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【ライブ・ローズ・ランチ】 #4

あれは1ヶ月程前、直射日光が刺すような一年で一番暑いお昼時でした。私(紫のほう)と友人(緑のほう)は昼食のため飲食店の多い通りに出向いたのですが、時間もあってどの店も行列。景気の良い事ではありますがこのままでは私達が飢えてしまう…というのは言い過ぎですが暑さに耐えるスタミナが補給できません。
二人で途方に暮れていると、ふとビルの隙間、人はすれ違えるけど車は通れないくらいの道に目が止まりました。いかにも「裏通り」といった場所です。
通りには店の看板がいくつか出ており、今私のいる大通りに近い側の店には変わらず行列ができているようですが、奥の方を見るとどうやら人が少なそうな雰囲気。入れる店がなかなか見つからなかった事もあり、店選びに失敗する可能性があっても食べられないよりはマシかな…とその時は思ってしまっていました。

友人と通りに入り、行列の出来ている店を横目に奥へと進んでいくとだんだんと店ごとに並んでいる人が少なくなっていき、ついに待たずに入れそうな店が一軒見つかりました。ツタが這うレンガ造り、洋風な窓といった佇まいでオシャレなカフェのような建物でしたが、看板に書かれている店名は…どう見ても中華屋でした。しかもここまでの店と違い、営業しているようではあるのですが窓から見える席には人影が全くありません。変なの。とは思いつつも、さらに探索を続ける気力も無くなってきていたのでこの店で昼食をとる事にしました。

ドアを開け中を覗くと明かりこそ薄暗いものの、内装や席の配置は完全にカフェそのものでした。カフェなのか?中華屋なのか?疑問は晴れませんがここまで来たら覚悟を決めるしかありません。入店するため大きくドアを押すとカランカラン…と静かなドアベルが鳴ります。
「いらっしゃいませーお好きな席へどうぞー」
店員の姿は見えませんが奥の方から声がしました。他のお客さんは一人もいないようです。ちょっぴり警戒の意図もこめて、入口に一番近いテーブル席に座りました。

ほどなくして店員がお冷とメニューを持ってきました。姿を現すまでは友人と無言のアイコンタクトで「どんな奴が出てくるのか」「ヤバかったらすぐに店を出よう」とドアやら奥やらを指しながら静かに盛り上がっていたのですが、実際来てみると何のことは無い、少し細めで綺麗な黒い長髪の、シンプルな濃い赤のエプロンを着た女性。お冷を置きながらにっこりと
「お決まりになったらお呼び下さい」
と言い、脇に抱えたメニューを置いてまた店の奥へと行ってしまいました。別段愛想が悪いわけではないので少し安心しました。
メニューの内容は完全に中華料理でした。パソコンで雑に作られたような写真と文字。特別高くはないものの、昼食にするには単品はちょっと値段がなぁ~…と読み進めていくと最後のページに一回り小さい紙が折り込まれていて、そこにランチメニューが書かれていました。
ランチメニューには写真が無く、Aランチ/Bランチと値段のみが書いてあります。
R「何だろうねこれ。聞けばいいのかな?」
友人に問いかけます。
T「絶対聞いて確認した方がいいよ。何が出るかわかんないし。」
店員を呼ぶことにしました。

R「すみませーん」
「はーい」
店員を呼ぶとすぐに来てくれました。
R「このAランチとBランチって何ですか?」
と聞くと、店員は慣れた様子で
「あーこれですね。ライスとスープと、今日のAは■■■、Bは△△△になります。あ、杏仁豆腐も付きますよ。」
聞き取れなかった。やめたほうがいいかもしれない。すると友人が
T「どういう料理か教えていただけます?」
と聞き出した。
「うーん、味付けは違いますがどっちも肉と野菜の炒め物って感じですね。Aは卵とじ、Bはとろみがついたものです。」
一瞬困ったような顔をしたものの、素直に答えてくれました。ここまで来たら後には退けません。覚悟を決めてランチを頼むことにします。

R「…じゃあAランチお願いします。」
T「私も同じやつで。」
「はーいかしこまりました。少々お待ちください。」
店員が奥へ注文を通しに行き、少しして火や調理器具の当たる音が聞こえてきました。ふと疑問が浮かんだので友人に問います。
R「…違うやつにすれば片方ダメでもシェアできたのに。」
T「そういう時は一蓮托生。でしょ?」
R「妙なとこで覚悟決まってんな~。」

しばらくして料理が運ばれてきました。他のお客さんもいないのでかなり早く出てきたように感じます。
「Aランチふたつでーす。ご注文以上でしょうかー。」
R&T「はーい」
「ごゆっくりどうぞー。」
置かれた料理は。

全体は卵の黄色に、焼き色か調味料で少し茶色掛かった感じ。緑色のキャベツか何かの葉物の野菜と、少量の赤い野菜。縮れた肉はおそらくですが少し白っぽいので豚肉のように見えました。ところどころ半透明なジェル状の部分が…
R「見た感じ問題はなさそうだね。」
T「まあおおよそ説明通りっぽいね。」
明らかに変なもの といった感じではないようで安堵しました。

いただきます。

レンゲで卵,肉,ジェルの辺りをすくい、口に運びます。
R「…おいしい。」
T「ちゃんとしてるじゃん。よかったー。」
友人も同意見のようです。
同じレンゲでライス、スープ。メインに戻って今度は葉物を狙いすくい上げ口へ。
T「賭けに勝ててラッキーだわ。」
R「ん何でもやってみるもんだね。(頬張りながら)」
安心して二人とも食事を進める。これはかなりの"当たり"だ。塩気やダシの風味は言ってしまえば中華風の炒め物ど真ん中。この手のものは独特のスパイスで好みが分かれるタイプの品もあるがこれはそういった引っかかりもない。赤いのはトマトを細かくしたものか。ジェルの部分にタマネギのような野菜も入っている。ライスの柔らかさも丁度いい。スープと卵が被っているがもう気にならない。すごくおいしい。水で舌を軽くリセット。とにかく手が止まらない。味に没頭したい。そういえば友人もこちらに話しかけてこない。おそらく同じような状況なのだろう。なら気を遣うこともない。ただただ目の前の皿を。冒険の果ての僥倖を全身で享受する。もうとにかく、滅茶苦茶美味しい…

……

その後のことは記憶がちょっとだけ曖昧ですが、デザートの杏仁豆腐を食べ終わるまで二人ともずっと無言で、会計を済ませ店の外に出てからようやく話ができる気分になり「あの店凄くない!?」「また行こうよ」などとありがちな会話をしていました。

数日後。またあの店に行こうと友人と意気投合し例の裏通りに行ったのですが、通りを進んでも店を見つけることが出来ませんでした。おおよそあったはずの場所へ向かってみても、あの特徴的なレンガの建物そのものが見当たりません。一軒づつ確認しながら進んでいっても最終的に反対側の大通りに抜けてしまいます。結局探すのを諦めて、その日は偶然列の少なかったファストフード店で昼食を済ませました。
また、ネットで「肉野菜炒め 卵とじ 中華」と調べるとそれっぽい料理は出てきますが、だいたい検索内容を繋げたままのような料理名で、あのとき聞き取れなかった"アレ"には遂にたどり着けませんでした。(そのまんまの名前についての中国語発音のページもありましたが、少なくともあの店で聞いた名前の音とは違うように感じました)

後日。あの料理の材料はだいたい把握できていたので同じものを揃えておおよその調理方法を想像して再現をしてみましたが、普通においしかったもののあの時の「熱中するような何か」は感じられませんでした。
また食べたかったな。
Bも食べてみたかったな。

おわり

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