP」は私たちファンである「君」が望むなら何処までも寄り添っていく すごく美しいFBさんの愛情のようなものを感じ取れる一曲。
そしてここから私達ファンである「君」とMSSPである「僕」の数年間に渡る対話が始まります。
 
 
 
 
 

「M.S.S Phaoenix」


 
 


「僕らはいつまでも 信じているから」
 「僕らはいつでも 一緒に居るから」
 「君の力を見せて」



 
 
 PEFツアーでお披露目された表題曲。厳かなイントロから始まり空を飛び回るようなギターソロ。アウトロのロマンチックかつ火が消えるような静かな終わり方。どれもが力強い 個人的に大好きな表題曲です。
 
 不死鳥の名前を冠し、FBさんが「eternal」を込めたこの曲。ベストアルバムという形でリリースされたことと不死鳥という生物の生態を合わせて どこか過去曲のエッセンスを感じますが、同時に大きなパワーの込められた応援歌に仕上がっていますよね。
 
 どんな絶望的な状況でも どんな運命でも 全てを解き放つ勝利の羽衣 君にもある 僕たちが付いているよ
 
 『君と一緒に僕は居る』
 
 
 


 

「M.S.S Panzer」



 


 
 「闘う為生きるのではなく 君を想い願え」
 「最高の弾丸は 君が持つ M.S.S Panzer」
「僕は此処で会った 君を守る意味を」
 


 
 
 こちらはPUFツアーでお披露目された表題曲。昨年のPhoenixとは違い、ツアーイメージに踏襲された戦闘を思わせる歌詞をふんだんに使いながらも、意外と抽象的だったり比喩が含まれている面白い曲ですよね。メロディがめちゃくちゃカッコいいのも良い。
 
 素直にストーリー的な読み方も出来るのですが、どちらかと言えば前半の2曲に近い印象を受けました。面白みのない世界 永遠なんてないいつか死んでしまうであろう肉体を持つ人間が生きていく上で大切なことを謳う、そんな印象でしょうか。目の前にある事実だけではなくその先の「未来」を見据えよう 個人的にはそういった応援歌のような感覚がしました
 
 最後の「僕は此処で会った」からの歌詞は 見据えるべき未来を共にしたい「君」と出会ったこと そして君にとっての最高の弾丸が「M.S.S Panzer」であることが呼応してて良い
 
 
 
 

 

 「M.S.S Period」





 「何時か君に伝えたくて  走る僕は全力だった」
 「何時か君に伝えたくて 何もかもを投げ出す僕は 光を目指し歩み続ける」
 「ピリオドを超えてこれから先で 待っているよ君を」
 


 
 
 
 PNP あえて書くと「period the next phase」
 この曲に関しては過去にnoteで結構触れてるので記事の引用をさせて頂きます。
 
 
 https://note.com/notchto_ko7/n/nd9bac60088be

 https://note.com/notchto_ko7/n/nf92780632bd4


 
 この曲はいろんな見方ができるのですが、2020年に行われたこの冬ツアーは2019年9月9日に10周年を迎えたMSSPにとって10周年後初のツアーであり、
 初の「音楽のみ」ツアーに挑戦した革新的なものでした。発表された当時は本人達も何処か緊張した様子だったのはよく覚えています。しかもZeppツアーというところがミソで 音楽やります 本気で! そんな気持ちが伝わってきました。
 
 後のコロナウイルスでの中止 事務所からの独立等の流れもあり 披露された機会は少ないですが何かと考えしまうのがperiodという曲だなぁと思います。
 「独立を決めたのは割と最近」と語られていたこともあり、全てが全て過去のnoteで書いた通りだとは思わないですが、この曲はそんな未来を暗示するような不思議な雰囲気が確かに存在してします。
 
 今ではすっかり音楽のみツアーが当たり前になり それって凄いことだなぁとしみじみ
 
 この歌詞における「僕」と「君」は同一人物である僕の過去と未来……と読み解くのがMVを見た時に自然ではあるのですが 最後の
 
 「ピリオドを超えた先にあるんだ
 闇も光も飲み込む全て
 ピリオドを超えてこれから先で
 待っているよ 君を」

 
 という部分は明確に「私たち」に向けられていると感じました。次の段階に進む僕たちが心配だろうけど大丈夫 その先で待っているよ そうやって手を差し伸べてくれて居る感覚がします。
 
 
 

 
 此処までの表題曲における「僕と君」をざっくり整理しますと
 
 Phantasiaでは「君」を連れていく
 Phoenixでは「君」と一緒に居る
 Panzerでは「君」を護る
 Periodでは「君」を待つ
 
 
 夢の舞台へ輝きの中へ連れて行き、そこで一緒に生き、時には護り、そして次の世界に誘ってくれる……僕であるMSSPは常に君である私達に素晴らしい体験を与えてくれる一緒に走ってくれる存在 「君」よりも先の道を走っている そんなイメージがありました。
 
 
 
 
 

「COSMOS」


 
 


「COSMOS 最後の灯を僕はその目で観たい 例え死出の旅でも」
「時は巻き戻りはしない だから一瞬の瞬きに映った キミを手放さない」
「無限大の宇宙を超えて」
 


 
 
 
 
 THE ORIGIN という単語を提げてやってきた「P」の縛りから解き放たれた この楽曲。
 今 もし良かったら手元に歌詞カードがあれば先程あげたこれまでの表題曲と歌詞を見比べてみて下さい。
 
 COSMOSという曲に綴られる歌詞は今まで普遍的に存在していた「光」や「灯」といった世界を照らす言葉の数々に疑いを持つ 終始後ろ向きで懐疑的な歌詞から始まります。音作りとしても信念を曲げて作ったPhantasia辺りと比べるとまず 難しい 印象的なメロディがありながらも全体的に重い雰囲気から一般ウケするような構成ではないことが察するに余りあります
 
 原点回帰を掲げたツアーでFBさんらしい FBさんの世界観をそのまま写したような重厚な曲調 良い意味で取っ付きにくい 真の意味での原点回帰 そんなこだわりが感じられました。
 
 この曲における「君」は一貫して「キミ」とカタカナ表記。以前こちらのnoteでもお話ししましたが(https://note.com/notchto_ko7/n/n09c565271006)FBさんは歌詞カードの漢字の使い方は結構こだわりがあるんじゃないかなぁと思っていまして 他の表題曲ではない「キミ」という表現。
 
 なんとなく カタカナの「キミ」からは 個人としてより集合体としての「キミ」を思わせるドライな印象があり、これまでの寄り添うような歌詞ではないのが非常に味わい深いです。もっと簡単に言えば「篩にかけている」ような気がしました。
 
 
 独立後初ツアーで引っ提げた表題曲。もっと明るいものでも良かったはず。それでもFBさんは、MSSPは問いかけます。
 子供の頃はなんでもできた 何も気にせずに生きてられた だけど大人になり現実の厳しさを知った。今この現実。独立してまだ全てが整ったわけじゃない
 
 「流転」という言葉は仏教用語で生死・因果が輪廻して、きわまりがないこと。ひとつの状態にとどまらず、移り変わって行くことを指します。目まぐるしく変化した怒涛の一年。「〜か」と終始問いかけるような口ぶりで綴られていく歌詞は後半にいくにつれて「〜しない」と言い着られるようになり、最後には「応えろ」と呼びかけられる。
 
 不安を内包する歌詞の中に 例え「死出の旅」の旅でも「この目で見たい」終わりの瞬間まで腕を伸ばし続ける。そんな覚悟を感じさせます。だからこそ問われます。
 
「キミは知って 立ち止まるのか 走り去るのか」
「キミは知って 立ち向かうのか 崩れ去るのか」

 
 
 そう、私達に「キミは一緒に来るのか」と。
 先を走って共に歩いてくれた4人から。
 
 
 でも、FBさんにとって何よりも広大で、御しきれない存在でもある宇宙を「超えて」いくのだと宣言するように締め括られ、手を取ってくれるのなら「キミ」を手放さない。後悔させない。そんな強いメッセージ性が込められているように思いました。
 零を狂わせて 壱を破壊して フラットになった「君」と「僕」 横並びになった今 「キミ」はどうする?と隣から手を差し出すような一曲がCOSMOSなのだ、と。
 
 

 
 

「蒼翠炎雷」





「煌めく季節が 流れゆく ねぇ 僕はそこに居るかな?」
「血だらけ手の平で 絶望を握りしめ 何処までも進んだ可憐に」
「時を超えても色褪せぬ 永遠を走る君は」
「蒼翠炎雷 燦然と 照らせ照らせ 全てを照らせ」
「出づる日の先 歩みは進む 天下無双の声よ 届け」





 
 
 そして 最新ツアー「蒼翠炎雷」この曲における「君」の扱いは過去の表題曲と比較すると非常に新しい描かれ方をしています。
 蒼翠炎雷で語られる「君」は 諸行無常の流れに添いながらも永遠に走り、涙を見せず、絶望を握り締めながらも「可憐に」つよく生きるひと。
 
 そんな君に「長い時間が経っても 僕は君の隣に居られるだろうか?」と尋ねる僕。クエスチョンマークが歌詞に入っているのも結構珍しくて 言い切る形ではないのが柔らかさを残しているな、と感じさせます。
 
 現在と書いて「いま」も読ませるのも尚更此処までの道のりや軌跡を意識させる構成になっていて、同時にこの曲はPhantasia以来の「僕」であるMSSPを表す言葉蒼翠炎雷という「4色」が使われているのも面白い。4人からのメッセージという側面が大きいのかな?なんで想像しました。
 
 メロディとしても静かで少し切ないノスタルジックに懐古するようなAメロからBメロで落ち、そこからサビでパッと色彩が溢れるような鮮やかさが広がる感覚がすごく綺麗で、しっとり聞き入ってしまいますよね。そして4人分のソロがあり アウトロでは希望に満ちたバックの音色と共に祈りが捧げられる。決して言い切る訳でもなく あくまでも祈りと言う形で締め括られる蒼翠炎雷。
 
 
 
 
 此処まで順を追って「君」は私達ファンであることに対して触れてきましたが、積み上げてきたMSSPと私達という決まったカタチは「COSMOS」で一度白紙に戻り、改めて「君」にこれからの「僕」との歩み方を問いかけた。 その次の曲で語られる私達は すごく逞しくて 眩しくて 美しいんです。

 
 4人に手を引かれていた私達が今では「永遠を走る存在」であり、涙を流さずに逆境にも立ち向かう「君」として描かれている。時間は巻き戻らないと定義されたFBさんの世界の中で「色褪せない」とされるファンたちの輝き。
 

 そんな君に呼応するように君が暗闇に落ちた時は「全てを照らす」光になり、大きな光の眩しさで道の先が見えなくとも歩みは進む。自身たちを鼓舞するような「天下無双の声」という表現に対して「届け」と祈りを捧げる。移り変わる季節に、諸行無常に嘆かない。巻き戻らない世界の中で 絶対が無いと知っているのに、ファンたちのことを永遠だと歌ってくれたのは、
 
 

 

 4人からの「賛辞」なのではないか。


 
 

 
 永遠を信じない人が 私たちに永遠の称号を与えてくれたのは何故か それはこの瞬間まで走り続けたファンたちへの感謝であり、かつて「eternal」に祈りを込めた彼の新たな願いでもある。 そうやって受け取りました。
 
 Phantasiaで光の元へ連れて行ってくれたMSSP。今度は走り続ける私達が「応援」という形で彼らを新たな光の元にまで届けるため走り抜ける時なんだ。その道は「全てを照らしてくれる」のだから。
 
 
 
 


 
 M.S.S Project 14周年おめでとうございます!来年はついに15周年の大台ですね!今年度も全力で一緒に走り続けさせて下さい。
 
 
 宇宙を翔ける彼らに 天照の加護があらんことを!

 
 
 

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