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モラトリアム日記

5月27日(金)

昨日は散々だった。
フランス語の授業は全然理解できない箇所で当てられるし、バイトのシフトを空いてない日に入れられ、店長に交渉メールを送らなければならなかった。先生に返す本をコピーしようと思ったらプリンターのインクがなく、交換してもカスカスで使い物にならない。挙句には、ベッドに寝転ぶと天井に黒い影、あぁGがいる…
こういう時は何故か冷静で、眠気と苛立ちの中、ティッシュでつかんで外に投げ捨てた。果たしてつかめていたのか、外に出せたのか分からなかったが、もう考える気も体も起きなかった。

6時に犬の吠える声で起こされる。
今日は7時半まで寝てられる。外は雨。
犬をなだめつつ二度寝すると8時。
もうお弁当を作ると間に合わない…

よし、今日は甘やかす日にしよう。

お気に入りのブルーのビニール傘を持っている、それだけを頼りに、サボりたい気持ちを抑えて家を出て大学に向かった。

2限の授業が終わり、渋谷に着くころには雨も止んでいた。
金曜日の昼間といえど、渋谷には人が溢れている。

今日の甘やかしメニューはこちら。
①IKEAでランチ。ミートボールを食べる。
②本屋でビビッとくる本を見つける。
③海辺で本を読む。

(メニューと書いたけれど、①以外は決めてなかった。成り行きでこうなった。)

渋谷のIKEAの一番上の階はレストランになっていて、以前からランチに狙っていた。久しぶりにスウェーデンミートボールが食べたい!その一心で向かい、奮発してサーモンとクロワッサン、コーヒーも追加。プチ贅沢だ。

あまりに美化していたのか、久しぶりに食べたミートボールはそこまで美味しいとは思えなかったが、普段は午後も大学にいることを考えると、外で好きなように好きなものを食べるだけでも満足だった。

乗り換えの駅でホームから階段を上がると、本屋の前に出た。
九ジェネの新刊出てたな、と思って立ち寄る。
文芸コーナーにも目を向けると、ちょっと今日は読みたい気分がしてくる。
星野源のエッセイ2冊と、イタリア・ミラノを舞台にしたエッセイを買った。

電車で「よみがえる変態」を読んでいたら、気分が上がってくる。
手元の日差しにふと外を見ると気持ちの良い青空。
最寄りから一駅先で降りて海を見よう。

駅を出て、横断歩道を渡ると海が見える。
海と言っても、小さな湾ではあるのだが、小さな漁船が並ぶ穏やかな海は、chillには最適である。すぐ横にゆるやかな波が見える石のベンチに腰掛ける。「よみがえる変態」の続きを読む。アルバム「Stranger」をBGMとして、into the   星野ワールド。やっぱ最高だよ、源さん。

黒いページに差し掛かる手前まで読んだ。
(読んだことのある人にはわかる。)

爽やかな五月晴れ。海は穏やかで、菱形の模様をつくっては流れ、たまに落ち葉のかたまりを揺らす。鳩が首を前後させながら歩いている。

今日はいい日だ。
どんなにクソみたいな日があっても、こんな時間があれば今日も生きていられる。

文系大学院の2年間は、あっという間だとよく言われる。
学部生の間に就活を避け、学生を延長しようとしても、修士1年の夏休みには長期インターンがあり、5、6月には就活が始まる。就活して、内定を取るころには修論の中間報告、修論を執筆して卒業し、就職。決して楽ではない。日々の授業に予習は欠かせない。たった6コマの授業でも手一杯で自分の研究もままならない。

けれど、こんな時間も過ごせる。
午前で授業を終え、午後を半休にするのも自由である。モヤモヤしたら海に行けばいい。好きな時間に好きな場所で美味しいものを食べればいい。
こんな時間を過ごせるのは、確実に学生の今だけであり、そういう意味ではやはり人生のモラトリアムを過ごしているのだろう。

予習、研究、バイト、就活。
馬鹿らしさを感じつつも向き合わざるを得ない就活。どんな未来になるか全く予想ができない。そもそもこんな社会でこのまま生きていけるのか。
息苦しい。生き苦しい。

それでも、水面のゆらめき、標識の青と空の青、コンクリートに伸びる枝の影、そんなちょっとが日々心にふれる。
モラトリアムの日々は愛おしくてしょうがないのだ。

無駄だ ここは元から楽しい地獄だ
生まれ落ちた時から 出口はないんだ
星野源「地獄でなぜ悪い」
この日の1枚。
手すりの錆具合、禿げた塗装、水色がかったグレー。
5月の光はなんとも素直だ。