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五等分を見て思うこと

映画公開をきっかけに見出した新参者です

2年ぶりに投稿しました。あまりに久々すぎてビビっていますが、五等分の花嫁の映画を見てあまりに思うことがあり書いてみました。
数値や細かな考察ではないですが、いち視聴者の思うこと程度に取っていただければ幸いです。

  • 好きになる部分が詰め込まれた作品

  • 青春と姉妹のメッセージ

好きになる部分が詰め込まれた作品

五等分の花嫁の入り口はハーレム要素。これはとても重要なポイント。
だけどハーレム要素だけで、ここだけで来るのは無理、なんてことはみんな思ってることです。

私が考える、ヒットする作品はまず、作品に興味を持ってもらう、次にキャラを好きになる、そして作品を好きになる、この3つが必要だと考えています。
その点で五等分の花嫁はこの辺をしっかり抑えていたと思います。
※AIDMAとか色々理論はあると思いますが、ここはシンプルに。


作品に興味を持つ

まず作品を知るには見てもらう必要があります。そこで出たのが
「五つ子」、と現代ではほぼ聞かないパワーワード。
入り口として完璧だと思います。


そして
「主人公が五つ子の誰かと結婚する」というゴールが明確なミステリーポイント。
この芯がシンプルなことで、作品にスムーズな導入ができ、まずは壁がなく読めたと思います。

そして「五つ子の誰かである」という点は大きく、話自体を考察する、好きになったキャラを応援する、この2つ行動読者に生まれたことで作品が一気に広がったと思えます。


次にキャラを好きになる

キャラを好きになる、ということはその容姿だけでなく、行動や考え方も好きになるということ。
行動や考え方はキャラを魅力的にする要素だけど、そこに至るまでの過程まで掘ることになると話が非常に複雑になります。

またキャラが他人同士だとその他人同士が一緒にいる理由が必要になるし、
出演する回数にも偏りが出やすくなってしまいます。
ただそのキャラを推す、応援までするようになるにはここは外せない点です。
この難しい点を解決したのが五つ子。
基本的なバックボーンとなる幼少期は同じになるし、ヒロイン5人が一緒にいる、同じ画角にいることに違和感が生まれなくなります。
実際に五等分の花嫁ではこの話になんでこの子がでてくるの、また一緒にいる理由の説明が不要になり、非常に自然に、ストレスなく見れたのは良かったと思います。

なので、五等分の花嫁は一旦「中野家」を理解さえできていればあとは姉妹それぞれの発言や行動が理解出来、その魅力を十分に味わえました。
更に元々の「五つ子のうちの誰か」という元々の設定も活きており、読者側もサブキャラが出ても本筋とは関係ない、と受け流すことができ、五つ子に集中できます。


今はスマホを見ればすぐに新しい話題がが見つけられる世の中。
見てもらうにはインパクトが必要、そして読み続けてもらうには作品に深みが必要。ただ深みを与えると話は複雑化しやすい。

複雑になり話が難しくなりて、飽きられてしまうとすぐ他に流れてしまう。しかも作品が乱立する世の中。流れたファンを戻すのが大変な時代。ここを程よい塩梅に仕上げられたのは本当にすごいな、と思いました。

青春と姉妹のメッセージ

ここからは補足になります。
ここで話を面白くしたのは、姉妹のメッセージ性だと思います。。

姉妹の関係性(考察は正直他にもすごい方々ばかりなので、浅いです)
中野家の五つ子のメッセージとして
一花は相手への配慮、
二乃は自分の心の声を行動に移す大切さ、
三玖は行動に移すには勇気がいる、
四葉は自分自身で自分を大切にしてあげる、
五月は自分の心の声に耳を傾ける
と大きくこんな感じました。そう感じた理由を彼女らの心の声から。
順番は少し入り組みますが、



まずは一花。


母が亡くなり、長女として自分の気持に蓋をして、押し込めています。
ただ一花は元々は欲求が強く、幼少期は四葉の話を聞いて良いと思ったら、すかさず風太郎の元へ顔を出してしまっていました。

この欲求が常態化していれば、成長のどこかで過ちに気づけたのだと思いますが、上記の通り長女の役割が彼女の欲求を抑え込みます。
話が進むに連れて、みんなの言葉や言動からそのタガが外れて三玖の足を引っ張る瞬間になります。
幼少期の自分の成功体験(四葉になりきり風太郎と遊べたこと)で情報更新が止まってしまっていたので、この行動が今のすればどうなるか、まで頭が回っていませんでした。
思うまま、配慮のない行動は、大切な人をも傷つけてしまうことに気づけた彼女はその後の自分の行動にしっかり折り合いをつけています。

また、妹たちが彼女を許せたのは5年以上、長女という役割で自分に蓋をしてきたこと辛さを知ったからこそ。
相手を思い、配慮したの行動ができるのが大人への一歩、そんなメッセージを一花にはあるのかなと思いました。


二乃と三玖


二乃と三玖は心の声に従順な姉妹。
ただ心の声との向き合い方に違いがあります。

二乃は思いを声に出したり、伝えることに躊躇しません。
ただ思いを一方的に告げる「相手に気持ちを伝えることは大切」だけだと、二乃の役割の半分だと思います。
発した言葉が「相手を思う優しさ、愛情が前提にないと伝わらない」までが彼女からのメッセージかと思います。

三玖は序盤から声に出すことに躊躇してしまっていました。
その彼女が段々と成長する姿に惚れた人は多かったと思います。

その三玖の躊躇は二乃の行動に重さをつけます。
「思ってることがあるなら言う」なんて言うは易しですが、実際に行動に移すのはとても難しいです。
嫌われたら、怒ったら、伝わらなかったら、など不安が一瞬で頭がいっぱいになってしまいます。
だからこそ声に出すことはとても勇気のいることで、その勇気は本当に素晴らしいのです。
作品では最初はぶつかっていましたが、最後は同じお店にいることもこのふたりはセットでメッセージを届けてくれたのだと思います。



四葉



四葉は幼い日の一花の行動(京都でのなりすまし)で傷ついたことをきっかけに、姉妹への競争心と他者からの承認欲求がとても強くなっています。
それによって発生した暴走は彼女が一度は拒絶した姉妹との関係性をより戻すきっかけになりましたが、同時に自分の気持ちに蓋をしてしまいます。
競争心がなくなり、承認欲求だけ残った彼女は評価者のために一生懸命になります。
段々と自分を大切にせず、相手のためだけになります。

「ありがとう」や「~のお陰だよ」などの承認はとても嬉しいです。
でもその言葉の裏側には「自分が助かった」という相手自身への愛があります。なので助けた相手の言葉の矢印は四葉に向いていませんでした。
でも表面上だけ受け取り、思いが走り、つい必要以上にやりすぎていました。

承認だけがガソリンかと思えた四葉ですが、風太郎への恋心を大切にできていたので、ギリギリ踏みとどまれたのだと思います。
まずは自分を愛してあげること、それが四葉から感じたことです。




そして五月。

彼女は心の声が小さく気がつくことができませんでした。彼女は使命、役割を重視しすぎて、後半になるまで心の声を心の底から信じきれていませんでした。

これは現実で本当に起こりやすいことだと思います。自分より上、偉い人からの話なら信じ込んでしまいますし、疑問をぶつけた瞬間に潰される瞬間なんて耳にすることもあります。
そうでなくても情報が錯綜する世の中。友人のキラキラをみて、「自分の心の声が揺らぐ」なんてこともをあると思います。
だけど「自分の信じたこと、心の声は大切にする」、その強さを持つことの大切さを五月からは感じ取りました。

まとめ

彼女らのことを書きましたが、この成長やメッセージが完成されたキャラではなく、成長していく中で伝えられていることで、自然に入ってきた気がします。
そしてこのようなメッセージをつらつらと書きたくなるのがこの作品の魅力だと思います。

この記事はまた加筆するかもしれませんが一旦自分の思うことを。
2022 0603

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