TheBazaarExpress97、中途失聴・難聴者の会代表S氏へのインタビュー

※56歳で突発性難聴になり、現在は補聴器を使用しないと、全く聞こえないという。

――口の動きで会話を読み取る『読話』を身に付けることは難しいことですか。

彼は30歳半ばで中途失聴したそうですが、そこから『読話』を学ぶのはとても大変だったと思う。読話は、それほど難しいことなのです。失聴したのが、若い年齢ほど読めると言われています。

私が失聴したのは56歳、今から12年前です。『突発性難聴』で、朝目が覚めたら何も聞こえなかったのです。これには参りました。彼は全聾になったのなら私より大変だったかもしれませんが、私は自分の状況を受け入れるまで2年もかかりました。状況が信じられない。私は、知りうる限りほとんどの病院に行って治そうとしました。最後は、日本で一番進んでいるという慶応病院まで行きました。そこでもダメで、状況を受け入れ諦めるまでに2年かかったということです。私は『感音性難聴』といい、あるレベルの音が全く聞こえないのです。高い音が苦手で、若い女性とは全く話が出来ません。彼については、全く聞こえないのなら、状況を受け入れる時間が私よりもっとかかったはずです。

私は、発症から2年経って諦めて、読話の講習会に行き始めました。そこに1年通って、その後、東京都中途失聴・難聴者協会の読話講習に2年通いました。その後、自分で立ち上げた読話サークルに入ってもう8年くらい活動しているが、未だに『口の動き』は殆ど読めないと言っていいでしょう。

私は読話を一生懸命勉強したが、それでも読めない。それは何故か。口を読むには、口の形が重要です。しかし、口の形は個人個人、皆違うのです。中には口を開けないで喋るような人さえいます。私は、失聴して口を読むようになりましたが、口を空けないで喋る人が非常に多いと気が付きましたね。だから、彼が口の動きを読んでいるとすれば、かなりすごいことなのです。30歳半ばで失聴して、50歳で完全に口を読めているとすれば、稀です。ある程度、歳がいってから失聴した場合、読話だけじゃコミュニケーションは無理です。色々な方法を駆使して初めてコミュニケーションが出来る。『補聴器』『口を読む』『手話』(手話の方が、読話よりはるかに勉強が楽です)『指文字』『空書』(空間に文字を書くこと)『筆談』・・・あらゆる方法の中で、口を読むことは一番難しい。

読話には、〝読める状況〟というのがあります。それは、二人の間で話すテーマが決まっているということ。テーマが決まっていると、読める。次に出てくる言葉が推測できるからですね。だから今、あなたが突然「そういえば今日の相撲は・・・」なんて別の話題をしてきたら全く読めませんよ。何のことか分からないからね、前置きがないと無理なんです。当然、彼もケースは似通っていると思いますよ。音楽というテーマが決まっていればね、読めることはあるんじゃないでしょうか。

読話をマスターするなんていうことは難しいでしょうね。私の読話の先生は、失聴してから25年くらい経ちますが、彼にどれくらい口の動きが分かるか、読めるか、パーセンテージで聞いた事があります。彼ほどでも、80パーセントと言っていましたね。彼は一度、マスコミに「口を呼んでくれ」と依頼された事があるそうです。依頼内容は「離れたところにいる人の口を読んで欲しい」。つまり、スタジアムの観客席から、フィールドにいる選手の話を呼んでくれということだったらしい。彼は、即座に断ったといいます。話しているテーマも全く分からないのに口を読む、そんなことは出来ないのです。先ほどお話したような、その他の方法を組み合わせているからこそ読めるのですから。

――そんな中で作曲することについてどう思うか。

ベートーベンは中途失聴して作曲していたのだから、不可能ではないのでしょう。私はギターを弾いていたのですが、ある部分の音が聞こえないので、弾いていても音が聞こえないため、全く曲になりませんでした。そんな中、彼が作曲するなんてすごいし、正直、私には考えられませんね。大変な努力があったのだとおもいます。

――振動で音域がわかることはあり得るのか。

振動で音がわかるというのも、私には考えられない。確かに、触れれば振動があることは分かりますが、それを区別する、まして音楽になっていることを理解するなんて私には出来ない。振動の強弱・硬軟はわかりますが音域は難しい。中には天才もいるのでしょうから、否定はしませんが。

――読話に必要なことは。

口を読むのにも色んな努力をするのです。どこへ行っても、相手の口が見えやすいところを探すのです。相手の口が、光で見やすいようなところを。暗いところじゃムリですね。例えば、喫茶店に行きます。わたしは、光が差す窓際の席が空くまで待たなければならない。我々には、そういう苦労もあるのです。

――読話を学ぶ教材はあるのか。

教材がないことはない。私の場合は、講師が作ってくれています。まず、口の開き方などを学ばないと読めませんよ。「読む」ということはまず「自分でできる」ことなのですから。自分自身、口の開け方をマスターしていないと、相手の口の動きは読めないのです。 だから、読話は、すぐに独学でできるようなものではないのです。とにかく、経験の積み重ねです。色々な人がいるのだから、色んな口のタイプがある。私だって、ここ何年かですよ。色んな方法を使ってコミュニケーションができるようになったのは。彼は、失聴してから15年。大体、私と同じくらい。私より若いから覚えは早いかもしれない。彼のほうが有利ですね。本人は相当な努力をしてきているのではないでしょうか。

(了)

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