第二回

「ボイストレーニングを通じて、AI時代に最適な声質だと知る」|森真梨乃の日々是浪費(第2回)

突然ですが皆様、歌はお好きですか。お上手ですか。

わたくし、自分で言うのもなんですが、大変に歌が苦手なのです。というより、声に高低をつけるやり方がどうにも分かりません。普段のしゃべり方もかなり平坦で、以前受験した秘書検定では筆記はほぼ満点だったにも関わらず、面接で「しゃべり方が一本調子すぎる」という理由で不合格となってしまいました。そんな理由ありますか?

また、前職の同僚たちとカラオケに行った際、非常に気の遣える後輩男子が女性一人ひとりの歌を「miwaみたいでかわいい~!」「JUJUみたいで超上手ッス!」と例えをまじえて褒めちぎっていたのに、わたくしには「森さんは……般若心経にそっくりで渋い」というコメントしかありませんでした。今だからこそ、お伝えしたいと思います。それなら言う必要はございません。

そんな調子で四半世紀以上生きてきても特に不便はなかったのですが(秘書検定に落ちたことは忘却いたしました)、一生に一度くらい「いい声!」と言われてみたいものだ……という思いがふと芽生えてしまい、完全に思い付きで、ボイストレーニング、通称ボイトレに行く決意をいたしました。

ちなみに、わたくしの声について周囲は「太くてちょっとハスキー」「表情と語彙でごまかしているけど、抑揚は死んでいる」「声変わりの途中の男子中学生」と曰います。皆様、正直すぎて涙が出てきます。はたして、これがどう変化するのでしょうか。

といっても、わたくしにはボイトレに関する知識は一切ございません。そこで「声 低い もう嫌 救えるのか ボイトレ」とインターネットで検索してみます。すると出てくる情報の数々。もろもろ調べてみたところ、ボイトレは歌唱のためだけではなく、営業などのご職業の方にも需要が増えているそうです。

今回は、たくさんある中から職場に近い音楽教室で体験レッスンを受けることにしました。Webサイトから予約を申し込むと、すぐに返信が。「緊張せずに、普段の森さんでお越しください!」という優しい内容でした。とはいえ、「念には念を入れよ」ということわざもありますから、レッスン前日は腹筋をして、マヌカハニーの飴を舐め、マスクをつけてから就寝いたしました。準備万端です。待ってろよ、セクシーボイス!

そしてレッスン当日。講師の先生は優しそうな男性です。「わたくし、本当に抑揚がないのが悩みで……。歌も上手じゃなくて……」と伝えると、「皆様そうおっしゃいますが、大丈夫です! 声の出し方を学べば上手に歌えるようになりますよ!」と頼もしいお言葉が。それに続けて「でも、森さん思ったより全然変な声じゃないですね! 十分きれいな声をしてますよ!」なんて甘やかしがありましたが、わたくし、そんな甘っちょろいフォローなんてされたくありません。声に関するディスは言われ慣れておりますので。「率直にどんな声でしょうか?」と聞き返したところ、「そうですね、抑揚があまりないです。人よりロボットに近い。でも、AIっぽくていいですね!」と食い気味にお返事が。

先生の中途半端な優しさに傷つきました。「AIっぽい」が褒め言葉になる時代はまだ早いのではないでしょうか……。

その後、先生から「今の森さんの歌声を聴きたいので、好きな曲を少し歌ってみてください。これを上手に歌いたいという曲はありますか?」とオーダーがあったので、わたくしは「では、山口百恵さんで!」と答えました。本当はゆらゆら帝国がよかったのですが……。そうして耽美な歌声を教室内に響かせたところ、先生から指摘がありました。「森さんのやっていることは朗読。ポエトリーリーディングです

朗読ですって……? このとき、人はショックを受けすぎると爆笑してしまうことが分かりました。いいでしょう、ボイトレを受ける価値は多いにあるということですね。この人に一生ついていこう。そう決意してレッスンに挑みます。

「音程をきちんと取りながら声を出していく練習をしましょう。僕のピアノのドミソに合わせて”ガ”で歌ってみましょう! ガ、ガ、ガー♪ はい!」とものすごく簡単なことのように指導をなさるのですが、正直申し上げてどの音がドなのかよくわかりません。「ガ……ガ、ガ~? ガ~~?」と試しに発音してみたのですが、「フフッ」と笑われる始末。先生、ひどい! 

その後も何度か同じ練習を繰り返したのですが、一向にドの音が合わず。ついに先生から「森さん、”ガ”は忘れてください! “ド”でいきましょう!」と”ガ”については完全になかったことに。ようやくドの音が合ったときには、体験レッスンの時間が終わりを迎えてしまいました。

45分間もドの音を探してしまった……と軽く落ち込んでいたところ、先生曰く「喉の開き方がずいぶん変わりましたね! 最初よりすごく声が出るようになったと思います!」とのこと。しかも、わたくしがあまりにも可哀想だったのか、体験レッスン代が無料になりました。先生、優しさはときに人を傷つけることを学んでくださいね。

後日、恩情で浮いたレッスン代を握りしめてひとりでカラオケに行ってみたところ、声の通ること通ること! 普段から頻繁にカラオケに行くわけでもなく、ましてや人と話す機会が多い業務をしているわけでもないので、これは完全な無駄遣いになるとボイトレ前は思っておりましたが、大きい声を出すのってこんなに気持ちがいいものだったのですね!

そして最近は、隙あらばカラオケで夜を越すことが増えてしまいました。近頃、Twitterで「カラオケに行きましょう!」と頻繁に呼びかけていたのは、そういった背景がございます。

というわけで、今回の出費についてご報告させていただきます。

ボイストレーニング体験レッスン代:0円

1円も使っていないうえにカラオケをバキバキに堪能してしまい、コラムの主旨と反することになってしまいました。しかし、大変に楽しい経験でしたので、ぜひ皆様にご報告させていただきたいと思います。ご容赦ください。

ところで、歌がうまく歌えないと悩んでいる貴方、もしかしたらそれは歌ではなく、朗読ではありませんか……?

文:森真梨乃 イラスト:田中かえ

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