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ネイバーフッドシティへの憧れ

2023年1月、生まれ育ったふるさと、神戸を約2年ぶりに訪れた。

コロナで日韓往来が厳しくなったことから、韓国で暮らし始めて20数年間、こんなに長く日本に帰省しなかったことはなかった。

日本帰省への期待が大きかった分、家族との再会、美味しい日本食、懐かしい神戸の空気…どの瞬間も嬉しくて、私は大はしゃぎの10日間を過ごした。

見慣れた風景

待ち望んだ時間を有意義に過ごしながらも、滞在期間の後半になるにつれ、自分が「ホームシック」にかかっている?という思いが頭をよぎった。

何もかも、懐かしい。

「あれ、もしかして私、韓国の家を恋しがってる⁈」

全ての日程を終えて韓国へ戻る日、仁川国際空港に飛行機が着陸した瞬間、その思いは確信に変わった。「あ、韓国の空気だ。ただいま~!」と、心身共に深くリラックスしている自分がいた。

仁川国際空港に着陸直前

若い頃は一か月以上の長期滞在でも旅先での非日常をを楽しめたし、日本への帰省は一番のお楽しみイベントだった。それに老後の夢は多拠点生活!と豪語していたはずなのに…。50歳を過ぎた私は、20年以上暮らしてきたソウル郊外の空気や、ベースキャンプのような韓国の自宅を長く離れることが次第に辛くなってきたようだ。

この感覚はまるで、古くなったスマホのバッテリー残量が、以前より早いスピードで減ってしまう感じ。「充電器に戻ってゆったりチャージしたい」「いつもの日常が恋しいな」という気持ちを、適当にはぐらかせなくなってきた。

いつから韓国の自宅が、生まれ育った神戸以上に心身が落ち着くマイホームになったのだろう。いつしか日本を恋しがる気持ちは次第に薄れ、ソウル郊外の自宅周辺に強い地元愛を育んでいる私がいる。すっかり現地人化した自分の変化を前向きに受け止めながら、ふと目にした新聞コラムで「15分シティ」という言葉が目に入り、興味が沸いた。

調べてみると「15分シティ」という言葉は、2016年にソルボンヌ大学のカルロス・モレノ教授によって提唱されたもので、自宅から徒歩、自転車、または公共交通で15分以内の範囲に、暮らしに必要なことがぎゅっと収まっているコンパクトシティを意味するらしい。

狙いは車の利用を減らし、大気汚染を軽減することだが、都市住民の地域愛や共感を育むことも大切な目的としている。

具体的には、「住まい、仕事、買い物、教育、医療、余暇」という暮らしの必須機能6つを、徒歩や自転車圏で解決できる「多中心都市」を目指すもので、理想の「15分シティ」をデザインするには、移動時間、多様で自由な空間、愛着のあるコミュニティ形成という、3つのキーワードを軸に地域を設計する必要があるという。

なるほど、都市といえば「高く、大きく」というイメージが先に思い浮かぶけれど、これから人々に求められる都市の姿は、自宅を中心とした半径15分の範囲内に必要なことがコンパクトに散らばっている、そんな姿なのかも知れない。

特にパンデミックを経験した私たちが今後ますます追い求める価値は、単なる建物の集まりではなく、快適なライフスタイル、愛着のあるコミュニティ、自然とのつながり具合…等、暮らしぶりの中身や社会的ネットワークの在りようにシフトしつつある。

毎日満員電車に乗り、自宅から1時間離れた大都会のオフィスに満員電車や車で通勤し、クタクタになって帰宅後は寝るだけ…という生活は、もう誰の目にも魅力的に映らないだろう。

「15分シティ」のコンセプトは、まさに私が理想とする暮らしであり、もしかしたら今の住環境は、完璧ではないけどこのコンセプトに近いかも知れない。すごく快適だから、家を離れた時の違和感や放電感を強く感じるのかな、と。

したがって「どこにでも住めるよ」という選択肢があっても、たぶん私は今いる場所を選ぶと思う。そして自分が属する地元の環境をより快適に、より豊かに、より楽しくするために時間とエネルギーを費やすだろう。

パブリックスペースの充実を行政に提案したり、車通行禁止デーを発案したり、個性的なカフェを盛り上げたり、ママ友を集めてピラティスのレッスンやフリマを企画したり、地元フェスティバルに出店を出したり…。お客様としてではなく、地域の主人公として、やりたいことが山ほど思い浮かぶ。

そんな気持ちが生まれるのは、住環境を自分のアイデンティティーの一部と受け止め、地元をより魅力的にしたいという願いがベースにあるからだと思う。同じ想いを持つ仲間がじわじわ増え、心地よく繋がり合えたら…とも願っている。どうやら私の地元愛は、私が思っていた以上に強いようだ。

久しぶりの日本旅行は、古いもの、最新のもの、大切な繋がり、思い出がたっぷり詰まった自分の街の魅力に改めて気付かせてくれた。私の居場所はここなんだな…ということも。

心と体を整える公園
近所のお惣菜屋さん
みんなのお気に入り、屋台の熱々ホトク
いつものカフェで娘の塾待ち

ちなみに「15分シティ」は「ネイバーフッドシティ」と言い換えられることもあり、究極的には隣人同士が助け、助けられる「隣人愛」に基づいて機能する街がコンセプトという。ご近所さんとの関係なんて煩わしい…と感じる人もいるだろうが、素敵な空間を仕上げるのは、やはり人と人のちょうどいい繋がりだと私は思う。

50歳を迎え、どこか遠くのユートピアや理想郷を夢見るよりも、自分の日常がすべて溶け込んだこの場所を、もっと楽しみ、慈しみたいと思う。

運転中、毎日見る風景
日課の裏山散歩コース

もちろん年に1~2回、世界の魅力的な街を訪れ、新たな刺激や知見を得ることができたら、それほどありがたいことはない。特に「15分シティ」のコンセプトを積極的に推進しているパリ、メルボルン、ミラノのラッザレットや「20分圏ネイバーフッドシティ」を目指すポートランド、ドレイバー、フェニックス等が気になって仕方ない。

街づくりを積極的に試みている都市に定期的に1~2週間滞在し、各地のライフスタイルからインスピレーションを得て、地元に反映することができたら…と夢見ながら、今日も今いる場所への愛を深め、笑顔で暮らしたい。

(この文章は、panasonicとnoteで開催する「 #どこでも住めるとしたら 」をテーマとして書いたものです。)


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