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あと半年、に思う。

オイリュトミー・シューレの四年間、舞台研修のフォルトコースと進んで、卒業まであとちょうど半年。10月10日、11日がフォルト卒業公演となる。

半年というと太陽が巡る半分だけれど、太陽は半分に割りにくいので、形の気分はハーフムーン。

その間を支えてくれていたのが施術家としての仕事で、これはもう本当にありがたいものだった。ありがたいとしか言葉が出ない。

半年を残して、これまでを振り返ると、たっぷりと苦悩を味わった日々だった。

霊学は、「見えない世界を見えるようにする」ような類のものではなく、「私の認知から外れたものを認知する」ほうに近い。

あらゆる偏見と盲目、自己欺瞞的な判断、感覚のヴェールに覆われた世界を認識する作業は、表面的に見える様々なことをすべて消し去ると、ただただ、見えない糸をひたすらたぐりよせるような作業だ。

まだしっかりつかみ取ってないものは外界に出さない、という自分自身との約束もあるから、「こんなことやってます」と吹聴して、他者承認を得ることもできない。

糸をたぐりよせ、たぐりよせ、今、手の中に感じるものは「この苦しみこそが喜びである」という感覚だ。

それまではペッタリと癒着していた行為、判断、感情、感覚が、何枚もの紙に分かれ、サラサラと流れるような喜びを覚える。

この喜びは、おそらくこれからの一生を支えてくれるだろう。


半分の月に思うことは、もうひとつある。
こういう仕事をしていると、太陽は顕在意識、月は潜在意識、とつい図式的に考えてしまいがちになるが、月の本質は外界意識を映すことにあり、光と鏡の関係には満月期と新月期がある。

ちょうど半分のハーフムーンは、不思議な90度のアスペクトを感じる。
一般的には凶角と言われるが、重ね合わせが起こるのは、スクエアのアスペクトだ。

重ね合わせ。体の中では、鎖骨にもっともその感覚を覚える。

主宰しているオンライン講座、「血液の旅 実践編」も、ちょうどあと半分の道のりだ。

わたしたちは、なんと多くの事柄を、苦しみに紐づけているのだろう。

欠乏、不満、失敗、恐れや怒り、不幸、疾病やケガ。そして生きることや死ぬことの苦しみ。

その紐づけ方のどれもが、わたしたちの認知ひとつにかかっている。


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