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「堂」 ~武蔵野の「好い」を嗜む者が集う場所~ 

「武蔵野」の風景が昔から好きである。
住宅街の隙間に現れるこんもりとした雑木林。
新田開発の名残で、あちらこちらに見られるまっすぐ続く細い道。
玉川上水・野川といった静かな水の流れ、殿ヶ谷戸庭園・真姿の池などにある「いずみ」の存在は、文字通り心にうるおいを与え、「志考」・・・もとい「思考」を豊かにしてくれる。
高層の建物が都心に比べて少ないので、空が広く感じて心地よい。
こんな環境のおかげか、一橋大学、津田塾大学、東京農工大学などの歴史ある大学や、武蔵野美術大学、国立(くにたち)音楽大学といった芸術の名門も集まっており、若者が往来する姿もよく見かけ、街に活力を感じる。

そんな武蔵野の地に、このエリアを愛する人ならばきっと気に入るであろうカフェがある。このお店は、武蔵野の飾らない豊かな自然、芸術に魅せられた人々が自然と「集う」場所なのかもしれない。私もその一員だ。

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カフェ いずん堂

http://izundou.com/

https://www.instagram.com/cafeizundou/

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このお店は、「堂」の漢字を名前に掲げる。
ウェブの国語辞書によれば、「堂」の漢字には、
・住まい、居室
・神仏を祭ったり、人が多く集まったりする大きな建物
などの意味があるそうだ。

大人数が入れるお店では決してない(むしろ4組程度で満席となってしまうので少人数での利用を推奨)が、人が「集う」場所というイメージはぴったりである。
また、旅人には、自宅とは別に、地方への遠征を終えて真っ先に戻ってくるような「すみか」のような場所があるものだが、今の私の「すみか」はこのお店なのかもしれない。

私の偏見だが、「堂」の漢字は、老舗の書店・和菓子屋の屋号に用いられることが多いイメージがある。そのせいか、「堂」の字に一種のいかめしさ・堅苦しさも感じてしまうのだが、その前に「いずん」がつくことよって、お堅いイメージが消え去り、愛らしい店名になるのだから不思議なものだ。
「いずん」の由来は・・・お店に足を運ぶか、取材に基づいた本(*)を読めば、自ずと分かることだし、ここで述べるのは無粋というもの。
そういえば、「堂」には「女性に対する敬称」という意味もありましたかね。

*「家族ではじめる、小さなカフェ」(旭屋出版)など。

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「カフェいずん堂はどういうお店か?」と尋ねられれば、私ならば「「好い」が詰まった場所」と答えるだろう。世間の多くの人々が「良い」と認めるものであっても、自分たちがそれを「好き」と思わなければ「好い」とはならない。一方で、世間一般にある「良い」は、流行り廃りの波があるため移ろいやすいものだが、自分たちが「好い」と認めたものは簡単に色あせることなく長く心に刻まれるものだろう。店主のK夫妻は、その時々の流行りに安易に迎合しない強い信念を持ちながら、とても好奇心旺盛で新しい「好い」ものをいつも探し求めている印象が強い。

そんなK夫妻が提供する食事は、お米(金土日限定)、キッシュ、パスタが基本形。武蔵野で採れた新鮮な野菜がメインになることもあれば、各地からお取り寄せされた「好い」食材が登場することも。内容はおおむね週ごとに変わるので何回も足を運ぶ楽しみもあるし、キッシュのように具材は変化しつつも基本の「型」を持つ定番商品もある(いずん堂のキッシュは、卵焼きのようなふわとろ感と香ばしい生地のサクサク感を味わえる特徴的なものである)。
このほか、イベント時には、カレー・ハヤシライスといったご飯ものや、そうめん・そばといった麺類が並ぶことも。
付け合わせの生野菜やピクルスもみずみずしく、自家製のドレッシングも単独で食べてもおいしいと思え、市販のものとは一線を画す「生きた」調味料と言えるだろう。

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お店のホームページには、「盆栽を育てるように、草木が成長するように」と書かれている。このお店は、日々ゆっくりと進化しているのである。
一介の客に過ぎない私が述べるのは誠に僭越であるが、オープン以来進化した点の一つとして、スイーツメニューの充実が挙げられるであろう。スイーツ担当の奥様は、焼菓子を中心にレパートリーをこつこつと増やされ、日によっては3種類以上並ぶこともある。
このお店のスイーツは、流行りのお店にありがちな「映え」「お得感」「特別感」を前面に押し出したものとは異なるが、生地、クリーム、具材などの良さが互いに足を引っ張ることなく、優しくまっすぐに伝わってくるものが多い印象がある。
ただ、あれもこれもと足し合わせるのではなく、引くべきトコロは引き、抑えるトコロは抑えて調和をとる。そんなスイーツを食したとき、大げさな言い方に聞こえるかもしれないが、手仕事による道具に触れた時に感じる安らぐ感情、ホッとした気持ちを感じさせてくれる。
お店の閉店時間に近づいた夕刻になると売り切れることもしばしば。その時間帯に訪れた私が、スイーツの売り切れを恨めしげに奥様に嘆くさまは、このお店でよく見られる光景の一つなのかもしれない。

料理の話ばかりとなったが、ここに掲載したいくつかの写真を見て頂ければお分かりのとおり、このお店の器はどれも美しい。K夫妻の提供する食事、スイーツと組み合わさって「用の美」が実感できると思う。
また、ジョージナカシマの椅子をはじめ、派手ではないが「技」が詰まった味わい深いモノが並ぶ空間も素敵なので、ぜひ実際にお店で確かめてほしいものだ。

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私が、初めてお店を訪れてから12年が経とうとしている。
思い出が多すぎて、思い入れがありすぎて、長く読みにくい文章になってしまった。
これまで過ごした時間に感謝するとともに、これからの時間が少しでも長く続くよう祈りをこめて。
なお、私の拙い文章を見て、お店に興味を持たれた奇特な方がもしいらっしゃいましたら、インスタグラムの最新の投稿に記された注意事項などをご確認の上、ぜひ足を運んでくださいませ。

(2024.6 記)

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