注意

その日はいつもより少し寝つきが悪かった。
1時間くらい格闘して
ようやく眠りに落ちる直前にみる夢のような脈絡のない思考に入れた時、上の階の物音で急に現実に引き戻された。
どうやら上の階の住人は掃除機をかけているようだ。滑りの悪いローラーの音が天井越しに直に伝わってくる。時計を見れば01:30だ。非常識な時間に掃除機を使っているといっても問題はないはずだ。
ふと、上の階の何某に注意をしに行こうと思い立った。
幸い、生まれつきの身長と人相の悪さ、そして柄悪く見えるスカジャンがある。暴力沙汰に発展しないかぎりは、素性の知れない何某よりかはおそらく分があると踏んだ。
寝巻きから柄悪く見えるスカジャンに着替え、寝返りでボサボサになった髪を直した。
人違いをしたら相手に悪いのでベランダから上の階のベランダを確認する。明かりがついているのは僕の真上だけだ。問題ない。
部屋を出て上の階の扉をノックする。中で人が動いた気配がする。しかし、扉は開かない。こちらとしても深夜に赤の他人の部屋を訪ねているわけで非常識といえば非常識だ。不審者と思われて籠城されても無理はないなと思った。
もう一度ノックして人が出なければ帰ろうと思いノックしたら扉が開いた。音楽の流れてる部屋から猫背だが僕よりも背が高い男だった。問題ないなと思いながら短く端的に
「うるさいんで、やめてもらってもいいっすか」
と言った。男は「すいません」といい部屋に戻って行った。

僕は目的を達成し、自室に戻った。
ふと自分が一回生の時のことを思い出した。

集団生活に慣れてない僕は、入寮してから2,3ヶ月、同部屋の人がいる中で居室の扉をドタバタ開け閉めをしていた。先輩に「マジでうるさいからやめて」と怒られた。
当時の僕は注意されたことをかなり引きずった。元から気にしやすいたちであったりまだ当時その先輩と交流が浅かったりしたこともあって1週間は注意されたことを思い出して情けない気分になり、一ヶ月はその先輩がしばらく怖くて近寄りがたかった。

先輩が怒って僕を叱ったのは至極真っ当である。そのことがきっかけでドアの開閉を静かにする(できない時もある)習慣がついたし廊下は走らなくなった。

そのことを思い出して、僕は今自分が上の階の何某を注意しにいったのはどういう意味を持つのだろうかと思った。
別にカチコミに行く必要はなかった。だれがどうみても、あの注意の仕方はガラが悪い。ポストに「夜の掃除は下の部屋に響きますのでどうかお控えください。」とでも書いた紙でも入れればよかった。「院試が控えているので来週の月曜日まででいいので、」だとか「昼間なら全然問題ありませんので」とかを付け加えればそこまできつい印象は受けない。時候の挨拶でもつければ完璧だ。
カチコミに行くとしても、「いや〜、夜分遅くにすいません。下の階のものなのですが、ちょっとだけ掃除機の音が下まで伝わって目が覚めてしまいまして。ちょっとだけ控えてもらってもいいでしょうか?」というような優しい言い方はいくらでもあっただろう。

上の階の何某は注意をされてどう思っただろうか
バツが悪く恥ずかしく思ったのか、自分の行動を嗜められて不愉快に思ったのか、どの部屋から来たかもわからない住人を怖く思ったのか
ともかく良くは思わなかっただろう。

僕は相手を不必要に不愉快にさせた。何ヶ月にも及んでドアをうるさく開け閉めされたわけじゃないので、怒っているということもそんなにない。ただ眠れない深夜テンションで悪戯心のような気持ちでわざわざ身なりを整えスカジャンを着て注意しに行った。

まだ、いまだに上の階から微かに物音がする。たまに硬いものが床にぶつかる音がする。今思ったがあの注意の仕方では、何がうるさかったか彼には伝わっていない可能性がある。部屋に流れた音楽がうるさかったのかなと捉われても別におかしくない。

こんなこと考えてたらもっと眠れない。一回り強い睡眠薬を飲んだ。

親はこの記事を見ているのだろうか。

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