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霊感ではなくビョーキです(2)

好意への嫌悪

 「何がダメでしたか」
 
 長期間、といってもたかだか1週間そこらだとは思うのだけれど、スマホを見ていなかった期間がある。久しぶりにlineを開いてみたら、アイコン未登録のアカウントに友達追加されており、その一言が送られてきていた。

 東京から戻ってから、告白を保留としていた相手を無言でブロックしていた。
 何がダメでしたか、という問いに対し答えようと思い書き出してみたら14個も嫌だったところが出てきて、それって多分言ったら「全部治す!」とか言ってくるんだろうけれど、全部治したらそれってもうお前じゃないじゃん、テセウスの船的なアレじゃんね。
 
 相手が全部治すのを待つよりは、このダメな14点がない異性を探した方が遥かに早いと思ってしまう。万一治してもらったとしてもビフォーを知っている以上、多分好きにはならない。多分一生ビフォーの顔がチラつくと思う。
 まず顔が嫌だって理由があるの超終わってんな。
 こういうの書いていて、性格終わってんなと思われると思う。
 そう、終わっている。
 なのに好かれるというのがおかしいと思いませんか。

 これだけ性格が悪く高慢であり攻撃的である人間を「好きだ」と言う人間がいるということにもう耐え難い。
 絶対に何かの勘違いですよと説いてさしあげたい。
 多分この内面に気付いていないのだろうなとは思う。
 じゃあ内面を知らずに好きってなんだよと思う。
 
 告白をされたこと自体が不快で会ったのだけれど、告白をされる前からずっと何か誤解をされている気がすると思いながらその好意に鈍いフリをし続けていた。
 一生、噛み合わない返事をし続けていた。
 今後自分がこの人を好きになることは一切ないだろうと分かり切っていたので、できれば告白だなんてそんなことはしないでほしいと願っていたのだけれど、されてしまった。
 人を困らせて何か楽しいですかと思ってしまった。
 それで「東京から帰ったらお返事しますね」と言って、実際よりはるかに早めに東京へ行ったフリをし、めちゃくちゃ東京に滞在しているフリをし、「旅行中にlineしてくる人ってちょっと非常識だと思ってしまう」ということを伝えた上で相手から連絡がない隙にブロックをしていた。

 それがバレたようだった。
 「何がダメでしたか」
 何が……。
 しいて言うのなら、そういうところだよとしか言いようがない。
 治らないでしょ、って思う。
 何が悪いか分かっていないんでしょ。実際、悪くはないのかもしれない。そういうのが好きって人もそれなりにいると思う。でも、私はこの先どれだけ相手の人柄を知ったとて好きにはならないだろうなと、「合わない人種だな」と先に気付いてしまったってだけなので。

 今後この人に時間やお金を使うことを嫌だと、一度会っただけで思ってしまった。会いに行くための交通費とか、自分の分のカフェ代とか。天気のいい日に苦手な都会へ出かけてカフェでおしゃべりだけで半日も潰すだなんてそんなの耐えられない。
 それを伝えたら改善してくれたかもしれない。
 でも、同じくらいの年月を生きてきた人間なら伝えるまでもなくできる人の方が多いと思う。
 おまえは人を選べる立場じゃないとか高望みしていたら行き遅れるとかさんざ周りには言われてきたものの、でもこの人と一緒になったって幸せじゃないしなと思えば、捨てアカウントの方も無言でブロックしてしまえた。

 


ダメドミノ

無職になった

 6月に入ってまだ1度も出勤していなかったのに仕事を辞めた。
 4日、出勤前に自室で着替えを済ませてシフト表を確認したら、苦手な人たちとシフトが被っており、尚且つ一番苦手な持ち場に自身の名前が入っていた。
 前回の出勤の際、社員から意図の分からない注意を受け「噛み合わないな」ということにストレスを感じていたのもある。
 遡れば幾つも躓きポイントはあった上で、その都度騙し騙し自分の機嫌を取りながら1年が経とうとしていた。
 もうムリ、と思った。
 電気のついていない自室で、メイクをしようかしまいか迷って、いつもならカラコンを入れてメイクをしてしまえばもう行くしかないとなるところなのだけれど、筆すら持てなかった。そもそも日焼け止めにすら手が伸びなかった。
 行けないと思った。
 社員を一通りブロックしてからグループラインを無言で退会し、電話も着信拒否にしてから一方的に退職の旨をお伝えした。

 それで、まだ16時だった。
 夕方だ。何しよ。
 急になくなった仕事に戸惑いながら、えー、これからどうやって日々を過ごそうねと思いながら、とりあえず友人に「水族館辞めたわ」と連絡をした。夕飯食べに行こと思って実家に向かうことにして、それで実家に行くなら何かついでにどこか寄ったりとか……と考えようとしたら、頭が回らなかった。
 突然の自由で、突然の真っ白だった。


 自傷が増えて、それをカバーするためのタトゥーが増えて、ピアスも増えた。愚痴が増えて、整形とかもしちゃって。
 精神疾患からの社会復帰を遂げて成功体験とし自信に繋げよう!と思っていたのもつかの間、怒涛の自己嫌悪と他者嫌悪に苛まれ何もできない、こんなこともできない、上手くやれない、昔からそう……とどんどん気分が落ち込んでいき、通院ペースが上がっていた。
 
 「これといって決定的なことがあったわけではないのだけれど積み重ねである日突然もうムリってなってしまったんだよね」と言おうと思ったけれど、いや決定的なことあるな。
 決定的なことの積み重ねで精神を摩耗し続けた後、身体的にも差し支えるようなことまで起こり、私の気持ちの問題ではなく現実問題どの角度から見ても就労が不可能となってしまった。
 決定的なことの積み重ねってもう最悪。
 
 名古屋港水族館で働いていた。
 港で働くことが決定し、持ち場が水族館となった時にはもう嬉しくって当時好きだった異性に就職した!と真っ先に連絡をするくらいぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいたのだけれど。
 特に目当ての生き物のフロアが持ち場になった時には毎日会える!と幸福を噛み締めまくっていたのだけれど。
 なんで水族館って人間がいるんでしょうね。気に食わない。
 百歩譲っていてもいいよ人間。
 でもなんで人間と喋らなきゃいけないんでしょうね。きっしょく悪い。
 

 水族館内での嫌がらせが原因だったため、担当区域を名古屋港から外してもらえば済む話ではあったのだけれど、別に仕事が好きで働いていたわけではないし。どうせ人間いるんだろどこに行っても。

 

路上エンスト

 そもそも、メンタル不調が続いていた。
 そのメンタル不調さえ乗り切ることができれば仕事も辞めなかったのかもしれないけれど、仕事の愚痴を聞いてもらいたいだけなのに「じゃあ辞めれば?」しか言わない家族、昨年の夏おまえが原因で不調となったのに面倒になってサッサと逃げた元好きぴ、元々面倒な性格と知っているため一定の距離を置いてくる友人たち。

 メンタルが今大打撃受けてて、励まして、なんて言っても面倒がられることがこちらとしても分かっているものだからそんなことは言えないし。遊んでもらったり楽しい時間を提供してもらっているにも関わらず元気が回復しないということに申し訳なさを感じて空元気を演じた後にひとりになった時に「それなのにまだ落ち込んでいることを察されてはならない」とさらに追い詰められたり。

 GWに休ませてもらえなかったこと、GWの勤務時間中に嫌がらせが原因で熱中症になったこと、文フリの直前に文化系トークラジオlifeで依頼も許可もしていないのに勝手に取り上げられていたこと、文フリ後にもそれを引き摺ったこと、元婚姻相手の命日があったこと、復職後も社員と会話がかみ合わなかったこと。

 立て続けに起こった嫌なことに、心身が追い付かなくなっていた。
 忘れ物が増えていた。
 原付に鍵をさしっぱなしで部屋に入っていたり。部屋もドアにカギをさしっぱなしで施錠もせずに眠っていたり。外出時にスマホを忘れているのもしょっちゅうで、アレもないコレもないと常時気付き次第部屋に戻ったり出先で購入したりとしていた。
 なんとなく、その不注意を誰にも悟られてはならないと思った。それらを隠しながら何事もないかのように日常を回さねばならないと思っていた。

 最初に露呈したのは、実家からの帰り道の路上エンストだった。
 この日も実家に着くまでにだいぶアレコレと忘れ物だとか不注意があったのだけれど、それを親にバレるとしっかりしなさいよとか不用心でしょとか自分だって分かっていることを言語化されてしまうのが嫌で、「ちょっとぼんやりしている状態」という不調を伝えずに過ごした。
 それで、帰り道に実家からアパートまでの丁度真ん中くらいの場所で突然原付がゆっくりと減速していって停まった。

 元々その日は目の前で車が急に左折だとか追い抜いてきて減速だとか、そういったことが多くギアを上手く使うこともできないままクラッチをぎゅっと握りしめて走っていた。急な減速の後にまた走り始める時、とろとろとしてなかなか加速できない原付に乗っている。
 なので、またギア変え損ねたなあなんて思っていたら、そのまんまエンジンが止まってしまった。
 止まりそうと思った時に右ハンドルを手前に何度も引いたが少しも加速することもなく、減速を止めることもなく。
 慌てて路肩に停めてNにギアを入れてからキックを何度もしたのだけれどかからない。今更キックの仕方が悪いだとかそんな訳でもないだろうしと戸惑いながら、実家に電話を入れた。

 そもそも、今の原付に買い替えたのが2ヶ月前で。前の原付も走行中に突然エンストしてそのまんま使えなくなった。まだ最近の出来事だったものだから、またかという焦りで電話をかけてしまった。
 ファミリーマートの駐輪場に停めていたのでそれを伝えたらすぐそっち行くからと言われた。そのファミリーマートの真向かいに地下鉄の駅があって、最悪これに乗れば帰れるなとか、福祉パス持ってるから無料で乗れるしなとか思ったのだけれど。
 今ここに原付を放置しても次の日の自分が困るだけだしな。

 時間が時間なので2りんかんも原付を買ったガレージも開いておらず、途方に暮れながら「ガソスタ近いな」と思い出した。
 ギャルをしている友人が、免許は持っていないものの自動車の整備などをちょちょいとこなしていた。彼女曰くガソスタで働いていてお客さんの車直す時があったから~とのことで。それをふと思い出した。
 たまにメンテや修理が併設されているところもあるし……とその可能性に賭けることにした。
 ガソスタに移動する、と親に連絡を入れて原付を押して10分ほどのガソスタへと入った。
 
 歩いている途中でふと、ガス欠ではという可能性が頭を過ぎった。
 エイプは大体300キロでガス欠するという予備知識の元、普段150キロで給油するように心がけている。今回もまだ150キロ走っていなくって、でもそろそろ念のため入れておくかと思っていた直後のことだった。
 一応ガソリンコックの説明は購入時にされていたのでそこをグルンと回してからまた押して歩いた。
 到着してからガソリンコックつかえたかなと思ってキックをしたもののびくともしない。
 給油口を開けてみるとパッと見空。
 給油を始めてみるとなかなか満タンにならず、ようやく終わったと思って画面を見たら5L以上給油されていた。容量6Lなのに。
 その場でもう一度キックをしてみたら、あっさりとエンジンがかかった。

 親にエンジンかかった、ガス欠だった、と連絡を入れた。
 もうアパートに向かってしまっていたようだったので、私もアパートに向かうことにした。
 それで階下の駐輪場に原付を停めてから疲れてしまって「甘いものが食べたい」とこぼしたところ、どっかコンビニに車で行こうと言ってもらえた。39円引きのクーポンを2枚持っていたので使いたかったのでローソンを選んだ。

 ローソンでスイーツを2個買ったらまたクーポンが2枚もらえた。
 部屋に戻ってそれを食べたら少しだけホッとした。
 

知多エレベーター

 土曜から好きなハンドメイド作家の方が知多で個展を開くことを割と直前に知り、割と直前に親を誘おうと思い立った。普段土曜は何かしらの予定が入っているようで誘っても断られるのだけれど、午前中ならいいよとOKをもらえたので母とふたりで知多まで行った。
 この日の前日に履歴書を書き上げていたので、土曜でもやっている郵便局までまず履歴書を出しに行った。速達が400円もするだなんて初めて知った。それで親が郵便局の駐車場で車を回している間に、目の前にあるパン屋へ行ってどういうテンションなのか謎にパンを買い込んだ。母親があまり炭水化物を食べないことを知っており多分断られると分かっていながら何故か買い込んだ。
 それを食べながら知多へ向かった。

 午前のうちに現地に着き、目当てのブローチを購入できて少し機嫌が良くなった。元々そこまで行くならあそこの大きいペットショップも行こうよと母が言ってくれていたので、山道を通り抜けて田舎の大きめのショッピングモールへと行った。古い構造のモールで半地下の駐車場はひんやりとしていた。
 建物の中に入って、エレベーターでしか上に行けないのだけれど、人が2人エレベーターに入って行くのが見えたので、扉が閉まるのを確認してからボタンを押した。
 押したら、目の前で扉が開いた。あ、しまった、上行く前に押しちゃったか。と気まずく思ったのだけれど、エレベーターの中は空だった。
 母に「人、乗ってなかったっけ」と聞いたら「乗ってった」と母も言った。
 え、じゃああの人たちどこ行ったの。
 上に行って下に戻ってくるような時間はなかった。
 扉が閉まってすぐにボタンを押して、ボタンを押してすぐに扉が開いたのだ。
 エレベーターの向こうに非常階段があるわけでもない。もうひとつエレベーターがあるわけでもない。
 じゃあ、何、さっきの。

 たまにあるのだ。
 夜ツーの時なんて特に私はそういった見間違いなのか幻視なのかカリギュラなのか分からないものに怯えているのだけれど、夜ツーでなくとも日常的に足元に犬が座っているのが視えていたり、恐らく意識に問題があるのだろう、ふと気付いたら違う場所にいたり。
 そういったことが日常的にポツポツと起こる。
 多分意識なんだろうなあとか、過剰なストレスを感じているのだろうなあとか、元々ぼんやりな性格でもあるしなあとか。
 てんかんの専門医にも精神科医にも相談をしているのだけれど、「幻視というのは怖いものであったり自身に危害を加えてこようとしたり攻撃性があり被害妄想を駆り立てるものであるので」と、私に見えているものはそれにあたらないと言われている。
 じゃあ、じゃあ何?
 霊能力だとかサイキックとでも?
 母親と同時に見るということはもう、私の精神の問題ではないと?
 帰りもまたエレベーターに乗って駐車場へ降りたのだけれど、駐車場に着くまでちょっとだけ身構えてしまった。
 匣に入るのって怖くないですか、普通に。

 

プキュー

 それからも不注意の連続で、ずっとぼんやりしていたのだと思う。体に力が入らず、頭がロクに回らず、ロクに回らないくせしてネガティブなことばかりが思い立っては嫌な気持ちになって長時間眠り続け、起きてから実家へと向かう。その短調な生活の中で何かやらなきゃなあと、誰にせかされた訳でも責められた訳でもないのに、私だけが何もしていないことに対する罪悪感や劣等感や焦燥感ばかりが浮かんできて、けれども実際には何もできなかった。
 体調が万全ではないし、というのが一番強い。
 ぼんやりとした状態の中、うっすらとした体調不良が続行していた。

 それと、この日はペットの餌を買いに行ったホームセンターで、体の痛みから気分が悪くなり座り込んでしまっていた。吐き気を催すほどの痛みをあまり経験したことがない、というか今まで痛みと吐き気が連動することがあまりなかった。だから立ち上がれない、帰れない、という状況になって目も頭もグルグルとしながら、誰かに見付かって大丈夫ですかと駆け寄られてはならないと思い、ベンチまで這うように移動してそこに座った。
 でも蹲りたかった。体を丸めてジッとしていたいほどの痛みだった。
 
 それが治まってから実家へと移動し、実家で夕飯を食べてアパートへと戻ることにした。
 最近はうっかりが多すぎるため、鍵やミンティアやスマホはすべてリュックの外ポケットに入れると決めていたのだけれど、この日はうっかりでそれすらしなかった気がする。
 原付で帰宅している途中、何か音が後方でして、「何か落としたかな」と不安になった。そもそも私、鍵とかスマホどこに入れたっけと急に不安になってきた。
 普段使っているサンタクルーズのジャケットはポケットにファスナーがついているのでなんでもポンポン入れてファスナーをしめているのだけれど、そのジャケットを洗濯機に放り込んだっきり放置してしまっており、今、収納性のある上着をひとつも持っていない状態だった。
 何か落としたかと思った。
 その直後に「プキュー」と何かが潰れるような鳴き声が聞こえた。
 なんだなんだ、と思った。
 何か踏んだか、轢いたか。それかまた原付の不調だろうか。

 そう不安になりながらも急いで帰宅し部屋の前に行ったところで、部屋の鍵がないことに気が付いた。リュックの外ポケットにもない。たまに適当に放り込んでしまっているリュックの内部にもない。
 親に慌てて電話をして、玄関かガレージにないか確認をしたのだけれどその時点でスマホの充電が10%。充電ないから連絡最小限にしてとお願いして電話を切った。
 さっきの場所だなとは思った。
 プキューって音がした場所。

 玄関にもガレージにもないからとりあえず合いかぎを持ってそちらに行くと連絡が来て、それから20分近くアパートの階下で原付に跨ったまま親を待った。
 合い鍵をもらってから「もう一度部屋に入ってよく探してみて」と言われたのだけれど、それは待っている20分の間にやっているし、もう実家にないのなら落としてきたことが確定なのだ。
 早く回収をしたかった。車に轢かれて他の場所に移動していると困る。人に拾われて交番に届けるのを後回しにされていても困るし。
 すぐ拾いに行きたいからとそれを断ったら、心当たりがあるのか聞かれてどうするのと言われたのだけれど、もう実家付近まで戻ってもう一度同じ道を走るしかない。どうするのもクソもない。一晩経てば場所が移動してしまうし、轢かれてしまえば鍵が変形する。
 
 親がスマホのバッテリー持っているかとか充電してとか色々言いながら「じゃあ私はこちらからあちらに向かって歩くから」とか言ってくれたのだけれど、もう酒を飲んでいるようで会話に要領を得ない。その要領を得なさで部屋と階下の往復があったりとだいぶイラついた。
 そもそも日中に具合が悪くなっている。具合の悪さでぼんやりとしているのもあるし。具合が悪い中20分以上部屋の外で待っていたのもあるし。すべて自分のせいではあるにしろ、余裕のなさと具合の悪さくらい考慮してほしいと思いながら、結局会話も途中で切り上げて原付で来た道を一気に走って行った。

 実家からアパートまでは大通りが3つある。
 その2つめの大通りで落としたということだけは覚えていた。
 この大通りにはうっすらと嫌なポイントが幾つもあって、路駐が多く追い抜きをしなければいけない箇所、アップダウンの激しい坂道、左側の舗装がされておらず中央を走らないとコケる箇所、大きな交差点、その先で連続するカーブ。
 それらのどこでもないということだけは覚えていた。
 本当に何でもない箇所でプキューという音を聞いた。
 どこだっけ。
 多分、全部過ぎてからだった気がする。だから限りなくアパート寄りの方だと思った。

 2つめの大通りの端まで原付で行ってからUターンし、アパートまでの道を走って行く。苦手エリアに関しては絶対に違うと分かっていたのでそこはだいぶ飛ばして行く。ただ、ずっと視線は左下にしながら走り続けた。
 雑草とか石とかコンクリの割れ目とかが暗い中見えるくらいだ。
 実際鍵があってもパッと気付けるかなという不安とか、左側から移動していたら探せないなとか、ど真ん中まで移動していたら取りに行くのも辛いなとか。
 そんな不安を抱えながら嫌なポイントをすべて通過しきって。そうするともう3つめの大通りまでそう距離がなくなってくる。本当にあるだろうか、という不安がよぎり始めた頃、ハッと視界が良好になったタイミングで落ちている鍵が見えた。
 すぐに左折をし歩道に原付を置いた状態で道を引き返す。
 見間違いだったかもとか気のせいだったかもと徒歩で引き返していたら、排水溝のちょっと横にちゃんと鍵が落ちていた。
 それを拾ってから親に電話をかけた。
 歩道に原付を停めてしまっていたのでそれを動かすのが大変で、狭い歩道で小回りが利かない原付の角度をちまちま変えながら肩と頬にスマホをはさんで電話をする。それも又不器用なのでどちらも上手くできずに苛立ってしまった。

 場所は?と聞かれ見渡すと、先日エンストした場所と同じ小さな交差点だった。
 また前回と同じファミリーマートまで行って親と落ち合う。
 今日までだというファミマの麺類の割引券をもらったので、別れてからファミマへ行くことにした。お腹空いたし。
 ちゃんと食べないと本当にそろそろマズいな、と思った。
 ファミマの駐輪場に停めてもらったクーポンを取り出していたら、なくしたと思っていたローソンのスイーツ割引券が一緒に出てきた。
 それも期日が今日までだった。
 じゃあローソン先に行かなきゃと思ってまた原付をキックしてきた道を引き返す。落ち着きのなさと計画性のなさが、誰に責められている訳でもないのに責められている気がして身構える。親にバレたら。とか思う。
 もう親も「そういうの分かってるからいちいち言わないでほしい」と再三伝えてあるし、精神疾患になってからはこちらが癇癪持ちであるものだから言わない方がいいことにさすがに気付いてくれているのだけれど。それでもたまに度が過ぎると言ってくることがあるので。
 ちゃんとしなきゃとか、絶対に忘れ物をしてはいけないとか、幼少期に刷り込まれた物凄いプレッシャーは今でも消えないくせに、今でも幼少期同様にうまくやれない。

 成長がない、というよりも、「今だから」できない気がする。
 今の自分がおかしい気がする。
 と、5月からの自身を顧みて思った。
 もう多分限界なのだろうなと思った。ご飯をたくさん食べてもどれだけ眠ってもサプリや薬を飲んでも良くならない調子で。このまま働き続けるとか多分ムリだろうな、でもまた長期で休むのもダメなんだろうな。
 ローソンは期限の近いスイーツが半額になっていて、それもクーポン対象だったのでスイーツ2つが300円で買えてしまった。その後ファミマで焼うどんを購入して帰宅し、無心でそれらを貪った。
 シャワーを浴びてベッドで横になってダラダラとスマホを触りながら、15分刻みのリマインダーを1ヶ月以上設定していないことに気付き、しなきゃいけないのにな、と思った。

 この翌日に、化粧ができなくって仕事を辞めた。


 

I'm special

 翌日、実家へ行こうと部屋を出て階下へ降りた際、原付の鍵を忘れたことに気が付いた。玄関の靴箱の上に香水瓶を並べていて、そこにカギだとか手袋だとか出かけに必要なものを置いているのだけれど、たまに猫が上ってアレコレ落として遊んでいることがある。
 それでそこにないと私も気付かず出かけてしまうことが多々ある。
 原付の鍵がないと出かけられないものだからすぐに部屋まで戻ったのだけれど、ドアに部屋の鍵を差し込んだ際、鍵を右にも左にも回すことができなかった。動かない。
 え、え、と思いながら鍵を改めて見てみると、昨晩だいぶ車に轢かれていたようで持ち手の部分もボロボロに剥がれてしまっていた。
 昨晩部屋に戻った際は開くことができたし、先ほど出かける際も閉めることができたのだけれど、どうやらどこか欠けたか曲がったかしたようで、使い物にならなくなってしまった。

 原付の鍵が手に入らなかったため、仕方がなしに徒歩で地下鉄駅まで向かうことにした。
 地下鉄の最寄り駅は二つある。二つの駅と三角形を結ぶことができる位置に住んでいる。どちらの駅を選んでも、徒歩30分以上かかるような不便な立地である。
 イヤホンで音楽を聴きながら歩き始めてすぐ、暑いなと思った。
 夏服をろくに持っていない。
 そもそも服をろくに持っていない。
 この一年は職場がユニフォーム制だったものだから私服を持っている必要が一切なかったし。
 それで中途半端に分厚いパーカーを羽織って出たものだから暑くて暑くて、途中自販機で飲み物を買ったのだけれど。
 本当に暑さで参っている時は飲み物も喉を通らなくなるもので、徐々に体力の限界を感じるにつれて飲み物すら受け付けなくなっていった。

 地下鉄に乗れば涼しいだろうと思っていたものの、地下鉄内もそう空調は効いていなかった。
 隅っこの席に座って買った飲み物をパーカーのフードに入れて首元を冷やしながら、普段から持ち歩いている梅干しを食べると、少しだけ生き返る感じがした。

 実家に着いてから親に合い鍵をもらった。
 鍵ではなく鍵穴に問題があるかもしれないからと、夕飯を食べてから母と一緒にアパートへ向かった。キーリングも車に轢かれまくってグニャグニャに歪んでしまっていたし、新しいのを買いに行こうと言われた。
 アパートに戻って合い鍵を差し込むとドアはすんなりと開いて、玄関まで猫がお迎えに出てきた。
 鍵穴清掃を一度スプレーで行ってから轢かれた鍵をもう一度だけ試してみたが一切使い物にならなかったので、こちらは破棄することになった。
 
 部屋から一番近いショッピングモールへと行き、そこでキーホルダーを選んだ。ぬいぐるみ付のキーリングなら落とさないだろうと思いNICIのキーホルダーを3店舗ほどで迷った。ミーアキャットが可愛いのだけれど、カワウソも捨て難いし。ダルメシアンはもう2匹持っているけれどやっぱり何度見ても至高だし。あと思いのほか可愛かったのがアライグマ。
 3店舗見て回り、ちいかわのキーケースを見付けた。これで決まりと思ったら、母が「それにもう一個くらいキーリング付けといた方が見付けやすい」というので、キーケースに合う色を探した結果NICIのミーアキャットを買うことにした。
 
 合わせて3000円だった。
 無職になったばかりの私にはだいぶ痛い出費だった。
 何か足らないという不便なことをこぼすと、親はすぐに「~買えば?」と言うのだけれど、そのお金がない。
 いや、明日食べるものを買うお金がないとかそういうわけではないのだけれど。毎月家賃・光熱費・保険・ジム代・サブスク代・食費、と使うお金は決まっている。それで自由に使えるお金の中で今月は何を買うだとかどこへ行くだとか計画を立てているものだから、急な出費の際にお金を出し渋る癖がある。
 これを買うことで何を諦めなきゃいけないんだろうと瞬時に今月の予定を思い返して「アレ買うのやめなきゃな」とか「アレ後払いにして来月払おう」とか。
 不安症な分、お金が足りないとか回らないとかそういったことは滅多にない。ただ、足りなくなったらどうしよう、という不安が常々あって、必要以上に切り詰めてしまう癖がいつまで経っても治らないでいる。

 部屋に戻って鍵を一通り付け替えてから、そろそろこのダメドミノって終わるのかなと思った。
 仕事を辞めたので一区切りになってくれないかな。それともしばらくこのままなのかな。だとしたらどこで打ち止めになるのだろう。全部倒れ切ってから?
 何もしていないはずなのに疲れてしまったな、とシャワーを浴びてサプリを飲むと割とすぐ眠ってしまった。

 

無味乾燥

 仕事を辞めたら自由の身で、前々から行きたいカフェとかやりたいこととか食べたいものとか色々あったものだからそれらをやって楽しい気持ちになれるものだとばかり思っていたのだけれど、急に魂が抜けたかのように動けなくなってしまった。
 急じゃないな、あのダメドミノはもう充電がなくなってきている状態だったんだ。それで完全に電源が切れちゃったのだと思う。
 
 ただ、働いている間はお腹を壊したらどうしようという怖さで生ものを口にすることができず、ニンニクとか玉ねぎとか自身が消化できないものが少しでも使われている食べ物は諦めるしかなかった。
 でももう仕事辞めたしな、明日の心配とかしなくていいんだ。
 そう思っても、無期限の自由であるし、いつくらいから電源を入れて外に出ようとかそういうのもイマイチピンと来ない。
 無職だとか自虐をしていたわりに、私が実際に無職だった期間って本当は少なくって、もう辞めてやると仕事を飛んでもその月のうちにバイトを決めてしまっているし、バイトが嫌になったら就活をして正社員になっていたし、そういうのの繰り返しで案外履歴書に空白期間がないのだ。

 実際、知多に行った日の朝に履歴書を速達している。
 そろそろもう水族館ムリだなとどこかで分かっていたものだから、逃げ場を探していた。
 --だから無職って有限。
 そう分かっていても、ベッドから起き上がれない。
 暑さで冷房を解禁した。
 2DK50㎡の我が家は一部屋しかクーラーがついていないので、そこを書斎兼小動物部屋にしている。夏場は寝室と書斎の間の扉を開けて猫の脱走防止柵をそこにはめて2部屋を冷やすことにしている。
 廊下に冷気が流れ込まないように、でも猫が出入りできるように、寝室の方には冷房を逃がさない系のカーテンをかけている。
 ぼんやり期間はこれをやるのさえ面倒だったのだけれど、仕事を辞めた日に二部屋を開通させた。
 それで無職初日から冷房の効いた部屋で眠りこけていた。
 体が痛いのは治っていない。
 痛みで呻くし蹲ってしまうし、痛み止めが切れると意識が遠のきそうになる。貧血。迷走神経反射的なアレ。
 だものだからもう痛み止めを飲んで毛布にくるまって猫に上に乗っかられて眠り続けて。夕方ちょっと涼しくなってきてから実家へ夕飯を食べに行った。
 
 ぼんやり期間にマッチングアプリを再開していたのだけれど、いいね数が三桁を越えるともう何が何だか分からなくって、とりあえず条件だけ絞ってマッチングをしてみたのだけれど、やり取りの数ラリーで「あ、合わない」が分かってしまうから次々と非表示にする。
 それで残っている人が自分と合うかっていうと、合うかもしれないけれど相思相愛になるかっていうと、そうはならないだろうなっていうあきらめとか虚無がもう最初からある。
 まだ数ラリーなのに「もっとよく知りたいので」とカフェに誘われた。
 全然会話盛り上がってないじゃん、って時は大抵顔写真をもう一度確認して、初回費用がどっち持ちかと休日がいつかと最終学歴を確認する。
 それで会ってみても毎回このパターンはダメ。
 事前に電話しましょう!と言ってくる人と、盛り上がってないのに早々に会おうとする人は実際会ってみても盛り上がらないしなんなら気疲れしてしまう。
 というのが経験則っていうかジンクス。根拠はない。
 
 大学時代にアプリをしていた頃に知り合った人たちとは未だに連絡を取り合う仲だ。交際に発展しなかったし、大人の関係にもならなかった。ただ、友人だとか知人として繋がり続けており、たまに食事にも行くし電話もするし近況報告もだいぶマメ。
 彼らはそんなにすぐには会わなかったな。
 いや、すぐには会った。けど、メッセージの量を結構交わしてからだった。だって会ってみて楽しくなかったら時間無駄じゃん、しかも楽しくないのがジンクス的には確定している訳だし。
 無職じゃなかったら会わなかったな、とかうだうだ考える。

 もう既に面白くないの確定しているしやっぱ断ろうかなと思っていたら、「煙草吸いますっけ」と確認をされた。
 吸う時もありますが大好きな訳ではなく吸わない日の方が多いですと返したのになぜかタバコ屋さんの中にあるシガーカフェなるものを提案された。別に好きじゃないのに煙草。
 煙草が好きじゃないというよりも「煙草が好きなんで煙草好きな人と付き合った方が気が楽なんですよね~」とか言ってこちらに配慮せずにすぱすぱ吸いまくる異性が好きじゃない。趣味:喫煙、みたいなレベルの人いるじゃんたまに。会話がオール煙草の話。逆にそれだけ煙草だけでトークが繰り広げられるのは才能だとは思うものの、なんかそこまでいくと嫌悪感抱いてしまう。
 喫煙者ってワンクッション煙草じゃん。そのワンクッション待たされることが、リマインダー生活している私にとっては辛い時の方が多い。小刻みに吸いに行く人とか苛々しちゃうし。しかも奴ら、喫煙をステータスにしている節がある。
 そして多分こいつもそう。会う前からヘイト値上がってきているな。

 待ち合わせ場所が私のアパートから1時間以上かかる。
 今体調が悪いから電車はムリだし、原付か、ってなるともっとかかる。近くに駐輪場とかないだろうし。なんでうちから近いかどうか確認してくれないんだろう、悪気なく気が利かないんだろうな、そういう人って後々こっちが気遣い続けて疲れちゃうんだよな。
 しかも明日暑いのに真昼間に会うんだ、暑い中。
 嫌だな。
 なんかそういうの気にしない人ってムリだな。
 14か所もダメなところがある人をブロックしたばかりなのにその人とこの人と何が違うっていうのだろう。

 自分は我が儘だ。高慢だ。
 性格が悪い。
 なので、人との共存をなし得ない。
 一縷の希望に賭けてこうやってたまに会おうと思ってみたところで、しょっぱなから躓いて「ほら、ね」と自身で勝手に完結してしまうことが大半である。
 前まではもっとシンプルに顔が好き同士で付き合って性格が合わないから別れるなんて軽薄な交際を繰り返して生きていたはずなのだけれど、もう歳だし。一度結婚で痛い目を見ているし。
 
 自分がこうである以上幸せにはなれない。
 ダメドミノもすべて自分の責任であることは分かっている。
 ただ、上手くいかないなあとこぼしたい。
 苛々する気持ちとか悲観的な今をアドバイスとかせずにただそうだねと言ってほしい。肯定とかされなくてもいいけれど、否定とか、助言とか、そういうのされると疲れちゃうな。
 それは今でなくとも常々なのだろうけれど。

 人と関わると疲れるってことを、仕事を辞めた直後に思い出して、
 それで「疲れていたんだな」って思った。

 

そして朝になる

 朝、10時半に起きればシガーカフェに間に合うと思って目覚ましをかけていたのだけれど、いざアラームの音で起きると頭がすっきりしていなかったし、全然気分ではなかった。
 夢の中で断りのメールを入れていた。それで夢うつつでも断りのメールを入れたつもりだったのだけれどそれもまた夢で。アラームで起きてからもう一度同じ文面を打って送ったつもりでいたけれど、うとうととしながらそれも夢であったかもしれないと思った。
 結局昼過ぎまで寝てから再度確認をしたら、しっかりと断りのメールを打った上で相手のことをブロックしてあった。寝ぼけながらそこまでできた自分を褒めてあげたい。

 まだ寝ていようか迷っていたら、電話が鳴った。
 履歴書を送った会社からだった。
 数日前に「一週間ほど選考に時間がかかる」と聞いていたからまだ先だと油断してダラダラしてしまっていた。
 選考を通過したとのことだった。
 わ、やったあ、と内心思いながらも途端に「どうやって行こう」と交通手段の不安が出始める。
 私は今金髪なので、面接時は黒髪のウィッグを着用する必要がある。となると、当日はヘルメットをかぶれないため原付に乗れない。でも歩いて地下鉄駅まで行くの嫌だし……。
 あと、面接の服も、面接時の化粧も。
 つけまつげってしていっていいのかな。つけまつげしている私ってめちゃくちゃ可愛いんだけれど、していていいのかな。ダメかな。でもしてないと可愛くないんだけれど。

 とかうにゃうにゃと考えながらベッドから這い出してスケジュールアプリを登録し、面接日時確認のメールを改めて入れて。
 それから洗面台で顔を洗ってから朝食をとった。
 この時点でもう14時とか。
 自堕落である。
 自堕落であるけれども、生活は進んでいる。
 働いている間の真面目な私がこの生活を止めないようにと必死に繋ぎ止めた結果だ。
 もっとダラダラとニートを謳歌しようと思っていたのだけれど。
 これが落ちていたら当分あっちこっち行ったり、寝たい時に好きなだけ寝て食べたい時に好きなだけ食べる生活が送れる。受かっていたら社会とギリ繋がっていられるし、第一志望のやりたい仕事ではある。
 どちらに転んでも幸せだと思っておきたいな。
 思っていたいな。
 労働、向いていないんだけれど。
 労働以前に人間が向いていないものな、私は。

 

テールランプ

 テールランプが切れていた、と実家からアパートへ戻ったら親から連絡が入っていた。見送りの際に原付の後ろ側が点灯していなかったらしい。明日にでも交換に行ってきなさいと言われたものの、渋々だった。
 キーケースが3000円もしたので、アレは急な出費だったのだ。
 私の周りの人は「1万円くらいで買えるしおススメ!」とか「買っちゃいな」とか軽率に言う人が多いのだけれど、予定外の買い物に数千円出すのは私にとっては結構大きなことなのだ。勿論その数千円に困っているという訳ではない。でも、今ここで払ったことで後々困るかもしれないじゃないかと思う。
 ほしいものがあった時に買えないかもしれない。
 
 土曜日から月曜日までの3日間に予定がみっちりと入っている中で、テールランプを交換してお金を失いこの3日の計画を崩したくはなかった。どれかひとつでも台無しになってしまっては困る。
 でも車両不備で捕まるよ、と言われてしまうとそれもそう。
 でもなあ、嫌だなあ、と思いながら、翌朝ダラダラと昼過ぎに起床して2りんかんへと出向いた。
 その場で電球を替えてもらったのだけれど、点きませんと言われた。これ錆が原因かもしれないし、買ったとこでやってもらった方がいいですよ、と言われた。
 
 買ったところに電話をしたつもりが、同じ区内に同じ名前の自動車屋があってそちらにかけてしまったらしい。恐ろしくハウリングをし続ける電話口で何度も聞き返され、少しも要領を得ない。なんなんだと思って電話を切ってから、車屋の方に電話をかけたことに気が付いた。慌ててバイク屋の方にかけ直したら、ガレージを開いているとのことだったのでそちらに向かった。

 ガレージ内の社長椅子に座らせてもらい、扇風機をこちらに向けてもらい待つこと5分以内で「電球替えたらつきました」と持ってきてもらえた。
 早いな。そして本当に点いていた。
 ありがとうございます、と2りんかんと同じくらいの額を支払って実家へと向かった。

 それで実家でのんびりと過ごした後にアパートへ向かったのだけれど、原付をキックしてエンジンをかけた際に親から「ついてない」と言われた。
 振り返ると、本当に点いていない。
 ブレーキランプすら点いていない。
 え、となった。
 3日間の予定がすべて崩れてしまう、と瞬時に目が回り出した。その予定に間に合わせるために今日直しに行ったのに。お金払ったのに。明日からの予定はひとつも崩せないし。もしも就活失敗したらどうするんだろう。
 そうグルグルとなりながら、親が「明日もう1度ガレージ行こう」と言ってくれたのに了承をしたけれど、もしも直らなかったら?移動どうするの、移動手段が変わったら時間も変わる。最短最速で予定を組んでいるのがダラダラと伸びてしまったら、1日1日の疲れを取れなくなるかもしれない。ゆっくりと睡眠時間が確保できないかもしれない。
 その「かもしれない」に目が回り始めて、もうダメだ、と思っている。
 これを書いている今、まさにそう思っている。

 

すべて気のせいですよ

サイキックかもしれない

 犬が見えている。
 ずっと足元に小型犬がいる。
 常に自分の左斜め下。視界に映りこむ程度の存在感で、小型犬がいる。ということは精神科でも脳外科でも話しており、でもどちらでも幻視とは認められていない。
 幻視とは怖いものであり自分に危害を加えようとしてくるもので、被害妄想を加速させるものである。ので、幻視には当てはまらないらしい。イマジナリーフレンド的なものの可能性はあると精神科の方では言われた。
 イマジナリーでも友達が犬なの惨め過ぎるだろうさすがに。

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