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君だけがいない冬

「さようならの日」から一年が過ぎていた。

ユニットバスの入り方にもだいぶ慣れたなあ。

そんなことを思いながらシャワーで寝汗を流す。

付けっぱなしのテレビから天気予報が聞こえて来る。

このお天気キャスターのお姉さんも毎日「なるべく明るく」振る舞っているのだろうか。

そんなことをだらりと考えてしまう。

もし「なるべく明るく」振る舞っているのであればとても親近感が湧くなあ、なんて。

こうして少し斜に構えて捉えようとするところは自分でもあまり好きではないし、

きっとそんな私に嫌気がさしたのかもしれないな。


もう彼離れしたと思っていたのに、まだニュースをつけては「なにがダメだったのか」そればかりを追いかけている自分に気づく。

この一年、私はこうして自分の「ダメなところ」をピックアップしては別れの理由に括り付けて

たらればと自分の嫌いなところを収集する癖がついていた。


今日は雪が降るらしい。

「どうせ当たらないよ」

「え、当たるかもしれないよ」

「じゃあ二度寝したら一面雪景色かもしれないね」

「そうなったらちょっと外に散歩でもいこうか」

「えー、いやだよ。一人で行って来なよ。起こさないでよ。」


ねえ、今年は誰とあの他愛もないやりとりをするの


降るのか降らないのかわからない雪も

毎年例年の何倍にもなる花粉の話も

行こうといいながら毎年口約束の海も


「なんか、この音好きなんだよね」って

落ち葉を踏みながら珍しくはしゃいだあの道も


なんにも変わってない

なんにも変わらなかったよ

一年過ごしてみたけど

なんにも変わらなかったよ。


この部屋にポツンと寂しそうに、明るく振る舞うお天気お姉さんに急に嫌気がさしてテレビを消した。

寂しくてテレビをつけて、寂しくなってテレビを消す。

なんだか変なの、そうやって自分を嘲笑うかのように小さく息をした。


「静寂ほど美しい音色はない」なんてどこかで読んだけど

この世で一番の不協和音が響くだけ。


ここに引っ越す時

時計も新しくしてしまえばよかったな。

一定のリズムでなり続ける時計の音が、出発の時間を責め立てる。

呼応するように冷蔵庫が唸る。


あの日もきっとこんな風に

家の中に不協和音が鳴り響いてたんだろうね。

知らなかった。


「もう大丈夫、全然」

「酒のつまみになるくらい喋れるようになったよ」

そう笑いながら過ごした昨晩の女子会を回想しては、振り切るようにドライヤーのスイッチを入れた。


髪の毛がカラカラに乾いてしまうと、

布団をなおしに立ち上がる。


片側に寄って寝る癖は治らないし、

寝相がいいおかげで左側だけふわりとまだ暖かい。

もう寂しいとかそういう感情というよりは

ここまでくるとなんだか物悲しくてやるせなくなってくる。


一つくらいいいところなかったかな

嫌いの収集していては

もう二度とこの悲しみの湖から這い上がれなくなってしまうよ。



付き合いたての頃ふざけて買った

馬鹿みたいな顔のついたペアマグカップが、湖の淵から覗くようにこちらを見ていた。

あの日全部捨ててしまったと思っていたのにね。

変なの。まだいたの?


今日ちょうど燃えないゴミが出せるな。

悲しみの湖から這い上がるように、二つの取手に手をかけると

昨日夜食を買ってそのままになっていたコンビニの袋に入れて口を縛った。


「割れ物注意」


赤い文字がくしゃくしゃになって笑ってる。


二回しか使わなかったね。

まっさらなマグカップなのに「割れ物」という名前を与えてしまってごめんね。


「君だけがいない冬」が、

きっと来年はなんてことない冬に変わるよね。


私は深呼吸して玄関を開けた。

今日も駅へと歩く。


あの道を避けて。




『君だけがいない冬』乃下未帆













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